知らなかった新事実

「毎年春先になると花を見る会の招待状が王家から届くはずだろう」

「いえ、初めて聞きましたが・・・」


アルベール様によると、毎年王城の庭園で王子や姫と歳の近い者を招いてお茶会が開かれているそうだ。

しかもそれの主催は王子様。

そこで大抵の貴族の子息令嬢は王族と初めて顔を合わせる事になるのだという。


え、嘘、マジか・・・・・・。


思わず確認するようにリヒトを見上げれば頷かれた。リヒトもそこで王子に初めて挨拶し、同じ歳な事もあってそれなりに交流があるそうだ。更には苦笑する王子とも目が合ったので、それが事実だと分かる。

「そんな話初めて聞きましたわ・・・」

「姫さんの様子からそうだろうな、とは思ったが・・・・・・」

その様子だと本当に知らなかったんだな、と言われて大きく頷いた。

だって母様も父様も無理に参加する必要は無い、としか言わなかったのだから。

しかし流石に王家主催のお茶会ならば、普通は参加するものだという事くらい、引きこもりの私だって分かる。

だからこそ聞かされていなかった事実に、一体どういう事なのかと兄様を問いただせば、その話が始まった時から視線を逸らしていた兄様は、逃れられないと察したのか渋々といった様子で話してくれた。


「だってアイリーンは、そういうのに興味無いだろう」


兄様曰く、確かに毎年王家からの招待は来ていたらしい。だけど私が人前に出るのが好きではないと知っていたから、あえて告げることはしなかったのだと。

「だからって、流石にそれは・・・」

「俺が参加しているから何も問題はない」

兄様が参加していたとしても侯爵家の娘が参加していないのは、他の令嬢たちに何かしら言われるのではないかと思ったが、その辺は兄様や両親が上手くやってくれているらしい。

「それにアイリーンには、あんなドロドロしてる場所よりもこっちの方が似合うから」

「確かにアイリーンには、似合わない場所ですね」

「まぁなぁ〜、大抵の令嬢は王子を狙ってギラギラしてるしな」

「あの、それをカノン王子の前で言うのは・・・」

どうかと思うのだけど、言われている本人はのほほんと微笑んでいる。

「私のことは気にしなくて大丈夫だよ」

更にはそんなふうに言われてしまったが、王族ってみんなこんな感じなのかしら・・・・・・。

「そもそもアイリーンは王子の婚約者の座なんて興味の欠片もないだろう?」

「兄様、言い方」

花を見る為のお茶会という名目で、貴族の令嬢たちを集めて王子の婚約者を探しているのは暗黙の了解だ。

だけど婿を迎える気の私にそれは関係ないし、それに加えて絵本やお菓子作り、領地での事業開発にと忙しくしていたので、これ幸いと知らせなかったらしい。

「だから今日、噂の琥珀姫にようやく会えて嬉しいよ」

ずっと話しがしたいと思っていたのだと、優しく微笑まれ何も知らなかったとはいえ、王城に顔を出さず少々申し訳なくなった。

「あの、その事なんですが、琥珀姫とは何でしょうか?」

王子にもそう呼ばれるが、そんな呼び名を私は知らない。

大体姫なんて柄ではないし不釣り合いだ。

それなのに一体どこからそんな呼び名が来たのか。

そんな疑問に答えてくれたのは兄様、ではなくリヒトだった。

「この国で琥珀は、家に幸せをもたらす守りの石と言われるのは知っていますよね?」

「えぇ、知っているわ」

王子の前だからなのか、敬語では話すリヒトに一つ頷いた。

この国で琥珀はそれほど珍しい石ではないが、精霊と深い関わりを持つこの国では金に近い琥珀は精霊の瞳と称され大事にされる。

そして精霊に愛されるのものには富が集まるとされ、その事から琥珀を持つ家は幸せが訪れると言われているのだ。

「アイリーンの新しく作ったお菓子や絵本、ハーブなどの栽培で雇用が拡大で領地が前よりも賑やかになって発展をもたらしていることと、君の瞳の色からそう領民の間で呼ばれ始めたんだよ」

「そう、なの・・・」

「アイリーンにとってピッタリな呼び名だろう?」

うんうんと満足気に頷いている兄様には悪いが、全然姫ではないから私は。それに本当の精霊の瞳はもっと綺麗だ。全然私と同じでは無い。

というかリヒト、あなたも知っているなら教えて欲しかった。


自分の知らないところで過剰に評価されていた事実に頭が痛い、と額を押さえていればリヒトに大丈夫かと頭を撫でられた。

大丈夫よ、精神的なものだから。


一気に色んなことを知ってしまったせいで、なんだかいつもよりも疲れたわ・・・・・・。


それと同時に自分がどれだけ世間知らずの箱入りなのか改めて実感したわ。

・・・・・・・・・甘いもの、こういう時は甘い物よ!

