7ー3 第七ゲート攻防戦

『“オペレーション”!』


 ハンターたちの声が揃う。スカイスーツの電導ラインが一斉に光を放つ。同時に、目には見えない電磁防護膜が彼らの身体を包み込む。

 電動ファンが唸りを上げる。十三名が次々と飛び立ち、巨大な敵へと向かっていく。


 超大型・再生型兵器は、突然現れた複数の獲物を認識したらしく、不毛の大地を揺るがすような咆哮を上げた。


『まずは足止めする!』


 そう叫んだトバリが、複合型電磁銃マルチレールガンをグレネードランチャーモードで発砲した。

 きゅるきゅると孤を描いて飛んだてき弾は、敵の頭部を掠めて爆発する。

 塵煙を振り切って露わになるのは、綻び一つない鉄屑の身体だ。


 トバリをターゲットと定めたビーストは、旋回して飛ぶ彼を追って方向転換する。渦を描くように走らされ、その軌道のカーブがきつくなるほどにスピードを落としていく。

 そして「渦」の中心に到達する頃合い、素早く真上に逸れたトバリを見失って、銀色の獣はついに足を止めた。


 それをぐるりと取り囲む、十三名のレアメタル・ハンター。

 

『あいつの防護膜、銃弾は完全に弾くんだよな』

『まだブレード・ウェポンの方が意味があるんじゃないか?』


 先攻はヒガシとニシクラだ。それぞれ槍型と大剣グレートソード型になったブレード・ウェポンで、大木のような脚へと斬り掛かる。

 二人の刃は鋼鉄の装甲に届く前に強力な電磁防護膜に阻まれ、呆気なく跳ね返された。


『うおっ! やっぱ駄目か!』

『表面にすら到達してないな』


 やや遠巻き気味に様子を窺うエータが言う。


『この前シュカさんがバイクで跳んで攻撃した時は、手首を裂いてましたよね』

「うん、ほんの少しね。あれでも、相当の勢いを付けなきゃ無理だった。まずは防護膜の発生装置を破壊しないと」


 ハンターたちはクリーチャーを撹乱するように周囲を飛び回る。だが、明らかに無駄な攻撃を行うわけにもいかず、敵の注意を街のゲートから逸らすに留まっていた。


 次々と纏わり付く人間たちを振り払おうと、ビーストはぐるぐる向きを変えながら暴れている。

 脚の間から腹の下に潜り込もうとしたハンターが、蹴り飛ばされて墜落した。


『うわっ!』

『おい、無茶はするな!』


 業を煮やした怪物は、たてがみから触手のようなアームを伸ばす。それが仲間の一人の翼を掠めた。レンズの目が彼を追っている。


『あっぶねぇ!』

『翼は仕舞え。捕獲されたら握り潰されるぞ!』


 やや高い位置でホバリングしていたトバリが言う。


『やはりあのレンズが目の役割をしているな。熱感知ではなく、視界に入った者を狙っている』


 思い返せば、スクラップ・クリーチャーが明確な『意思』らしきものを持っていたのは、この『目』がある時だけだった。


『常に誰かがあれの視界に入るようにして注意を引き付けていれば、腹部の装置を狙いやすくなるだろう。囮役は危険だが……シュカ、頼めるか』

「もちろんです」

『発生装置の方は——』

『俺ですよね』


 名乗り出たのはアンジだ。


『そうだ。他の者は二人の援護に回れ』


 了解、と多数の声が揃う。

 シュカは敵の頭部、アンジは腹の下を目指して飛んだ。


 一対のレンズの前に出たシュカは、鋼鉄の怪物と対面する格好となった。超大型の獣は、鼻先の獲物を飲み込もうと、巨大な口を開ける。

 虚のような闇の中に、コアは見えない。

 シュカはさっと後退し、凶悪な牙の羅列を難なく避けた。そして相手の視線の斜め上、牙の届かない位置でホバリングする。


 アームが伸びてくる。シュカはそれをひょいと器用にかわす。じりじり迫りくる敵に対してギリギリの間合いを取りつつ、僅かの攻撃も触れることは許さない。


『シュカさんオッケー、とりあえず腹の下に入った』

「了解」


 今度は二本のアームが同時に襲いくる。シュカは全ての電動ファンを一瞬停止させることで、素早く真下に移動して逃れる。怪物の目には、シュカが突然視界から消えたように見えたことだろう。

