ここは鳥の村

キュ

ここは鳥の村

「白ははじまり。青は終わり」


山あいの小さな村は、山羊も足を滑らせるほどの断崖に囲まれています。

村へと続く道は、車も通れないほど狭く曲がりくねっています。

時には崖にはりつくようにして進まねばならないほど険しい道なので、外の人はほとんど来ません。

ロバを使っても一番近い町から丸2日はかかります。


風の強い土地です。

村の周囲には、五色の布が風にはためいています。

石造りの家の横で、女たちは歌いながらはたを織ります。

男たちは固い土を耕し、子どもたちは草地に山羊を追っていきます。

空の高いところでは鳥が円を描いています。


「村に子どもが生まれると、皆で柱を建て、布を結ぶ」


長老と呼ばれる老人がそう言って来訪者に見せるのは、透かし模様の入った白い布です。


「赤は結婚したときに結ぶ。子どもが生まれたときに結ぶのは黄色だ」


十年ほど前、私たちが「今世紀最大の発見」されて以来、村にはときどき学者さんが来ます。

白い人、黒い人、色々ですが、全員、病気のロバの糞みたいな色の服を着ていて、昨日の晩御飯も覚えていないような顔をしています。

そして村に滞在している間、水を汲んだり、山羊の乳をしぼったりと忙しく働く私たちに、子どもでも知っているようなことを聞いてきます。

邪魔です。


「緑は何の色ですか?」


この学者さんも、これまで村を訪れた全ての学者さんも、知ることはありません。

自分が話している長老が、村一番の嘘つきだということは。

長老1回につき、1ヶ月分の食料と引き換えです。

嘘つきな老人は、学者さんの相手を毎回とても上手にこなすので、最近では本当に尊敬されはじめています。


「緑は一番大切な色だ。成人したときに結ぶ」


嘘をつくコツは、たくさんの真実の中に一握りの嘘を紛れ込ませることだそうです。

毎晩、私たちは余計なことに気付かれないよう、学者さんを酔いつぶします。

すすめられた酒を断ることは、この村における最大の無礼という設定なのです。

お酒に強いときは、村の薬師が特別に調合した薬を盛れば大丈夫です。


「この村が鳥の村と呼ばれている理由は、村に伝わる伝説にある。昔、この辺りで疫病が流行って、子どもが1人だけ生き残った。子どもは食べ物を求めて山をさまよううち、大きな鳥の巣を見つけた」


長老役の老人は大仰おおぎょうな仕草で両腕を広げ、鳥の巣の大きさを示します。


「巣の中では、子どもよりずっと大きなヒナ鳥が口を開けて鳴いていた。腹の減った子どもが巣に入って、ヒナ鳥と一緒に口を開けていると、親鳥が帰ってきた。親鳥は見知らぬ子どもにも平等に食べ物を与え、子どもはどんどん大きくなった。やがて子どもは大人の男になり、巣を出た。そして山のふもとの村の娘を嫁にもらうと、この場所に村を作った」


学者さんは、いちいち頷きながら聞いた話を手帳に書き込みます。

小さな茶色の手帳の中で、私たちは少数民族と呼ばれています。

その名前で呼ばれるたびに、汚れのない純朴さのようなものを暗に求められている気がして、落ち着かない気持ちになります。


「鳥の子どもだった男は、育ててくれた鳥に見えるよう、柱を建て、色のついた布を飾った。その子どもも、そのまた子どももそうしてきた。だから、ここは鳥の村と呼ばれる」


柱の持ち主がいなくなっても、布は風になびき続けます。

何年も何年も風に吹かれ続けた布が、次第に色褪せ、ちぎれ、やがてほとんど形をなくした頃、柱は倒されます。

そして、新たに生まれた者の白い布が結ばれ、また建て直されるのです。


「村を離れる者たちもいる。だが、彼らも一年に一度帰ってきて、柱を手入れし、布を結ぶ」


村の道の脇に白い花が咲きはじめました。

そろそろ彼らが帰ってくる季節です。

村を離れ、広い世界に羽ばたいた者たちにとっても、柱が大切な物であることには変わりありません。

彼らがどんなに大きな円を描いて飛ぼうと、その中心にはいつも五色の布たなびく故郷があるのです。


出立する学者さんを村の皆で見送ります。

学者さんは、大事そうに手帳をかかえ、ロバの背にゆられて行きます。

何度も振り返っては手を振る姿が小さくなり、やがて完全に見えなくなります。

それを確認すると、私たちは靴を脱ぎ捨て、走り出します。

そして地面を蹴って、飛びたちます。


ぐるりと旋回を繰り返ししながら空高くのぼっていくあいだも、布は私たちの中心にあります。

たくさんの真実の中には一握りの嘘があります。

言い換えるなら、一握りの嘘のほかは、全て真実なのです。


緑は成人したときに結ぶ色ではありません。

ここは鳥の村。

私たちは鳥の子どもです。

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