そう思い手前にあったマカロンを一口齧った。そうすれば一気に口の中に甘みが広がり、大好きな甘いものを食べているという幸せに少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。

サクッとしたこの軽い食感に間に挟んでいるベリーのクリームと舌の上に乗った瞬間に広がる砂糖たっぷりの甘さに頬が緩む。

あぁ〜〜この甘さが堪んないのよね〜〜!

「ふふ、アイリーンは本当に美味しそうに食べるな」

「兄様には負けますよ」

兄様がいつも美味しそうに食べてくれるから、私も作りがいがあるというものだ。

誰かが美味しいと、反応をしてくれるからこそ今度はどんなものを作ろうかと、何を作れば喜んでくれるかな、と考えることが出来る。

それにお皿にとった種類や、減っているお菓子から誰がどんなものが好きか、新しい食材を使った時には好みや傾向も分かるというものだ。

「にしても、どれも美味いなぁ〜。特にこれなんか初めて食べたが、なんて言う料理なんだ?」

「コロッケサンドです」

「ころっけ?」

「はい。芋を茹で潰したものに味付けをし、衣をつけて油で揚げたものです」

「へ〜〜?家でも出して欲しいくらいだ」

「そう言って貰えて光栄です」

やはり体が基本の騎士だからなのか、男性にはそういったガッツリしたものが喜ばれる。特に肉とか、揚げ物とか、炭水化物とか。

そういう意味ではサンドイッチに揚げ物を挟んだコロッケサンドや、カツサンドは毎回大人気だ。

領地の職人さんたちも炭水化物と炭水化物大好きだものね。

特に我が家のは料理自慢の料理長が油や素材にもこだわり、丁寧に揚げて全てイチから作ってますから。

エッヘン!と思わず胸を張りたくなりながら、あれこれ食べて欲しくてオススメの料理をお客様の前に並べていれば、王子がじっと私を見ていたことに気が付いた。

もしかして、何か苦手なものでもあったのかな。

「あの、カノン王子、なにか・・・」

気付かないうちに苦手なものをのせていただろうかと不安に思ったが、彼はゆるゆると首を横に振った。その態度に私がなにかした訳では無いのだとわかり少しほっとしたが、それならなんだろうかと首を傾げた。

「君は、普通だな、って」

「?何がでしょうか」

「この私の瞳を見ても、変わらないから」


瞳?


言われて王子の瞳を見つめるが、相変わらず宝石みたいだな、と思う。

「とても綺麗だとは思いますけど」

むしろそれ以外に何かあるのだろうか?

そう答えたら、何故か王子はポカーンとした顔で私の顔をまじまじと見てきた。

「王子、アイリーンは誰に対してもこうですよ」

リヒトがそんなことを言っているが、何かその言い方だと私を貶してませんか??

じとーーっとリヒトを睨みつけるが、爽やかな顔で笑い返されただけだ。

「流石エドの妹だな。随分と落ち着いている」

「そうですか?」

王子と知って確かに最初は驚いたがそれだけだ。


だってこの先、私が関わることは無いだろうし。


王妃になろうなんて思ってもいないので、令嬢たちの争いに首を突っ込む気もない。

もしかしたら兄様経由で何かしら話すことはあるかもしれないけど、それくらいだろう。

「・・・・・・ふふふっ」

「リヒト王子?」

笑い声が聞こえたので音が聞こえる方に顔を向ければ、その発生源の王子様はくすくすと楽しげに笑っていた。ただその顔が、ここに来ていた時から見せていた余裕のある王子らしい穏やかな微笑みとは違い、子供らしい年相応の笑顔だった。

そんなふうに王子様も笑うのね。

でもそっちの方が好きだな、と思いながら彼の笑顔を眺めた。

「ふふっ・・・・・・すまない、笑ってしまって」

「いえ、大丈夫です」

「君たち兄妹は、本当によく似ている」

「・・・・・・そんなこと、初めて言われました」

誰も私と兄様が似ているなんて言わないし、むしろ似ていないと言われるのが常だった。

だから驚いたのだけど、柔らかな表情で似ているよ、と繰り返されると本当にそうなのかもしれないと少しだけ思えた。


「私も、この瞳が綺麗だと初めて言われたよ」

だからお互い初めて同士だね。


なんて言って笑いかけてくる王子の破壊力にドキッとしながらも、彼の瞳を綺麗だと思わない人がいるのだろうかと、内心首を傾げた。

「これからも、仲良くしてくれると嬉しいなアイリーン」

「は、はい!こちらこそ兄様共々宜しくお願いいたします」

その時は社交辞令だと思って頷いたのだけど、まさかこの後もこの時ばかりと思っていた王子様との交流が続くとは思っていなかった。

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