夜の王様


星一つない夜空のようなさらりとした黒髪に、真珠のように白い肌。まるでアイドルのように華やかで整った顔立ちをした長身の男性は、全身を髪色と同じく黒い服を身に纏っていた。更に彼が動く度にふわりと裾が揺れる長いマントには、銀の刺繍が施されている。

そして不思議なことに、温室には電灯などなく月明かりが入り込むだけの空間なのに、何故か彼の周りだけキラキラと輝いているように見えた。


誰だろう、この人は・・・・・・。


こんな綺麗な人、見たことがない。


何より私を覗き込む月のような金色の瞳が綺麗で、思わず知らない相手だというのに魅入られてしまい、まじまじと相手の顔を眺めてしまった。


瞳の中で星が点滅しているみたい……。


角度が変わるたびにキラキラと光っているように見える瞳の美しさに、私は声も出ずただ魅了されていた。

「ん?なんだ。私の顔に何かついているか」

「キラキラしてるな、って・・・・・・」


まるで星の海のようで、とても綺麗。


相手からの問いかけに、ついポロッと頭に浮かんだ言葉を零してしまえば、目の前の相手はぱちりと瞬いたかと思うとその金の目を可笑しそうに細めた。

「あの……?」

「お前は変わっているな」

「え?」

「私のことを見て怖がりも、驚きもしない。それに透明で真っ直ぐだ」


いや、怖がりはしないと思うんですけど……。それとそのあとのセリフはなんだろうか。


後半の意味はよくわからなかったが、彼は何故か楽しそうにくつくつと笑っている。

その姿を眺めながら、ふと疑問に思う。


この人は、どこから来たんだろうか?


この温室に扉は1つしかないが、開いた音はしなかったし、そもそも部外者が勝手に入ることは出来ないはずだ。


「あの、どうして貴方はここに……?」

「呼ばれたからな」

「よばれた……?」

「あぁ……無自覚のようだがな。そのおかげでお主や懐かしいモノに逢えた」


何かを懐かしむように細められた眼差しはラナの気を見上げている。それに応えるように揺れる木々に、私は首を傾げた。


それはどういう意味なのか。


ただ彼の言葉を聞いても何故か怪しいとか、怖いという感情は全くなかった。

家族が聞けば、もっと人を疑えとか知らない人と話してはいけない、などと言うのかもしれないが、そんな感情は自分でも不思議なくらい一切浮かばなかった。

むしろこの人に逢えて、胸の辺りがぽわっと温かくなった気がした。

それが何故かは分からないが、先程まで感じていた悲しみが減っている気がして不思議な人だなと思いながら見つめていれば、彼は私の顔を覗こんでくる。

そのあまりの距離の近さに驚いて少し後ずさってしまったが、後ろにはラナの木があるのであまり意味はなかったが。

「それで?」

「え?」

「こんな所でなにをしている」

1人でいると心配されるぞ。

ぽんぽん、と私の頭を撫でてくるその人の言葉に、今更ながらに部屋を勝手に抜け出したことに対しての罪悪感が湧く。

だけど私だって1人になりたい時があるのだ。特に今日のような混乱する出来事があった日には。

そう自分に言い訳をしてみたが、ズキリと痛む胸に顔を伏せた。

「どうした」

「……すこし、1人で考えたかったから」

「なんだそれは」

どういう事だと問う声に促されるように、私は気づいたらぽつぽつと思っていた事を話していた。

多分、彼の雰囲気や声にはそういう力があるのだと思う。

それにきっと彼は、私の味方になってくれると、まだ何も知らないのにそう感じたから。

実際私の話を聞いた彼は、慰めるでもなく同情するでもなく、ただそこにいて私の話を聞いてくれた。

「……魔法が使えない事が、悲しいか?」

「かなしい。でもそれ以上に家族を悲しませることの方が悲しいし、これから先迷惑をかけるかもしれないって思ったら苦しい」

言葉にしてみて分かったのだけど、私は自分の好きな事が出来なくなると恐れている以上に、家族に迷惑をかけることが嫌なのだ。

「私の大切な人が私のせいで傷つくのがいやだ」

これから先、どうなるのかまだ分からない。

家族、それに先生はきっと私の味方でいてくれるから、私が本気で嫌がれば国に星の守り人である事を告げる時に、色々便宜をはかってくれるだろう。

私の願いを叶えようとしてくれるだろう。だけどそれで父に不利益な事が起こるのは嫌だし、揉め事などに母や兄を巻き込んでしまうと考えると怖くなる。

それならば夢を諦め、大人しく領地にでも引き込めればいいのかもしれないが、私は自分の夢を完全に捨てることはきっと出来ないだろうから。

今の私は、きっと昔よりも欲張りになっている。前叶えられなかったことを叶えたい、と思っているからきっと大人しくしようとしていても、どこかで欲が出てしまい我慢できない。

