7ー5 レアメタリック・マミィ!

 左腕は肩から先が痺れていた。

 左の脇腹は抉られ、上手く力が入らなかった。

 だが、今、そんなことは瑣末な問題だった。

 イチが傷付けられる。

 それ以上に恐ろしいことなど、はたしてこの世に存在するだろうか。


 自分がどのように立ち上がったのか、意識にもない。

 気付けばシュカは、知らぬうちに手に取っていたブレード・ウェポンをロングソードへ変形させつつ、イチと人型クリーチャーとの間に割って入っていた。

 イチを襲わんとする相手の武器を、その腕ごと斬り飛ばす。

 更に力強い踏み込みから勢いを乗せた次の一撃で、獲物の首を容赦なく刎ねる。そして返す刀で、露出したコアを刺し貫いた。


 ただのスクラップに戻ったその構成物がばらばらと解け落ちるのも待たずに、シュカはイチを抱き締めた。


「イチ!」

「ママ!」

「大丈夫? 怪我はない?」

「うん、だいじょうぶ」


 心臓が激しく鳴っている。指先が震えていた。

 腕の中に、小さくて温かな身体がある。


「無事で良かったぁ……」


 どんなに怖かっただろう。どんなに心細かっただろう。

 滲む涙もそのままに、視線を合わせたイチは——


 物凄くきらきらした目で、シュカを見上げていた。


「ママすごぉぉい! つよぉぉい! かっこいいぃ!」

「……へっ?」

「さっきのへんなやつ、ママがやっつけた! Ζゼータみたいに! けんで! こうやって! こう!」


 そう言って、興奮した面持ちで剣を振り回す真似をしている。


「あー……うん」


 かぁっと頬が熱くなってくる。


 空には他にも複数の人型クリーチャーが飛び回っており、周囲の人々は恐慌状態で逃げ惑っていた。

 それぞれが形の違う武器——それとてスクラップでできているわけだが——を持っている。そして、あの翼と電動ファン。恐らく、間違いない。

 地上に降りてきたいくつかの個体は、公園方向から駆け付けた仲間のハンターが即座に解体している。


「ママ! あれもやっつけて!」


 イチが無邪気に指を差す。

 長い刀のようなものを手にした個体が、機敏な動きで低空飛行している。どことなく、何かを探しているような飛び方だ。それはやがて、中央公園広場の方向へ去っていった。


「あー……いっちゃった」


 イチが残念そうに言うので、思わず吹き出す。一気に肩の力が抜けた。

 

「いいよ。あんなの、いくらでもやっつけてあげる。その前に、イチは安全な場所に隠れなきゃ」


 イチをかばいつつ、頼めそうな人を探す。

 そこへ、上空から長身のレアメタル・ハンターが降下してくる。彼は市民に接近していたクリーチャーを両頭刃剣ツインブレードで斬り付け、コアを鋭く突いてとどめを刺した。

 象牙色のヘルメットの側面には『LUCKY STRIKE』の文字。


「あれ? シュカさん、もう起き上がって大丈夫なのか?」

「まぁね」


 アンジは今しがた倒した個体の残骸を顎でしゃくる。


「これ、俺たちのコピーだよな」

「やっぱりそうだよね。その割には大したことないな」

「だって、見ろよこれ。電動ファンなんてガラクタみたいなもんだし、武器だってスクラップで作ってるだろ。最新装備の俺らの敵じゃねえよ」


 それでも、一般人には十分な脅威だろう。


「でも、なんか妙なんだよな。こいつら、人や建物を襲うよりも、むしろ公園にたくさん集まってきててさ」

「そうなんだ、何だろうね……私も行くよ」


 シュカは地面に置いてあったリュック型バッテリーを背負い、身体に固定した。その際に脇腹の傷口に痛みが走り、思わず顔をしかめて呻き声を漏らす。


「おい、無理するなよ」

「いやー……うん、大丈夫、たぶん……」

「ママ、けがしてるの? いたい?」


 イチが心配そうな表情をするので、シュカは無理やりに笑ってみせた。


「平気平気、もう治った! ほら、ママ今からあの怪物たちを退治してくるから」

「ほんと?」

「任せといてよ」


 完全な空元気だが、イチに向かって宣言したら本当に大丈夫な気がしてくる。


 アンジが身を屈め、イチと目線の高さを合わせ、小さな頭に手を乗せた。


「坊主、いいか。ママのことは俺に任せとけ。俺がばっちりサポートして一緒に戦うから、坊主はお利口に待ってるんだぞ」

「うん、わかった! おねがいね、おじさん」

「ははは、お兄さんだ」


 シュカは近くを通りがかった病院スタッフにイチを預け、安全な場所への避難を促した。


「ママ! がんばれー!」


 愛する我が子からの激励に、手を振って応える。

 イチの姿が見えなくなると、アンジが呆れたように言った。


「シュカさんよ。ああは言ったが、本当に大丈夫なのか? 脇腹んとこだろ?」


 シュカは鼻を鳴らす。


「この程度の怪我、陣痛に比べたらどうってことないね」


 正直、痩せ我慢もいいところだ。

 相変わらず、左腕は筋だか関節だかがおかしい。左の脇腹は出血こそ止まったものの、動き方によってはずきりと痛む。脳震盪の余韻もまだ残っていて、ふわふわ回る視界が気持ち悪い。

