手のひら宇宙柄茶碗のお話

【A】えきぞてぃか:ぎゃらくしぃ・てぃーたいむ

 夕暮れ時。


 視界が悪くなるそのときに、その店と出くわすことがあるという。

  黄昏の時刻は、魔の時間。魔物と会うのも、その時間だ。

 けれど、彼らが魔物かどうかは、今もってよくわからない。けれど、その店に行けるのは、視界が悪い霧の日や、雨の日や、そして黄昏時が多い。

 いつの間にか、知らない場所に開かれているのが彼のお店。

 ふぁんしーしょっぷ羅針度と看板が描かれている。羅針度の部分の文字は、なんとなく一風趣のある文字だけど、そこにフリガナで「らしぃど」と振ってある。

 けれど、お店に置いているモノは、ファンシーではないのだ。ふぁんしーというより、ファンタジーに近いし、ファンタジーというより幻術めいたなにか。

 それでいて、遠い国の高い絨毯や、ちょっとエスニックな小物や家具など、扱っているものは多岐にわたる。

 ふと、扉が開くと、香ばしいチャイの香りが漂っていた。

「おやまあ、いらっしゃい。お久しぶりですねえ。今度は何をお求めですか?」

 クセのある主人は、顔を見るとそう声をかけてくる。

 かなりクセの強いチンピラでもまず着ないような柄モノのスーツに、大体ターバンをオシャレに巻いていて、どこか遠い国の香りがする。そろばんを弾きながら彼は、商人然として笑っている。

「あ、また来てくれたんだ。今お茶しているところだよ。良かったら、飲んでいく?」

 店主に怪しげなモノを勧められていると、いつの間にかやってくるのは、緑がかった金髪の大男だ。ちょっと強面の彼は、どうももともと軍人だったらしく、そういう服装をしていることが多い。しかし、笑顔はずいぶん人懐っこく、物言いも可愛らしく、何かと人好きのする男だった。

 お茶を勧められると、手ぶらでは帰れない。

 けれど、彼にそう勧められるとどうしても断れないのだ。

 それに、ここは幻術の中の雑貨店。いつだって来られる店じゃない。

私は、だからいつも、ついついお茶を呼ばれてしまうのだった。

「今日はチャイですよ。ちょっとスパイスを入れましてね。ああ、コイツが調合したので、私は中身は知りませんが……」

 店主がそういうまでもなく、店内には甘いミルクに交じってスパイスの独特の香りが混じっている。

「しかし、お客様は今日はツイていらっしゃる。今日はちょうど特製のカップを仕入れてきたばかりなのです」

 そういうと、彼は大男の運んできたカップを私の前に差し出したが。

 夜闇のような、深い紺色に、赤黒い暗色が絶妙に混ざり合う。渾沌を思わせるような、複雑な色だ。店主が飲み物を注ぎ、そしてそっと電灯を消すと、薄暗くなった店内で、そのカップの周囲に細やかな光が輝く。

「暖かい飲み物か、冷たい飲み物を入れると輝く、ギャラクシィカップですよ。まるで夜の空のようでしょう?」

 彼はそういって椅子に座る。

「冷たければ夏の夜のように、暖かければ冬の夜のように輝きます。まさに宇宙の器といったところ」

 彼はそういって、自分もその器でお茶を飲みながら、

「これでチャイを飲んだ日には、まるで砂漠の夜に星をながめているかのようです。それはもう、エキゾチックです」

 そういわれて、私はそっと一口湯気の立つ飲み物を飲む。スパイスの効いた異国めいた味わいの、それでも、遅れてどこか優しい牛乳の味わいが舌を撫でる。手のひらの中で、キラキラとそのカップは輝いており、確かに、どこか砂漠のテントの中で、これを飲みながら夜空を眺めているような気持ちだ。

 相変わらず、彼の店は不思議だ。

「とてもおいしいよ」

 そういってほっと息をつくと、後ろで飲んでいた大男の彼が苦笑する。

「ラシードは本当商売上手だなあ」

 彼がそっとそう口にしたのを、私は思わず聞き取った。『これ!』と誰かが彼をたしなめるような言葉も聞こえたのだが、その姿を見ない。

 ここは不思議な雑貨店なのだ。何が起こっても不思議ではない。

 そして、目の前で不敵に笑う店主はとても商売上手。

 それもそうだ。どうやら今日も手ぶらで帰れそうにない。

 

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