満月のお茶会

「こんばんは、アイリーン」

「いらっしゃい、リヒト」

夜になり、お茶会の始まる時間が近付くとリヒトが一番に温室に訪れてくれた。

そして彼の首元を飾るリボンタイに金の刺繍を見つけ、私は満足げに頷いた。

「何か手伝いましょうか?」

「大丈夫よ、それにリヒトはお客様なんだから座っていて」

何度もお茶会に参加している常連でもあるリヒトは慣れた様子でポットを手に取ろうとするから、それを押し止めて近くの席に強制的に座らせた。

「アイリーン?」

「ダメよ、今日のリヒトはお客様なんだから」

「いや、でも俺は…」

「だーめ」

今日は他のお客様も来るし、何よりリヒトもお客様の一人だ。だから手伝ってもらうわけにはいかないと断れば、そんなの気にしなくていいと苦笑されたがそういう訳にもいないのだ。

「俺はアイリーンの騎士だよ?アイリーンの役に立つのが仕事なのに」

「あら、それを言うなら今日は私がリヒトたちをおもてなしする日なのだから、リヒトはおもてなしされてもらわなくちゃ」

「・・・・・・わかりましたよ」

「敬語」

「わかったよ、アイリーン」

「よろしい」

一先ず納得してくれたリヒトに、用意していたカップにお茶を注いで今日の為に用意したスコーンやガトーバスクを彼の前に並べていれば、本日の招待客であるリリアやクロイツ達もやってきた。みんなそれぞれ服の一部に月や空を思わせる色や物を纏っている。

「遅くなってすみません」

「まだ始めたばかりだから大丈夫よ」

「お嬢様、ここからは私が・・・」

「あらダメよ。ジャンヌも今日はお客様なのだから」

ほら座って、とそれぞれの席に促せばお嬢様!と慌てた声が聞こえるが、私は笑って流した。


だって今日はお疲れ様会でもあるのだから。


いつも私のお世話や、家族の為に屋敷の仕事を頑張ってくれているみんなの慰労会も含めているのだから、ゆっくりリラックスしてくれなくては意味が無い。

「ほら、座って」

「お嬢様・・・」

「今日くらいはゆっくり休んで寛いで、ね?」

まだ申し訳なさそうにしているジャンヌや、恐縮した様子の使用人たちに少し強引にお茶のカップをそれぞれに渡した。

そうすれば最初はまだぎこちなさのあったお茶会だったが、私の意図を理解してくれているリリアが率先して他の使用人に声をかけてくれたおかげで、今は和やかな雰囲気が流れている。

「楽しそうだね」

「えぇ、とっても!」

だってみんな笑顔で、普段あまり話すことの出来ない人の話を聞くことも出来るし、なおかつ美味しいお菓子とお茶があって好きな人がいっぱいいる空間だもの、楽しいに決まっている!

使用人や職人の話は、私が思いもつかなかった観点を教えてくれるし、それを聞いて新しくこんなものがあればいいのではないかと、考えさせてくれる。

気付けば目の前に置いていた皿からは焼き菓子が消えており、新しくマカロンなどを追加すればすぐにリヒトの手が伸びる様に、私は小さく笑った。




他の皿も同じように補充しながら、最初の頃よりも減ってきた軽食や焼き菓子の数を確認していれば、再び誰かが温室に来た気配がして振り返る。

「遅かったか?」

「大丈夫ですよ、まだお菓子も沢山ありますから」

そもそもこのお茶会に明確な時間はない。

日が落ち、月が出ると始まり夜明け前に終わるのだから、あとはその場の雰囲気だ。


「さぁ、こちらへどうぞ」


私がお願いした通り、お茶会に合わせた衣装にわざわざ着替えてくれたのだろう兄様に感謝しながら、満月とお揃いの金のリボンを揺らして私は席へと案内した。

その時に兄様の後ろに先程会ったアルベール様と、オッドアイの少年が私に向かって笑いかけてくれたので、その笑顔の眩しさに美形の破壊力・・・!!と内心悶えながらお嬢様としての仮面を何とか保った。


はぁ〜〜。やっぱり美形の威力は凄いな・・・。


そう思いながら彼らのカップを用意しようと手を伸ばすと、カップに手が触れる前に後ろから私より一回り大きな手がカップを奪い取った。

「アイリーン。やっぱり手伝うよ」

「もう、大丈夫なのに」

振り返ればリヒトがすぐ側に来ていて、大丈夫だと言ったのに心配性だなぁ、と思う。

それでもリヒトがそばに居てくれるのは安心するから、嬉しい。


特に今日は初対面の人もいるしね。


内心緊張しているのを悟られないように、出来る限りいつものようにお茶の葉を手に取りながら、アルベール様に問いかける。

ゲストにお茶の好みを聞くのもホストとしての役目だろう。


「苦手なものありますか?」


もしくは食べられないものとか、と聞けば彼は首を横に振る。

「いや、特にはないが」

「アイリーン、そんなのに気にする必要ないから」

「そういう訳には・・・」

「ははっ、姫さんは優しいなぁ」

「当たり前だろ、俺のアイリーンだぞ」

「あの、兄様少し黙ってください」

シスコンが爆発している兄様に、これ以上恥ずかしい事を言われる前に兄様の口になにか押し込んだ方がいいと思って、傍にあったカツサンドとガレットを目の前に置いておいた。

