第3話 部長、踏ん張る!

「それで、あなたたちは、ここで何をしてるんですか」

 しおらしく正座してならんだ5人を、教頭先生が睨んでいる。皆、黙ってしまっている。

「この部室の鍵を、どうやって手に入れたんですか」

と再び教頭先生。

 おずおずと雅が手を挙げた。

「君は?」

「ほ、北条先輩から茶道部を引き継いだ、新部長の九谷雅です」

「ほお。君が部長だと。で、他の4人は?」

「はい、茶道部員です」

「確か、2月に北条さんに茶道部はどうなるのか聞いたとき、茶道部員はもういない、と聞きましたが」

 教頭は皮肉たっぷりに雅に言った。

「教頭先生、これを」

 雅はふと思い出し、北条先輩から引き継いだ、歴代の茶道部員名簿を差し出した。そこには確かに2年前に雅が入部したこと、今年の3月に九谷雅が部長に就任したことが達筆の書体で記されていた。北条華は最後の部長の仕事として、ここまで書いてくれていた。そして、それに続けて、雅の丸い文字で、この3月に4名の名前を書き入れたのだ。

 さすがの教頭も、部員名簿は認めざるを得なかったのか、5人が茶道部員であることは、それ以上問題にできなかったようだ。

「うおっほん」

 教頭先生はひとつ咳払いをして話を変えた。

「で、部活動の時間に遊んでいたわけですね」

 誰も返事ができない。

「このような状態では、活動停止を考えた方がよさそうですねえ。」

 ーー活動停止。廃部。そして北条先輩の涙。

 色々なことが頭をよぎったそのとき、雅の中で何かが弾けた。

「いえ、遊んでいたわけではありません」

 雅が下を向いていた顔を上げた。

 そして、さすがに言い訳にも無理があるのはわかっていたのか、少し顔を赤らめて、

「ぶ、部活動です」

と言い放った。

「ブッ」

 隣に座った詩音が、雅の言葉に吹き出しそうになるのを一生懸命堪えているのが、頬のあたりがピクついていて誰の目にも明らかだった。

 さすがの教頭も、この開き直りとも取れる「部活動」発言には笑い出しそうになったが、そこはおくびにも出さなかった。

「つまり、ペットボトルのお茶を飲みながら、袋菓子を食べるのも茶道部の部活動だと」

「はい」

 臆せずに雅が応える。

「お茶を使用した商品のモニ……、あっ、モニタリングをしていました」

「モニタリング?」

「はい。私たちは茶道部ですので、その茶道を支えているお茶という日本の伝統文化が、現代社会の商品にどれほど受け継がれているのかというモニタリングです」

 雅はあくまでも部活動を押し通す。

「それならば袋菓子は何かな?」

 少々意地悪な質問を教頭はぶつけてみる。

「お菓子は茶道にとって重要なアイテムです。どのような現代のお菓子がお茶に合うのか探るのも茶道部の活動だと思います」

 雅もここまでくると、もう一歩も引かないと言わんばかりに視線を逸らさない。あまりの強情さに、教頭も言葉を失っていた。


「まあまあ、教頭先生。茶道部が今後も活動を続けるなら、それもまた結構。」

「しかし校長先生……」

「いやいや、茶道部だとこの子らは言っているわけですから、少し見守りましょう。きっと美味しいお茶がまた飲めるでしょう。週末の理事会がまた楽しみです」

 校長が言わんとすることにピンとくる。

「ああ、なるほど、そうですね。初代茶道部長の理事長がいらっしゃるわけですから、みっともない点前の披露などはできませんね。日頃の練習の成果を存分に発揮してもらいましょうか。大丈夫ですよね、茶道部新部長」

「もちろんです!」

 売り言葉に買い言葉。まったく意味がわからなかったが、つい勢いで返事をしてしまった雅であった。


 校長先生と教頭先生が立ち去ったあと、詩音が雅に、

「どしたの、いきなりスイッチ入っちゃって」

と聞いた。詩音の知っている雅は、先生に反論する自我の強いタイプではなく、大勢の中に埋もれてるおとなしい女の子だった。

 じっと考えている雅。

「なんか、なんかね、終わらせたらいけないかなあって」

「終わらせたら?」

「うん。北条先輩は、こんなにあっさり茶道部をなくして欲しくなかったんじゃないかなあって。そう思った」

 雅の今までと違った一面をみた詩音。

「そっか。わかった。私も協力するよ」

「ありがと。頼りにしてる」

「ところでさ、校長先生の言った週末の理事会って何のこと?」

 改めて詩音が聞く。

「お茶を出せばいいんじゃないの?」

といつものお気軽娘に戻って雅が言う。

「えっ?なんか違うっぽいんだけど」

と、隣で聞いてた幸。

「とりあえず、4日後でしょ?準備とかいらないのかなあ」

 言われてみればそうかな、とみんなに不安がよぎる。

「ちょっと偵察に行ってくるわ」

 パタパタと春香が部室を飛び出して行った。

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