アリゴレツカの神灯(2)


 伴侶亜人類プロクシーズに対する信用の表現と保証の手段は、地域ごとに多彩だ。代表的なケースを3つほど紹介しよう。


 ケース1。この大陸のいくつかの土着民族――特に、辺境にひっそり棲んでいたような未開部族では、村落の構成員全員が長期間に渡って伴侶亜人類プロクシーズを信仰し続ける。

 何世代にも渡って宗教的儀式を熱心に行い、伴侶亜人類プロクシーズへの感謝と祈りを絶えず表明し続けることで、ヒトと伴侶亜人類プロクシーズの直接的結びつきをじっくり醸成していくパターン。

 どこぞの小村で祀られていたというリクラフなんかは、まさにその例に当てはまる。


 ケース2。我々パングラフト連邦では、連邦本土の中央信用創造局が厳正なる手続きを踏んで造幣する「理幣」を、対象の伴侶亜人類プロクシーズに対価として支払うことで信用を供与する。

 つまり、理幣さえきちんと支払えば、誰でも即座に伴侶亜人類プロクシーズを運用することができる。理幣というひとつの価値尺度の設定によって、伴侶亜人類プロクシーズの運用上、必要な信用の計数が可能になった意義は大きい。

 ただし、「誰でも即座に」というのは決して文字通りの意味ではない。

 理幣が支給されるのはごく一部の者――パングラフト連邦が国家意思としてその必要性と信用を担保した者――に限られるからだ。私たち理官はその代表格だが、理官に傭兵や徴募兵が採用されず、少数の志願兵に対して2年間みっちりと教練・選抜が行われるのもそういう理由による。

 それに理幣の支給は、必要な時に必要な分だけ――ジャスト・イン・タイムというやつだ。そうした厳しい管理が徹底されているからこそ、伴侶亜人類プロクシーズは理幣を支払う者を信用し、その指示に従ってくれる。

 一方で、理幣を使う連邦が伴侶亜人類プロクシーズとの関係における宗教的要素を完全に排除出来たかというと、そうとも言い切れない。中央信用創造局の専門職の連中が行っているのは、未開部族の神官が神様に拝むことと本質的には変わらないからだ。

 それに、“結局「理幣」の本質って何なのか?”というテーマも実は解明されていなかったりする。社会経済の中で広く実用されているからといって、その原理原則が明らかにされているわけではないのだ。

 いずれにしても、カウリールが「連邦だって根っこのところは信仰で動いている」と言ったのは間違いではないと思う。


 ケース3。旧アリゴレツカ王朝においては、王朝の厳格な管理下に置かれた“神灯”がその信用を示していた。

 神灯とは、要するにここアリゴラ中心地の大神殿や、地方の小神殿で年がら年中燃え続けていた「火」のことだ。それは初代皇帝が当時の伴侶亜人類プロクシーズに授けられた神聖不可侵の「火」だとされている。

 アリゴレツカの歴代王朝は、誰もその神話由来の「火」を胡散臭いなどと馬鹿にはしなかった。むしろ、後生大事に守り続けることで自らの政治的正統性を示し続けてきたのだ。

 連中には連邦のように伴侶亜人類プロクシーズを使役するという発想は希薄だったようだが、それでも災害時などの有事に限ってはその「火」などを以て伴侶亜人類プロクシーズの力を借り受けることがあった。普段は大事に大事に崇めておいて、人の手に負えない大変なことが起こった時には助けてもらえるようにしていたのだろう。



 さて、話はカウリールの始めた『アリゴレツカの神灯』云々の陰謀話に戻る。

「――そもそも、アリゴレツカの有する神灯は、連邦に全面降伏した時にその全てが処分されているわ。確かに一部は連邦に引き渡そうともしたようだけど、最終的に連邦の側がそれを不要と判断した」

 私は周知の通りの歴史を述べた。カウリールの言う、神灯の一部が蛮教徒カルトに漏れたのではないか、という話は一笑に付されるレベルのものだ。


 もう少し詳しい経緯を語ろう。

 連邦がこの大陸へ進攻した当初、アリゴレツカ王朝の信用源“神灯”をぶんどれないかと企んでいた。理甲にもそのまま供給出来る信用源なら、理幣の供給不足に頭を抱えていた理甲師団としては願ってもないことだったろう。

 しかし、アリゴレツカの神灯は、理甲に対してはうまく使えなかった。こっちの大陸の伴侶亜人類プロクシーズに我々の理幣が使えないのと同じ理由だ。神灯と言っても要するにただの「火」だ、「火」なんか別にどこにでもある。それで信用を示すと言っても、アリゴレツカ王朝の神話と権威を共有出来る間柄でしかその特殊性は通用しなかった。