そうなった時に誰かを巻き込むのは嫌だ。でもすべてを諦めるのはもっと嫌だ。

そんな想いが頭の中をずっと回っている。

「そんなこと、お前が心配する必要は無い」

だけど、私の心を読んだように彼は告げる。

どういう意味?と視線で問えば再び何も気にしなくていいと言われた。


「お主は我が守ってやる」

「え?」

「だからお主は、お主の好きなようにすれば良い」


あまりにも堂々と、平然というものだから私はすぐに声が出なかった。

ただその瞳を見れば、それが冗談などではなく当然だと思い言っているのがわかるから、私は小さく笑った。

「あなたが?」

「あぁ、我は夜の王だからな」


夜の王。


それを聞いて、私は彼がどういった存在なのかを察した。

夜の王、それは精霊たちを統べる存在であり精霊王の呼称のひとつだ。

薄々感じてはいたけど、やはり彼は人ではなかった。そうでないとこの温室に屋敷の誰にも気付かれず入る事なんて出来ないだろうから。

それに不法侵入者なんて、父様が許すはずもないだろう。

「それは、私が星の守り人だからですか?」

「いや?ただ単に我がお主を気に入ったからだ」

元々ここに来たのは声が聞こえたからだと言う。

「こえ……」

そんなに大きな声で私は喚いていたのかと思うと羞恥で顔が熱くなるが、彼はそうではないと言う。

「我らは人の言葉ではなく、心を聞く。だからお主の心が我を呼ぶ声が聞こえて、興味を持ったのだ」

どんな人間なのかと、久しぶりに自分と話す事のできる相手に興味を持ったのだと。


そして彼は、私の前に現れた。


「普通であれば、人の子は見たことも無いものを怖がり嫌悪する。なのにお前は我を怖がるどころか綺麗だと言う」


金の瞳は、精霊の証。

それなのに畏怖するどころか、綺麗だと言い自分から近寄ろうとする子供に興味が湧いた。偽りが増えていく世界で、この子供の心の音は心地好くもっと聞きたいと願った。だから、守ってやろうと思ったのだと王は言う。

「わたし、だから…?」

「あぁ、そうだ」


お主は、我が守ろう。


自信満々に言う姿は、まさに王の姿に相応しく、それに同調するかのように彼の周りに光の粒が集まる。そしてそれは次第に広がり私の体も包み込む。

「これ……」

「精霊が祝福している証だ」


何かあれば我を呼べ、そうすればすぐに駆けつけよう。我はそなたを守りしモノ。幸福を願うモノ。愛しき子に、誓を立てよう。


「我が守りし者に祝福を」


そう唱えると同時にパァァァァッと光の輝きが強くなる。その光の強さに目を瞑れば、ふわりと額に何かが触れた感覚がした。

しかしすぐにそれは離れ、ぱちぱちと弾けるように光も消えてすぐに治まった。

目の前には変わらず夜の王が佇み、月光を宿した瞳が私を見つめている。

「何かあれば我を呼べば良い、お主が呼ぶならすぐに駆けつけよう」

「……ほんとうですか?」

「我は嘘をつかん」

彼の言葉に最初から嘘がないことはわかっていた。だから私はそれに応えるように、頷いた。


王が守ってくれると言うのなら、きっと大丈夫だ。嫌な方向に考えるのは一先ず止めよう。考えたって、成すようにしかならないのだから。


ここから出たら、心配をかけた両親には大丈夫だからときちんと話して、兄には心配をしてくれてありがとうと告げよう。

知っているから、父様も母様も、それにエド兄様が私のことを愛していることを、いつも守ってくれていることを。だからありがとうときちんと伝えよう、と。

それと同時に彼にもお礼を言わなければと思い口を開こうとして、私は固まった。

……あれ、そういえば私まだ知らないままだわ。


「あ、あの、貴方のことはなんて呼べばいいんですか?」


何時でも呼べば良いと言われたが、肝心の名前をまだ聞いていないことに気づき慌てて問いかけた。

「ん?我は夜の王と」

「それではなくて、貴方の本当の名前を教えてください」

「本当の、名前……?」

「だって、それは貴方の名前ではないでしょう?」

夜の王というのは通り名のようなものだ。

だからきちんと名前を教えて欲しい。そうでなければ会いたい時に呼ぶことも出来ないと言えば、とても驚いた顔をされた。

「あの……?」

「……好きに呼べば良い。それと敬語も要らぬ」

返ってきたのはそんな少々ぶっきらぼうとも取れる言葉で、正直困った。

本当の名前は教えたくないのだろうか?それとも好きではないのかな?

しかし、じっと私を見下ろす眼差しはそのどちらでもないような気がする。

「決まったか」

いや、そんな簡単にすぐには決まらないですけど。それに好きに呼べと言われても、困るのだけど……名前……名前……。

どんな名前が似合うのだろうかと、彼を見つめ考える。

だって名前は特別なもので、世界に一つしかない自分の大切なものだ。だからこそ、彼に相応しい名を呼びたいと思うから私は必死で頭の中にある単語を呼び出す。

そして頭に浮かんだのは、彼の背後に浮かぶ大きな月。


「…………サクヤ」


「ん?」

「サクヤ、って呼んでもいいですか?」


サクヤ、私の記憶にあった始まりと月の意味を持つ言葉。

全身黒を纏い月の瞳をもつ彼には相応しいと思い告げれば、彼は了承するように柔らかく微笑んだ。

「……良い名だ」

それに安堵しながら私も笑い返した


「私はアイリーン。これからよろしくお願いしますね、サクヤ」


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