第8話 緑子、絶体絶命!

 一旦職員室に帰った緑子。

 帰り支度をしていると、学年主任のヒヒジジイがツカツカと歩み寄ってきた。

「茶園先生、茶道部の部室なんですがね」

 もったいぶって話しかける。

「はい?」

「来週から職員用の休憩室にする予定なので、理事会が終わったらお茶の道具を片付けてくださいね」

「休憩室ですか?」

「そうです。まあ、あの子達がまともにお茶を入れられるなんて、奇跡でも起きなきゃありえないですからねえ。理事長も嫌とは言わんでしょ」

 例のイヒヒ笑いをしながら、楽しそうに言う。

「はい、わかりました」

 新任の緑子は、そこは大人の対応をしながら、血管がブチ切れる寸前だった。ただ、いかんせんよい方法が浮かばない。

 これ以上ここにいたら、自分を抑える自信がないので、愛想笑いをして、そそくさと学校から退散した。


 緑子は学校から帰ると、先日田舎から送ってきた荷物をほどきながら、翌日何をすればいいのか考えていた。

 荷物の中には好物の田舎のお菓子とお米、それにお茶の葉が入っていた。

 お茶といっても、今直面している悩みの種である抹茶ではない。いわゆる、煎茶というごく普通のお茶で、緑子が小さい頃から大好きな地元のお茶だ。袋にはラベルもないから、たぶん叔父の茶畑で取れたものだろう。

 せっかく送ってもらったので、気を落ち着かせるために、お茶を飲むことにしてお湯を沸かし始めた。

 お湯が沸くのを待ちながら、ボーっとお茶の葉が入った袋を眺めて、ふとあることに気がついた。

 慌てて壁に掛かったカレンダーを見て、今日が4月10日であることを確認する。

 それから仕事の道具を入れている鞄から、明後日の理事会の名簿を取り出して、一人一人の名前や経歴を読み込んだ。

 名簿を全部読み終わると、急いで携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ始めたのだった。

「一か八かの勝負ね。」

 電話が終わり、もう一度名簿を見ながら、ポツリと呟いた。

 それから、意を決したように、淹れたての熱いお茶をゴクリと飲んでしまい、あまりの熱さにひとりでのたうちまわった緑子だった。


 そのころ雅は自宅いた。宿題をしてても明後日のことが気になって仕方なかった。

 夕食を済ませ部屋にいると、玄関のチャイムが鳴った。母親が出たらしく、しばらくすると、雅を呼ぶ声がする。

「雅、学校の先生がみえたわよ」

 そう呼ばれて玄関に行ってみると、そこには緑子が立っていた。

「先生! どうしたんですか?」

「雅、あなた振袖とか持ってない?」

「振袖? あたし持ってないですけど」

 すると、横から

「振袖ならありますよ、先生」

と、母親が答えるのだ。

「えっ、あるの? なんで?」

 雅が聞くと、どうやら母親が成人式で着た振袖があるらしい。

「まあ、雅が成人式の時に、ママと同じものを着てくれたら嬉しいなと思って」

と母親は言う。

「本当? 着ていいの?」

 雅がうれしそうに言う。すると、

「お母さん、よろしければ、その振袖を雅さんに着させていただけませんか?」

と緑子が言うのだ。

「何かあるんですか?」

母親が聞くと、

「はい。お茶会がございまして、雅さんは部長ですので、茶道部の代表として振袖で参加してもらいたくて」

「雅が代表! それなら喜んで」

「ありがとうございます。明日着付けと作法の練習をしたいので、学校へ持たせていただけますか?」

「はい。必ず」

と、雅の意思とは関係なく話がまとまってしまった。

「先生、あと1日しかないのに振袖なんか着てる暇があるんですか」

 たまりかねて雅が聞くと、

「さあね。これでダメならあきらめるしかないけどね。」

と言いながら、ペロリと舌を出したのだった。

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