女の子、拾いました



路地裏で見つけたのは私と同じ年頃の女の子だった。

地面にうつ伏せで倒れている姿に、体調が悪いのか怪我をしているのかと思い声をかけてみたが反応はなく、近づけばその子が薄汚れ体中に傷があることに気が付いた。

「大丈夫?聞こえる?どこか痛いの?」

意識がない状態の子を動かすのは何かあったら大変だと思い、耳元で何度も呼び掛けてみたが変わらない反応にどうすればと焦りが浮かぶ。

本当は、こうやって声をかけること自体良くないのかもしれない。

表面上は穏やかで争いも飢えもない国であっても、見えない場所はあるし、こういう格差はどこにでもあるから。だからこの子だけを助けても何も変わらないし、私に出来ることなんて少ししかないから手を出す事がいいことなのかはわからない。

それでもこの子は今助けを求めてきた。

助けてほしい、と縋るように届いた声を私は無視したくない。

だから間違っていると言われるかもしれないけど、私は彼女に手を伸ばした。

「リリア、お願い。この子を助けて!!」






あの後私を追いかけてきてくれたリリアに頼んで屋敷の人を呼んでもらい、倒れていた女の子を一緒に連れて帰った。

当然ながらリリアは反対したし、屋敷に連れて帰ると言った時も良い顔はしなかった。

「お嬢様、お気持ちはわかりますけど…」

「わかってる。わかってるわ。でも、この子を助けたいのっ」

リリアの言いたいことは分かる。彼女は私の従者だから、身元の分からない相手を屋敷に入れることを渋るのも無理はない。近くの診療所に預ければ良いという意味も理解出来る。

それでも私は彼女の近くにいたかった。そばで目が覚めるまでいてあげたかったのだ。

あの時聞こえた声は、彼女の心の叫びだと思ったから。誰かに助けて欲しいと、必死に訴える声は悲痛で寂しい苦しいと泣いているようだった。だから彼女の目が覚めた時、1人ではないと安心させたくて近くで待ちたかった。

幸い屋敷の主治医に診てもらったところ大した怪我はなく軽い擦り傷と打撲、それと栄養失調だと言われた。

今は客間のベッドで眠っているが、起きたら色々と話しをしないといけないだろう。これからの事についても。

私の中で彼女を見つけた時からもう答えは出ていたけど、それを決めるのは彼女なのでどうなるかはまだわからない。

その前に私も家族と話をしないといけないから。

「・・・・・・お嬢様、旦那様と奥様がお呼びです」

「わかったわ」

控えめなノックの後に顔を出したリリアの言葉は予想していたものなので、私は素直にそれに従った。

一応彼女を連れ帰った時に、両親に簡単に状況は話しているがそれだけで終わるわけはない。

私は子供で私が出来ることも使えるものもほとんどないし、全ての決定権は父様にある。

勝手なことをして、と怒られるかもしれないがそれでもきちんと伝えよう。私の想いを。

そう思いリリアが案内してくれた両親が待つ部屋の扉をノックした。

「アイリーンです、入ってもいいですか?」

そういうと同時に招かれるように開く扉に、私は小さく息を吐き出して背筋を伸ばした。

「失礼します」

「おかえり、アーシャ」

「おかえりなさい、街は楽しかった?」

「はい、とても楽しかったです。後で母様たちにもお土産を渡しますね」

「まぁ!なにかしら?楽しみにしてるわ」

ふわふわと微笑む母様はいつもと変わらない。だからこそ、この後何を言われるのだろうかと身構えてしまう。

「アーシャ」

「はい」

「私たちが言いたいことは、わかるね」

「・・・はい」

じっと真面目な顔をして告げる父様に頷いた。

「誰かを助けたいと思うことは悪いことではない。だが、それには限りがある。あの子以外に、他にも同じような子に出会った時、アーシャは毎回こんな事をするのかい?」

「そ、れは・・・・・・」

それは出来ない事だとわかっている。今回のような事を何度も繰り返せば、その噂を聞いた者が大勢屋敷に押し掛けてくるかもしれないし、その人達全てに手を差し伸べることなんて出来ない事だと頭では分かっている。それこそ、その中によからぬ事を考えている者だっているかもしれない。だからこそリリアが言うことも、父様が言うことも正しい。