 加えて、神灯が「火」であることは管理上の問題も招いた。運搬や保管は出来ないし、火事のもとになるし、雨が降れば消えてしまう。理幣に比べて管理がしゃらくさくて仕方がない。

 そんな事情があったので、連邦軍は神灯をぶんどることを早々に諦めた。

 その代わり、アリゴレツカ王朝が所有する神灯を全て処分することを降伏の条件として突きつけたのだった。


「――神灯の全量処分は、アリゴレツカ王朝がそれまで有していた伴侶亜人類プロクシーズへの請願権の放棄を意味する。その条件をアリゴレツカ王朝が呑んだからこそ、連邦もすんなりと降伏を受け入れたのよ」

「オフィシャルな話としてはそうだが、問題は本当にそれが“全て”だったのか否か、だ」

 カウリールはなおも話題を続けようとする。「――実際的に考えてだな、あんなにあっさり捨てると思うか? 神だ何だとあがめていた啓霊様におすがりするための大事な資本だぜ。神灯こそが国の宝であり、魂であるはずだろ。俺なら、どうにかしてちょろまかすな」

「……そんな陰謀論を始めたら収拾がつかない」

 私は「ばかばかしい」と主張するために両肩をすくめて見せた。こんな話は終わらせたかったが、カウリールは意に介さない様子だった。

「確かに陰謀論だ。――が、アリゴレツカの早期全面降伏に腹の虫がおさまらない連中は当時から多かった。そいつらの誰かが、どこかに埋められていた神灯をこっそり掘り起こして融通した。だから、ぽっと出で、ろくすっぽ支配人口もいないはずの蛮教徒カルトがあれだけポンポン偶像アイドルを操れている――どうだ、これならそれっぽく理屈が通っているだろ?」

 無邪気に妄想を開陳する上官に、私は大きくため息をついた。

「――私が言いたいのはね、そういうレベルの話をここでしたって仕方ないでしょ、ってことよ」

「お前もつれないねぇ。陰謀論は酒の肴にするには楽しいもんだ」

「楽しいわけがあるか。こっちはそれで殺されかけてんのに……」


 仮に、アリゴレツカの神灯の一部が処分されることもなく隠ぺいされたのみならず、それが蛮教徒カルトの手に落ち、偶像アイドルの動力源になっているのだとしたら――そもそもアリゴレツカの全面降伏とは一体何だったのか。そんな話に間違いなく飛び火する。

 神灯の一部を秘匿したまま降伏したことがわかれば、舐められた連邦側は黙ってはいまい。アリゴレツカの旧指導者層は降伏と引き換えに、大陸征服戦役の戦後処理を通じて様々な便宜を受けてきた。それこそ、国家の沽券に関わる“信用”の問題だ。

 一方の蛮教徒カルトも残りの神灯が存在するとわかれば血眼で探すだろうし、偶像アイドルも信用源さえ調達出来ればさらに動員するだろう。

 そんなことになれば、戦後秩序が根本から崩れる。



「……しかし、お前の言うように、末端の俺らが気にする話じゃないな。下衆の勘繰りだ」

 椅子から立ち上がり、帰る素振りを見せながらカウリールは言った。言いたいことは済んだようだった。「ところで、お前の退院はいつ頃になる?」

「退院自体はあと1週間ぐらいもあれば。でも、走り回るのは当面無理」

「わかった。西方も北方も、蛮教徒カルトとの戦いは泥沼だ。お前を待たずにこっちにまたお声が掛かるかも知れん。あまり悠長に休んでいられる猶予はないかもな」

 カウリールは背を向けて、片手をひらひら振った。「身体はともかく、頭はさっぱりリフレッシュしてから原隊に復帰するように。これだけは命令だ」

「ええ。お見舞い、どうもありがとう。――ちなみにカウリール」


 出口に数歩進んでいたカウリールが振り返って「なんだ?」と言った。

「この街のザイアン地区に住んでる貴族に心当たりはある?」

「ザイアン地区? あのガラ悪いとこか」

 怪訝な顔でカウリールはぼやいた。「フラフラしてたら襲われるぞ。いくらお前でも」

「失礼なやつだな……」

 ため息を少しついた。「ちょっと仲良くなった子がいてね。罪人の類には見えないお嬢さんなんだけど」

「あんなところのお嬢さん、ねぇ。やくざもんの囲い女じゃないだろうな」

 カウリールは怪訝そうに口元をしかめた。「……質問への答えだが、俺は知らん。気に入って住むような貴族もおらんだろう。羽を伸ばすのもいいが、付き合う相手には気をつけろよ」

「わかった、ありがとう」

 彼は一瞬だけ心配そうに私を見つめたが、何も言わず、今度こそ出て行った。



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