未来へ向かって

それからカノン王子は、宣言通り積極的に私と交流するように行動していた。

中庭でスケッチをしていた所にリリアが走りよって来たので、普段多少のことで動じない彼女の慌てた様子に何事かと傍に控えていたリヒトと共に顔を見合わせていたら、後ろに王子の姿が見えて、慌てて姿勢を正したものだ。

そんなことが度々あり、王子としての仕事も学ばなければならない事も、私とは比べ物にはならないくらい忙しいはずなのに、どこにそんな時間があるのかと不思議になるほど、彼は頻繁に私に会いに来てくれた。

「あの、カノン王子」

「ん?どうかしたアイリーン」

「えっと、疲れてはいませんか?」

目の前でお茶を飲む王子が忙しいことは、兄様から聞いて知っているので、私の元に来るよりもゆっくり休んだ方がいいのでは?と思うのだが、そんな私の問いに彼は笑って返す。

「全然、むしろアイリーンに会えない方が辛いよ」

「そ、そうですか」

ふわり、とそれが本心だと分かる微笑みを向けられてそんなセリフを告げられたなら、それ以上何かを言うことなんて出来ない。だから私は、彼が少しでも気持ちが安らぐようにとリラックス効果のあるお茶を用意したり、彼の好きなお菓子を準備したりするのだ。

そうすれば彼の顔が柔らかく綻ぶから、用意してよかったと思うし、その顔を見ることが出来る度に私も嬉しくなる。

「アイリーンこそ疲れてない?また新しいことを始めるんだって?」

「カノン王子と比べれば全然大丈夫ですよ。それに新しいことと言っても、基本的には変わってませんから」

カノン王子が言う新しいことと言うのは、本格的に学校を作り始めたことだ。まだ領地に建てている途中だが、近年には学校として子供たちに勉強を教える場所が出来ると思っている。

最初の頃はやはり勉強など必要ない、という考えの大人もいたが根気強く説明し、青空教室が少しずつだが浸透していたこともあり、子供たちから学びたいという声も上がっていたので何度か説明会を実施後に学校の大切さが認められ建設されるようになったのだ。

もっと文字を読める子が増えれば、自然と絵本も布教されるだろうし、いずれは図書館なんかも作れるかもしれないわよね。

そうなると素敵なカフェが近くにあれば嬉しいし、美味しいケーキや焼き菓子があるお店も欲しくなる。

そんな想像がどんどんと進み、ついふふふっと笑いが零れる。

「楽しそうだね、アイリーン」

「はい!とっても」

目の前にいるのが王子だということも忘れ、ついそう答えた私に彼はニコニコとした顔を崩すことなくこちらを見つめている。

「アイリーンの楽しそうな顔はとても可愛いと思うんだけど、今は私がいることを思い出して欲しいなぁ」

「ふぁ?!」

「あと楽しそうな顔をしてた理由も教えて欲しいな、ね?」

「は、はい・・・」

さらりと告げられた言葉に顔が熱くなるのを感じながらも、私は今自分がしていることを話した。



そんなふうに王子が私の元を訪れて、お互いの色んな話をすることが私の中で日常になる頃には、彼の存在は私の中でとても大きなものになっていた。

最初の頃は王子だから、と遠慮していた部分もあったはずなのに、彼はその壁を壊すようにどんどん自分から近付いて私の中に入ってきた。

例えば私が視察で領地に行くのだと話すと、父様にどうやって話して納得させたのか分からないが、一緒に行くことになった時はとても驚いた。

だって屋敷の前で自国の王子が出迎えてくれるなんてある?普通。

「アイリーンがどんなふうにしてるのか見てみたかったら」

いやいや見てみたかった、じゃないわよ!王子なんだから危機感もって!

そう思ったのはきっと私だけでは無いはずだ。だけど護衛として来ていたリヒトもジャンヌも驚いていなかったので、もしかしてグルか?と疑ってしまったが。

別の時では王都に久しぶりに買い物に行った時に、新しい髪飾りでも作ろうかとリボンなどを眺めていれば名前を呼ばれ振り返った先に、変装した王子と姫様がいて、思わず頭を押さえたこともあった。

なんでここに王族がいるのよ?!護衛はどこ?!