 それ一つでキャンピングカーほどもあろうかという頭が、シュカを探してきょろきょろ動く。だが、大振りすぎる自分の身体が死角となり、上手く見つけられないようだ。


「こいつ、小さい獲物を相手にするのには向いてないみたいだね」


 ビーストが向きを変えないうちに、先ほどの位置へと戻って再び注意を引き付ける。

 アンジから通信が入った。


『あったぜ、発生装置。でも、こいつ自体も防護膜に覆われてるな。何回か叩いてみたけど全然効いてねぇわ。もっと勢い付けて攻撃しないと』

「じゃあ今からこいつを走らせるから、正面から飛んできてすれ違いざまに斬ってよ」

『簡単に言ってくれるじゃねぇの。せいぜい手のひら大くらいのサイズだぜ』

「できるでしょ」

『当然』


 アンジの返答を聞くや、シュカはクリーチャーのすぐ目の前まで下降した。

 途端、大きな口で噛み付かれそうになる。それをひらりと避け、挑発するようにその場に留まった。


 獣が吠える。シュカは街とは反対の方向を選んで、ゆるりと飛ぶ。

 ターゲットを視界に定めた敵は、シュカを追って動き始める。

 一歩、二歩、三歩。相手が近づくたび、少しずつ速度を増していく。シュカへと伸ばされるアームは、仲間たちが剣で弾いてくれている。

 現在、時速四十五キロメートル。シュカは収納していた真紅の翼を広げた。電動ファンの回転を強め、そこから一気に加速する。

 トップスピードに乗ったシュカを、ビーストが追う。大地が踏み鳴らされ、重い足音が辺りに轟く。砂煙が巻き上がり、宙に長く棚引いた。


 畏れか、悦びか。

 風を切って飛びながら、シュカは魂が震えるのを感じていた。

 背後に迫る、濃密な死の気配。

 あぁ、生きている。

 狩る。そして守り抜く。絶対に。


 進行方向に、先んじて移動していたアンジの姿が小さく見える。


「アンジ!」

『おうよ! 外す気しねぇぜ!』


 長身の相棒は、黄金色の翼で低空飛行しながら猛スピードでこちらへ向かってくる。

 その手には両頭刃剣ツインブレード

 二人が高低差を以ってすれ違った刹那、鋭い金属音が耳を劈いた。

 アンジの構えた上側の刃が、鋼鉄の腹を高速で引っ掻いていく。


『オラァァァァァッ!』


 ガキィィン、とひときわ硬い音がして、電磁防護膜の発生装置が両断された。

 バチンと何かが爆ぜ、火花が散る。


 後脚の間から勢いよく飛び出したアンジは、クリーチャーの尾を剣で打ち払った。それはすっぱりと切断され、ばらばらと砕け散っていった。


『よっしゃ! ストライク、俺!』

「さすが!」


 シュカは先ほどのトバリと同じ方法でクリーチャーの勢いを殺す。振り切られていた他のメンバーが、ようやく追い付いてきた。


 トバリから指示が飛ぶ。


『よし、まずは右後脚のサブのコアを狙う』

『了解!』


 ハンターチーム全員が入れ替わり立ち替わりで総攻撃をかける。

 ハスミからもらった新兵器の設計図データを照らし合わせつつ、シールド上のターゲットマークを視認する。

 この巨体とはいえ、電磁防護膜さえなくなれば、いつも通り構成物を削っていくだけだ。

 次々伸ばされるアームは即座に斬り落とされ、銃弾の雨がサブのコア付近に注ぎ込まれる。周囲には、撒き散らされたスクラップが山を作りつつあった。


 ふとシュカは、電脳チップ端末に違和感を覚えた。それはほんの小さなノイズだったが、同時にハスミの防護プログラムが作動中であることに気付く。


「クラッキング仕掛けられてるね、これ」

『えっ? ……あ、本当だ』

『こっちもだ。ハスミさんの作ったプログラム入れといて良かった』


 クリーチャーによるサイバー攻撃。何の対策もしていなかったら、あの兵士たちのように自らの命を害する行動を取らされていたかもしれない。


『よーし、俺たちには勝利の女神がついてる!』

『いけるぞ!』


 騒がしい連中のテンションが上がり、攻撃が更に激化する。さすがの巨大兵器も、これだけの人数に襲い掛かられたらひとたまりもない。

 やがて、抉れた右後脚の付け根に、淡く光るものが見えてくる。


『こいつだな!』


 ニシクラがそれを大剣で叩き、粉砕した。するとその部位周辺のスクラップの結束が解け、脚全体が崩れ落ちる。

 銀色の獣が、咆哮を上げた。


『やった!』

『攻撃を緩めるな! 次は左後脚を狙え』


 トバリが号令を掛けた、次の瞬間。

 突然、クリーチャーの体表が波打ち始めた。そしてそれは、見る間に形を変えていく。


『何……?』


 鋼鉄の首が長く伸びていく。アンジによって斬り落とされた尾が、太さを増して復活する。そして、背中からは大きな翼。

 その姿は。


『ドラゴン……!』


 後脚を一本失ったせいで、身体自体は先ほどよりも小さくなってはいるが、それでも今までに見たこともないサイズのスクラップ・ドラゴンである。

 その翼が羽撃かれ、ブォンと突風が巻き起こった。周囲にいた全員がそれに煽られて、空中でバランスを崩す。


「えっ……まさか、この大きさで……?」


 シュカが呟いた時には既に、そのまさかは起こっていた。

 巨体が、地面から浮き上がっているのだ。

 ドラゴンが徐々に高度を増していく。後を追おうにも、叩き付けるような強風で体勢を上手く保てない。


『おいおいおい、まずいぞ……』


 鋼鉄の飛竜が向かう先。それは——

 防護壁で囲われた街、ノース・シティだ。


 ぞわり、と。

 シュカの中で、何かが蠢いた。

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