2-2

 智浩はトボトボと帰宅し、自室へと辿り着いた。

 部屋の中にはベルナデットが居た。ベルナデットはソファに寝転び、お菓子を食べ散らかして智浩の漫画本を読んでいた。

「Hey! トモヒロ。浮かない顔だね。どうしたのサ?」

 ベルナデットは智浩に元気がないことに気がついた。

「聞いてよ、ベルナデット! 学校で狩夫の奴がハワイ旅行に行くとか自慢始めてさ。僕もつい誰も知らないような場所へ旅行に行くと見栄を張っちゃったんだよ!」

 ベルナデットは「HAHA!」と大笑いを始めた。

「天界で伝え聞くトモヒロの有り様まんまだね! さすが、本物のトモヒロだ!」

「なんだよそれ。どんな噂が流れているのさ」

 智浩は嫌そうにベルナデットに尋ねる。

「トモヒロの性格は運命なのサ。こちらに十分予測可能な範囲内で君は今日を生きている」

 ベルナデットは答えをはぐらかした。

「予測可能な範囲って何だよ! こうなるのがわかっていたってこと?」

 智浩は憤慨している。ベルナデットは涼しい顔でビスケットを頬張る。

「うんうん。日本のビスケットも中々だねぇ。美味しい美味しい」

「何お菓子を食べてくつろいでいるんだよ! 僕の悩みを聞いてくれよ!」

 智浩は「うわわーん」と泣きながら話した。

「ビスケットは私の大好物。君の悩みはビスケットで手を打とう」

 智浩はピタリと泣き止んだ。

「えっ、賄賂の催促?」

「やだなぁ。報酬を頂こうって話さ」

「それって、ベルナデットなら何とかできるって話なの?」

「この聖霊にまっかせなさーい! トモヒロの問題に対しては、私はあらゆる権能を有している!」

ベルナデットはドンと胸を張った。

「もしかして、天国観光?」

 智浩は期待に満ち満ちてずずずいっとベルナデットににじり寄った。

「残念! 天国は死後になってから!」

 お酒は二十歳になってから、のノリで答えるベルナデット。

「じゃあどこに案内してくれるのさ。ハワイを超えなきゃ駄目なんだ」

「まぁまぁ。落ち着けよ、トモヒロ。何処か、なんて問題ぢゃあないのサ!」

「なんだよ、勿体ぶらないでよ。ベルナデット!」

「HAHAHA! イイね。そのすがりつく姿!天使も頼りにされてナンボだが、天の力を安売りしすぎるのも問題だなぁ…」

 ベルナデットが何か渋るような仕草をした。

「え〜…そうだ。ベルナデット。ビスケット二箱でどうだ!」

 智浩はダメ元で交渉に打って出た。

「のった! さぁさぁお待ちかね。天の秘蹟を持って、汝トモヒロに栄光ある人生を与えん! 開け天の蔵。いでよ、おでかけフェアリーサークル!」

 ベルナデットがステッキをくるくると回すと、その軌跡を光がなぞる。光の中から輝くサークルが描かれた絨毯が現れた。

「ベルナデット。絨毯でどうしろって言うのさ?」

「まったく。トモヒロは気が早いなぁ。説明くらいはさせておくれよ! これは世界中どこでもワープ可能な魔法のサークルを織り込んだ絨毯なのだよ! 行きたい場所を思い浮かべてサークルに乗るだけでいいんだよ」

「帰りたい時は?」

「行き先にも絨毯が現れているので、それを使って帰ってくるんだよ」

「それだけ?」

「それだけ」

「これを使っていきたいところへ行って来いと言うんだね?」

「そうさ! 試しにハワイに行って来たらいい」

 ベルナデットはまた漫画本を開き、ソファにだらしなく寝転んだ。続きを読むのを再開したようだ。

「うーん。じゃあ早速そうしてみるか!」

 智浩はハワイに行きたいと思い浮かべて絨毯のサークルの上に乗った。


 ぱっと周囲の景色が切り替わり、砂浜のある海辺に出た。周囲は外国人だらけで、日本とは思えなかった。

 ザザーンと波が打ち寄せる砂浜。暑い日差し。数多のパラソル。日本では見られないような植生。常夏の様相の景色はハワイのそれだった。

「凄いや! …そうだ。周囲の景色をスマホで写メにとっておこ…よし。これで最悪でも狩夫とは引き分けになれるぞ」

 智浩は周囲の景色を写メにとって周った。もちろん自撮りで自分が映るようにも撮ってある。 

 智浩は夢中になって写メを撮りまくった。だからフェアリーサークルの場所を覚えておくことを忘れていたようだ。

 持ち運びくらいは楽にできるので、畳んで運べば良かったのだ。

 気がついた時には智浩は道に迷っていた。

「あれっ。ここは何処だ。絨毯の場所はどこだっけ…」

 智浩がキョロキョロと周囲を見渡すが、ビーチは広い上に、絨毯の様にビーチシートがたくさん敷いてある。どこのどれが自分の絨毯なのかわからなくなってしまった。

「あれっ、僕迷子!?」

 智浩は慌てて周囲の大人に話しかける。だが言葉が通じなくて駄目だった。

「うわわーん! ベルナデット…助けてよぉ!」

 智浩は周囲を憚らず泣き始めた。

「まったく。トモヒロは私がいないとダメだなぁ。おちおち漫画も読んでいられないよ」

 智浩が振り返るとベルナデットがいた。サングラスを掛け、アロハシャツを着て、手にはトロピカルジュースを持っている。その姿は全力で海を楽しんでいる者の姿そのものだ。

「ベルナデット!」

「やぁ、楽しんでいたかい?」

 ベルナデットがにこやかに笑う。

「迷子になりかけたよ…ベルナデット。人前に出ても大丈夫なの⁉」

 智浩は急に周囲が気になった。だが、誰もベルナデットの姿を気にしてはいなかった。

「ダイジョーブ。認識ジャミングをかけてあるから、私のことは人間にしか見えないよ」

「へぇ。そうなんだ」

「まったく。トモヒロにも困ったものだ」

 ベルナデットは両手を腰に当て、やれやれと首を横に振ったのだった。

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