第4話 なぞの中国人?

 校長たちが校長室に入るのを見た春香は、校舎の外から回り込み、校長室の窓の下に身を潜めた。部屋の中の会話が聞こえてくる。

「教頭先生、茶道部はとりあえず理事会まではあのままにしておきましょう。ただ、顧問がいないというのは問題でしょうから、理事会までの4日間は顧問を置かなければならないですね」

「そうですね。まあ土曜日までの4日間の顧問ですから、とりあえず新任の先生でもよろしいでしょうか」

「どうせなくなる部でしょうから、それでお願いします。確か、茶道部にぴったりのお名前の先生がいらっしゃいましたね」

「わかりました。すぐに段取りします」

 教頭先生が部屋を出て行く気配に合わせて春香は窓の下を離れ、みんなに話を伝えようとしたのだが、ついでに売店に寄ってお茶とお菓子を仕入れに道草を食い、だいぶ報告が遅くなってしまうのが春香の春香たる所以だろう。


「あのね、あと4日間だけ顧問の先生が来るらしいよ」

 偵察から帰った春香からは、校長たちの話をかなり端折って伝えられた。

「じゃあ、理事会が終わったら、別の顧問の先生に変わるってことかなあ」

「時間ないから、とりあえずってこと?」

と、それぞれに好きなように解釈されたようだ。

「ただね」

 春香が思い出したように言う。

「校長先生が、どうせなくなる部だから、とかなんとか言ってた」

「どういうこと? お茶を入れたら続けられるんじゃなかったっけ?」

 雅が聞くと、

「うーん、なんかわかんない」

 なんとも頼りない偵察である。


「それは廃部になるってことよ」

 急に部室の入口から声がして、みんなが驚いて振り返ると、見たことのない女の人がいる。背は高くない。雅たちとさほど年も違わない気もするが、私服を着ているので、生徒ではなさそうだった。

「だ、誰?」

と誰ともなしに聞く。

「誰って、始業式でちゃんと挨拶したでしょ。聞いてくれてないの?」

 皆、ぽかーんとしている。どうやら5人にとって始業式なんて、先生方の挨拶より、久しぶりに会うクラスメイトとのおしゃべりの方で忙しかったのだ。

「そんなことだから、廃部になるかもって話もちゃんと聞いてないのよ」

 その女の人は深いため息をついた。そして、部室に上がり込んで畳に座り、

「この茶道部の顧問になりました、チャエンです。よろしく」

と挨拶しながら、5人をひと通り見回した。

「先生? マジ?」

 どうみても高校生のような幼い顔をしていたので、にわかには信じられない様子である。

「チェンさん?中国からの留学生とか」

「高等部の先輩かと思った」

と5人は好き放題に言っている。

「あんたらねえ、顧問の教師が挨拶しているのに、何その態度。ちゃんと座りなさい!」

と「チェン」さんが怒り出すが、どうも迫力が足りないらしい。

「あっ、もしかして怒ってる?」

「チェンさん、日本語わかってるのかなあ」

などとおしゃべりが止まらないのだ。

「座れって言ってるでしょ‼︎」

 あまりにも止まらないおしゃべりに、怒りに肩を震わせる「チェン」さんに怒鳴られ、さすがにまずいと思ったのか、横に5人並んで座った。

「誰が留学生よ。顧問だと言ったでしょ。先生以外に顧問はいないでしょ」

と先生はギロリと5人をにらむ。

「だって、チェンさんかと……」

と、再び幸が火をつけてしまった。

「あんた、どこに耳をつけてんのっ。チェンじゃないの、チャエン! お茶の園と書いて茶園! わかった⁈」

と怒りの収まらない先生などどこ吹く風、

「茶園! 茶道部にぴったり!」

と詩音の再び空気を読めない発言に、先生も頭を抱えるしかなかった。

「もういいよ。とにかく、この度この茶道部の顧問になりました、茶園緑子と言います。よろしく」

 気を取り直して先生が自己紹介をする。

「緑子! 茶園緑子! 名前までお茶なんですね。素敵。」

という夢見がちな詩音を無視して、緑子先生は、

「で、部長は誰?」

と聞いた。雅がおずおずと手を挙げる。

「名前は?」

「雅。九谷雅です」

「じゃあ、九谷さん。とりあえず部活を始めます。礼の号令を掛けて」

「私、みんなから雅って呼ばれてます」

「うるさい。じゃあ雅、さっさと礼!」

と促され、雅の号令で緑子先生に礼を行なって、ようやく部活らしい時間が始まったのだ。

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