 どこもかしこもボロボロで、戦場に立つハンターとしてはもはやスクラップ同然だ。


 だが、なぜだか全身に力が漲っている。胸の奥の方から、絶えずこんこんと湧き出してくる。そこに何か温かいものがあるのだ。

 この身に宿った強い意志が、眩い光を放っていた。

 まるで唯一無二の動力触媒レアメタルのように。


 守るべきものがある。

 それこそが、紛うことなき戦う理由だ。

 そのためには、何度だって再生する。何度だって立ち上がる。


 決して砕けることのないコアが、ここにある。


「なんか、いい顔してんな」

「何それ」


 手近にいた人型を、シュカは傷に響かぬ動きで背後から斬り伏せた。空を飛ぶことと武器を持っていることを除けば、他の小型クリーチャーと大差ない。利き腕が使えるのであれば、問題なく戦える。

 ちょうどアンジも、別の一匹を解体したところだ。


「さすがヒーロー。だけど、くれぐれも無茶はするなよ」

「分かってるよ、。それにアンジ、一緒に戦ってくれるんでしょ? あんたもヒーローしてるよ」


 シュカの隣に並び立ったアンジは、片頬で笑って肩をすくめた。


 置きっ放しにしていた愛銃を担ぎ、シュカはアンジと共に中央公園広場へ赴いた。

 空を飛び回るハンター型クリーチャーを相手どる仲間たちの姿が見えてくる。


 こちらに気付いたエータがインカム越しに声を掛けてきた。


『シュカさん、大丈夫ですか?』


 言いつつ、手にした複合型電磁銃マルチレールガンで一体のコアを撃ち抜く。


「うん、おかげさまでね」


 ナイスショット、と小さく付け加える。

 次に口を開いたのは、宙に浮いたまま一薙ぎで二体を斬り飛ばしたトバリだ。


『マチダ室長から連絡があった。兵器のAIが、スクラップ投棄エリアの電磁バリアを解除したらしい。それで仲間を呼び寄せたのだろうと』

「例のデータを利用して、このポンコツたちを成形したわけですね。援軍が大型ドラゴンの群れとかじゃなくて良かった」

『兵器のシステムの判断ミスだろう。こちらとしては不幸中の幸いだ』

「ですね。それで、ターゲットは今どこに?」

『あそこだ。全てのサブコアを砕いてから、しばらく動きを止めている』


 トバリが示す先に、銀色の巨大な山があった。最初に比べると半分くらいのサイズになってはいるが、まだ大型クリーチャー二、三体分程度はありそうだ。


『とりあえず、先に人型を片付けているのだが——』


 その時、みしり、と山が動いた。


『動き出したな。警戒しろ』

『了解』


 重そうに長い首をもたげたスクラップ・ドラゴンは、次の瞬間、辺り一帯の空気を丸ごと震わすような凄まじい咆哮を上げた。

 すると、広場に散らばっていた解体済みの雑魚の残骸が、勢いよく引き寄せられていく。


 アンジが呟く。


『……これが狙いだったのかもしれませんね。コアを砕いても、スクラップを磁力で繋げるための粒みたいなやつは生きてる。削られた分を補強するために、材料を呼び寄せたんだ』


 全ての廃材を吸収したクリーチャーは、ほぼ元通りの大きさに戻っていた。赤錆混じりのスクラップを組み込んだせいで、禍々しい色の斑模様になっている。


『そうであったとしても、サブのコアは既に四つとも砕いている。メインのコアを護るための最後の悪足掻きに過ぎないだろう』


 トバリの推測は、恐らく正しい。

 鉄屑の怪物は、既にドラゴンでもビーストでもない。中途半端に手足のもげた、出来損ないの醜い人型を取っていた。

 とは言え、決して油断のできない戦場だ。トバリを始め、ハンター全員の目がシュカに向いている。


『シュカ、戦えるか?』


 ずっと一緒に戦ってきた仲間たち。彼らと共有する今この時、この場所には、どこか心地よい連帯感が漂っている。


「もちろんです」


 シュカはそれを証明するように、凛と言い放つ。


「“オペレーション”!」


 これまで何度もその言葉を紡いできた、芯のあるハスキーボイス。

 無駄なく鍛えられたすらりと長い手足と、女性らしいメリハリのある曲線を描くその身体が、青白い光を放つ電導ラインに彩られる。

 抜け目なく獲物を狙う、シールドの奥の大きな瞳。

 ヘルメットに描かれるのは、鮮やかな朱い花。

 殺伐とした戦場にあって、なおも華やかに人目を惹く、紅一点のレアメタル・ハンター。

 それが、ノース・リサイクルセンター本部 ハンターチームのエース——

 『スパイダー・リリィ』、カンザキ・シュカだ。


 背中から真紅の翼が広がり、回転を始めた電動ファンによって足が地面を離れる。

 シュカは空高く舞い上がると、ふらふら飛んでいたハンター型クリーチャーの最後の一体を、真下から剣で刺し貫いた。コアが砕けて撒き散らされるスクラップを、身体を覆った電磁防護膜が弾く。


「……エータくん、今はもう少し上手に飛べると思うけどな」


 そしてふわりと地上に降り立ち、不敵に口角を上げた。


「さぁ、さっさと仕事を終わらせましょう。申し訳ないですが、今日も速攻で退勤させていただきます。息子が待ってますんで」

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