それでも私は、あの子を助けたいと思うしそばにいたいと思った。

「私がやったことは、正しくはないのでしょう。それでもあの子は私を呼んでいました、助けてほしいって」

きっとあの時に聞こえた声は、私にだけ届いたものだ。リリアも他の誰かも反応してはいなかったから。つまりあの時、彼女の声が私に聞こえたことも、彼女を包む金色の光も全てそういう運命だったのだと思っている。

それが私が星の守り人なのだからかどうかはわからないが、それでも確かに私に向かって助けてほしいと伸ばされた手が見えていた。


あの子は、誰でもない私に助けを求めていた。


だからこそ、と思うのだ。

「……全ての人を助けることなんてできない。それはわかっています。それでも私は、届いた声を無視したくないんです」

今の私に差し出せるものなんて何も無い。だけど、いつか、いつかきちんと返すから、父様の望む形かどうかは分からないけど、いずれきちんとした形で返すと誓うから、どうかあの子を助けてください。

屋敷に、おいてあげてください。

お願いします、とそれ以外うまく説得できる言葉も出てこない私はただ必死で頭を下げ続けた。そうすることしか今の私にはできないから。

「………アーシャ、あの子のすべてに責任が持てるかい」

「はい」

「誰かに対して責任を持つということは、そんなに簡単なものではないんだよ」

「………はい」

簡単に頷くものではないと分かってはいるが、それでもお願いしますと言えば深いため息が聞こえた。


……やはり、だめよね…。


身元の分からないような人間をこの屋敷に置いておくことなんて……と半ば諦めかけ他の方法を考えなければと思いかけた時、それを聞こえた。

「あの子の身元がはっきりとするまで、そしてこの屋敷で役に立つと証明されるまでは給金も出せないし、正式に雇うことはできないがそれでもいいかい?」

「え……」

「アーシャが連れてきたのだから、アーシャの従者になるのは自然の流れだろう?」

それともどこかの施設の預けた方がいいかい?と普段と変わらぬ声色で尋ねられて私は思わず父様を見上げて固まってしまった。

多分今の私は、相当間抜けな顔になっていると思う。

そんな私に父様は仕方ないと言いたげな表情で苦笑していた。

「アーシャはこうと決めたら昔から頑固だからね。私が何を言ってもどうにかあの子を屋敷に留めようとするだろう?それなら最初から侍女見習いとして雇う方が早いだろう」

「ふふふ、あなたは気づいていないみたいだったけど最初に報告を受けた時からわかっていたのよ」


アーシャなら絶対あの子を助けてほしい、ってお願いしてくるってことが。


そう母様に言われて体から力が抜けるのが分かった。


つまり、最初から私が何を言うか分かったうえで覚悟を試されていたってこと……?


「もちろん、あの子がどこの子なのか身辺調査はきちんとするつもりだよ。そのうえでアーシャの側にいても相応しいかを見極めさせてもらう」

「私たちの大事なお姫様の側にいるんですからね」

それくらいは当たり前だろうと平然と告げる両親に、今度こそ深く息を吐き出した。

よかった……これであの子が屋敷から追い出される心配はひとまずなくなった。ただ本人にはまだ何の確認もしていないので、これから先あの子がどうしたいかを聞いてからにはなるだろうが、それでも一つ問題が片付けられたことにホッとする。

「父様、母様」

「なんだい」

「なぁに?」

「………ありがとうございます」

わがままを聞いてくれて、本当にありがとう。

そう言った私の頭を両親は優しく撫でてくれた。


……あぁ、やっぱり親ばかだなぁ。


どこまでも甘く、私のわがままを許してくれる両親の為にも私は立派な家族が誇れる人になりたいなぁと改めて思った。

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