「アイリーン!」

嬉しそうな姫様には悪いが、護衛達はどこにいるの?!と叫びたくなった。

しかしそんな私の心配を他所に、走りよって来た姫様と王子は笑顔を向けてくる。

「アイリーン」

「カノン王子・・・」

声を潜めながらも、咎めるように呼べば私の気持ちが伝わったのか、先程の笑顔から一転してしゅんっとした表情に変わる。

うっ、そんな顔されたら何も言えないじゃない・・・・・・。

子犬のような眼差しで見つめられたら、早く帰りましょうなんて言えない。

一応少し離れたところに私の護衛もいるし、もしかしたら私が気付いていないだけでどこかで護衛の方が探しているかもしれない。

「アイリーン・・・?」

「今回だけですからね」

「!うんっ」

そう答えればほっとした顔に変わる王子に、せっかくお忍びで街を見ているのだから、水を指すのも無粋だろうと思い、今回ばかりは何か言うのを諦めた。それに横で私たちのやり取りを見守っていた姫様のニコニコとした顔を見ると、お城に戻りましょうなんて言えない。

「エリザベート様、私のそばを離れないでくださいね」

「はい!」

仕方ないので護衛が来るまで一緒にお店の中を眺めていれば、私が見ていた飾りの一つを王子が手に取った。

「カノンお、様・・・?」

「アイリーンは可愛いから、どんなものでも似合うけど、私の選んだものを身につけてくれたら嬉しいな、私が」

「〜〜〜っ!!」

私の髪に触れながら、ほらよく似合う、と彼が選んだ銀細工のバレッタを合わせてくる王子に言葉が紡げない。しかもその後すぐに、固まってしまっていた私を放ってすぐに店員さんにそれを包んでもらっていたので止める暇もなく、彼はそれを私の手に握らせた。

「か、カノン様・・・っ」

「私が君に贈りたいだけだから」

慌ててこんな高価なもの受け取れません!と言おうとしたが、言う前にそう言われたら断ることも出来ない。

「で、でも・・・」

「代わりに今度、お茶会の時につけて見せてね」

「アイリーンならきっと似合いますわ!」

「・・・・・・ありがとうございます」

二人に揃って言われたら、つけないなんて選択肢はないも同然だ。

そして後日、それをつけて城に行けば眩しすぎる笑顔を向けて聞いてる私が恥ずかしくなるほど褒めてくれた王子に、しばらく固まってしまったのは仕方の無いことだと思う。

そんな彼の行動に途中何度か、恥ずかしくていたたまれない!と思ったが、それが彼の素なのだと知ってからは慣れるしかないと自分に言い聞かせてきた。





そしてそんな彼と一緒に過ごす時間が増える度に、絆されてしまった私は、どうしようもない。



「アイリーン?どうかしたかい」

うつらうつらとしていた私に、彼の心地良い声が耳に届く。瞳を開ければ大丈夫?と視線で問いながら手を差し出す彼の手に私もそっと手を重ねた。

「・・・・・・いえ、なんだかんだで私の夢は叶っているなぁって」

優しく手を握られる感覚にも慣れてしまい、彼がそばにいることを当然のように受け入れてしまった私は、彼の隣が居心地が良いことを知っている。

年月と共に成長した背は、私よりも頭一個分ほど高く前から整った顔立ちではあったが、数年経った今では綺麗よりもカッコイイという言葉がぴったりな容貌に変わっており、見慣れた今でも時折ドキッとすることもある。

彼と過ごすうちに、何か変わることがあるのではないかと危惧したこともあったが、特に大きな変化もなく穏やかな日々に私は笑った。


これから先もきっと変わらない。


彼がそばにいても、私のしたいことは昔と同じで、彼もそれをわかっていてくれるのだから。

彼が選んでくれた髪飾りと今日のために選んだ白いドレスを見に纏い、背筋を伸ばした。

五年間、変わらず私を想ってくれていたカノン様の隣に相応しい人間に少しでもなれるように、努力も続けてきた。エリザベート様が王位を継承すると決まった時に一悶着あったが、それでも私は彼と一緒にいると選んだから。


「そうだね、これから先もずっと君は好きなことをすればいいよ」

そんな君を私は支え続けるから。


ずっと一緒にいるから、君は君の選んだ道を歩めばいい、と背中を押してくへれる婚約者の言葉に視線をあわせてふわっと微笑んだ。


「はい、よろしくお願いいたします」

「うん、よろしく」


差し出された手を繋ぎ、私は前を向いた。


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願ったのは小さなことでした。 椿 千 @wagajyo

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