2ー5 ナイト・ホークの片翼

 電動ファンからの空気噴射によって加速を付けたハンターたちは、あっという間にスクラップ・ビーストとの距離を詰める。

 近くに寄ると、その大きさに圧倒された。

 シールド上に表示されたコアは、胴体の中心、つまりに鉄屑の奥深くに守られた場所。

 体表からコアが近い小型クリーチャーなら銃だけでも割と簡単に仕留められるが、ここまでの大型となると表面をかなり抉らねばならない。

 そのためには銃弾よりも、金属類を難なく斬り裂く特殊合金製の刃の方が理に適う。


『正面は避けろ!』

『了解!』


 まずはアンジが敵の背後に回り込み、両頭刃剣ツインブレードで後ろ脚を薙ぎ払った。

 飛び散るスクラップ片。だが、さすがにこの程度では大したダメージにならないようだ。

 ビーストは身を翻してアンジに向き直った。無骨な太い四肢に不似合いな、しかしネコ科の獣を彷彿とさせる軽やかな着地。やはり、この体格としては信じ難いほどの機敏さだ。

 屑鉄の怪物は自分を害した相手に噛み付こうと、大きく口を開ける。


『上ッ等!』


 アンジは一瞬にして武器を複合型電磁銃マルチレールガンに持ち替え、敵の口内へ弾丸を撃ち込む。

 それをまともに食らったビーストは、鋭く吼えた軋みを上げた

 その隙に、トバリが長刀で胴体を攻撃する。自分より何倍も大柄な相手に対し、飛行装置で上昇しながら斬り上げる。


 少し離れた場所から飛んできたシュカは、推進力を乗せた刃を相手の前脚の付け根から胴へと走らせた。ロングソード越しに重い手応えがあり、火花が散る。

 そのまま臀部に沿って急旋回し、やや高度を上げて背中の上に出ると、コアの位置を狙って斬り掛かった。

 一撃、二撃と加えるごとに、少しずつその構成物が欠けていく。暴れ始めたビーストの鋭い牙や爪を避けながらも、攻撃の手は決して緩めない。

 これほどまでに大きな敵が相手では、空中に浮いたままで剣を振るう必要がある。

 シュカが身に纏った十二基の電動ファンが、大胆に、あるいは繊細に、まるで各々が意思を持っているかの如く動いている。放った攻撃が最も効果を発揮し、その反動を最小限に抑えてスムーズに次の攻撃へ移るための、飛行装置の駆動。

 もちろんシュカの思考によるものだが、当の本人はほとんど無意識の操作だった。


 ビーストの蹴りを、シュカは上体を逸らしてギリギリで躱す。だが、棚引いた鋼鉄の尾が胸の辺りを掠めていった。

 電磁防護膜のおかげで衝撃はかなり軽減されているものの、やはり一瞬息が詰まる。一旦下がって距離を取り、今度は横合いから敵へと向かっていく。


 トバリの長刀が敵の横腹を抉る。

 アンジの両頭刃が回転しながらターゲットマークの付近を突く。

 続けざま、シュカのロングソードが連続で穿たれると、コアの放つ光が目視できるほどになった。

 あと一押しだ。


 だがその時、金属の軋む咆哮が空気を震わせ、耳をつんざいた。


 三人が反射的に身構えた隙に、ビーストはスクラップの山を駆け下り、エリアの出入り口目掛けて突進を始めた。

 その際、進行方向にいた兵士たち数人を踏みつけ、撥ね飛ばしていく。


 同時に、十体程度の小型クリーチャーが、三人のハンターに対して一斉に襲い掛かってきた。まるで、足止めするかのように。


『まずい!』


 三人の中では出入り口に最も近い位置にいたトバリが、電動ファンを瞬時にフル回転させる。低空飛行で大型ビーストを追い、数秒のうちに抜き去った。そして扉の手前に着地し、敵を迎え撃つ。


『おおおお……ッ!』


 長い刃が、猛進してきたビーストの口にめり込んだ。トバリは大腿部の電動ファンから後ろ向きに、最大出力にて空気を噴射し、その勢いに耐える。

 ギチギチという、金属のかち合う音。刀を握る腕ごと喰い千切ろうとする敵に、トバリはその強靭な膂力りょりょくで以って相対する。


 シュカは取り囲んできた小型クリーチャーのうちの三体をひと薙ぎで解体すると、少し遅れてトバリに続いた。


「アンジ、後は任せた!」

『任された!』


 アンジは群れなす雑魚を一身に引き付け、豪快に得物を振るって蹴散らした。一瞬にして彼の周りにスクラップの山が築かれる。

 だが、切れ目なく第二波が襲い掛かってくる。


『マジか! どんだけ来るんだよ!』


 敵のボスに追い付いたシュカは、その身体へ容赦なく斬り掛かった。

 大型ビーストが大きく首を振り、拮抗していたトバリがバランスを崩す。そこへシュカが素早く入れ替わり、ロングソードを相手の喉へ突き立てることで行く手を阻む。

 だが、女の腕力では長くは保たない。シュカは搾り出すように叫んだ。


「……アンジ!」

『おうよ! 外す気しねぇぜ!』


 雑魚の群れを粗方片付けたアンジが、その場から軽く助走をつけて右腕を振りかぶる。そして上体を大きくしならせ、両頭刃剣ツインブレードを投擲した。

 彼の身体はまるで、しなやかな弓のようであった。

 風を切り裂きながら飛ぶ刃は、限りなく直線に近い放物線を描き、ビーストのコアを鋭く、そして正確に貫いた。


 アンジの剣の先が、シュカのすぐ足元に刺さっている。途端に抵抗がなくなり、シュカは勢い余ってやや前のめりになる。

 ビーストは廃材を撒き散らしながら、その巨躯をどうと横たえた。シールド上のターゲットマークが、すうっと薄くなっていく。


 アンジが遠くでガッツポーズしている。


『ストライク! 俺!』


 自身も肩で息をしつつ、シュカは座り込むトバリに駆け寄った。彼のスカイスーツの、電導ラインの光が消えている。


「トバリさん、大丈夫ですか?」

「もう私もトシだな……しばらく身体が言うことを聞きそうにない」

「いえ、さすがでした。トバリさんは少し休んでてください。私とアンジで残りの雑魚を片付けてきます」

「あぁ、頼んだ」


 いつの間にか出入り口は設備業者の大型トラックで塞がれていた。後は小型クリーチャーたちを一掃するだけだ。

 兵士たちの奮闘の甲斐もあり、奴らは先ほどよりも数を減らしている。シュカは武器を再び複合型電磁銃マルチレールガンに持ち替え、彼らに加勢すべく敵の群れへと足を向ける。


 だが、その時。

 コアを破壊されたはずのビーストがゆらりと立ち上がったことに、シュカは気付かなかった。


 金属のぶつかるような激しい音と、小さな呻き声。


 すぐ背後で異変を感じ、シュカは振り返る。

 すると、信じられない光景が視界に飛び込んでくる。


「……トバリさん!」


 彼女が目にしたのは、倒したはずのビーストに左腕を噛み潰されながら、そのコアに長刀を突き立てるトバリの姿だった。

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