そうすればすぐに瞳の奥をキラキラと輝かせ手を伸ばすので、これで少しは静かになるだろ。

そんな兄様の様子にアルベール様は可笑しそうにクツクツと笑っている。

「本当に妹の前だと氷の騎士の姿形もないな」

「そうなんですか?」

「あぁ、城にいる時とは大違いだ」

そう言われても私の前にいる兄様しか知らないからなんとも言えないでいると、アルベール様はそれにしても、と続ける。

「俺の魔法が効かないなんてなぁ・・・」

「まほう」

「あぁ、今だって見えているんだろう?」

アルベール様の隣に座る彼を指さすので肯けば、すぐさま兄様に指をさすなと叩き落とされていた。その間も少年はニコニコと穏やかに微笑んでいるが、そろそろ誰か彼について教えて欲しい。

「あの、この方は・・・・・・」

まだ名前すら教えて貰ってない彼のことを見つめていれば、ガレットを堪能していた兄様は表情を変えることなく「カノン王子」だと告げた。


・・・・・・・・・・・・ん?カノン王子??・・・・・・・・・王子?!


「え?」

いやいやこんな所に王子が来るわけはないし、私の聞き間違いだろうと思いもう一度聞き直そうとしたが、リヒトに現実を見ようと言われてしまった。

「・・・・・・・・・・・・」

「アイリーン、気持ちは分かるけど事実だよ」

「そうだぞ。エドやソイツが言う通り、正真正銘のカノン王子だぞ〜」

「会うのは初めましてだね、アイリーン」

会えて嬉しいよ、と微笑む姿はまさに王子の姿に相応しい優雅さと高貴さを携えているが、いやいや少し待って欲しい。


王子って、あの王子だよね?

この国の王位第一継承者で、時期国王様だよね?


「・・・・・・・・・兄様」

「問題ない」

そういうことでは無い!!

王子を連れてくるのなら、連れてくるでもっと早く教えて欲しいし、事前に色々と準備させて欲しい!!というか来た時に言ってよ!教えてよ!!

そう思うのだが、兄様もアルベール様も、そして何より王子からも気遣いは不要と言われてしまった。

「アイリーン、本当に全然気付いてなかったの?」

「だって、聞かされてなかったから・・・」

おまけに追い討ちのようにリヒトにそう言われてしまうが、リヒトも気付いていたならもっと早くに教えて欲しかった。


「リヒトとも久しぶりだね」

「はい、ご無沙汰しております」


え、なにリヒトも会ったことあるの?!王子様に!


思わずポカーンとそのやり取りを見つめていれば、リヒトにぽんぽんと頬をつつかれ慌てて口を閉じた。


ヤバいヤバい、お嬢様の仮面が完全に外れているわ。

「あの、知らずとはいえ大変御無礼を・・・」

「本当に気にしないで、私のわがままで今日は連れてきてもらったんだから」

「そう、ですか」

「うん。だからアイリーンも友人相手に接するように話してくれると有難いなぁ」

「わかり、ました・・・」

なかなか難しい注文だな、と思いながら王子からのお願いなので一先ず頷いておいた。

それに他にも気になることがあったしね。

「あの、アルベール様」

「なんだ?」

「その、先程魔法って・・・」

「あぁ」

さっきからそれが気になっていたのだ。

だって私には魔力はないので、魔法とは無縁のはずだから。


そもそも見えているとはどういう意味なのか。


そう思い尋ねれば、アルベール様はカノン王子がどう見えるかと聞いてきた。

「どう、とは・・・」

「王子の容姿は姫さんにはどう見えている?」

「・・・・・・黒い髪に、赤と青のオッドアイに見えますが」

逆にそれ以外どう見えるのだろうか。

それが普通だと思い答えたのだが、それに対してアルベール様は違うと言う。


違う?って何が。


「今カノン王子には俺が幻影魔法をかけて、本来の王子の姿とは違う姿に変えている。だから普通の人間には王子の姿が茶色の髪に茶色の目の姿が映っているはずなんだ」

「私のこの容姿は目立つからね」

「え・・・・・・?」

「だから驚いたんだよなぁ」

まさか俺の魔法が見破られるなんて、と言われるがそんな魔法が使われていたなんて知らないので私の方が驚いた。これまで魔法の基礎は学んだが、私自身に魔力がないので使う事も出来ず、必要ないだろうと実践的なことはほとんど見ることもなかったから今の今まで私に魔法が効かないなんて知らなかった。

そういう幻影とか視覚に対するものだけなのだろうか、攻撃魔法とかはどうなのか。もしかしたら兄様の氷魔法も、側にても他の人のように冷凍されずに済むのかしら?

……今度クラウス先生に聞いてみよう。

「まぁ、それも星の守り人としての力の一つかね」

「別にそんなのは関係ない。アイリーンはアイリーンだ」

「ハイハイ、わかったよ。それにしても流石、瑚珀姫。こんなにも美味しい料理が出てくる茶会を自分で開いているとはな」

だから城のお茶会にも参加しないわけだと言われるが、その発言にまたしても首を傾げる羽目になった。

そんな私にロベルト様は、普通貴族の令嬢子息は王家主催のお茶会に顔を出すものだと言われ戸惑う。


え、でも誰もそんなこと言わなかったのだけど・・・。


「王子主催の茶会の招待があっただろう?」


……なんですか、それ。初耳なんですけど。

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