星の守り人


「ほしの、まもりびと……?」


初めて聞く単語になんだそれは、と思っているのが顔に出ていたのか先生が順番に説明するよ、と口を開く。

「まずはアイリーン、君に魔力はない」

「え?!」


なんですと?!魔力がない?!


「光っていたのに、ですか?」

てっきり月光花の輝きが大きいほど魔力量が多いのだと勝手に解釈していたので、普通がどれくらいなのかは知らないが、才能がなくとも魔力はあるものだと思っていた。簡単なものなら誰でも魔法は使えるものだと聞いていたから余計に。

だから先生から魔力そのものがないと言われて、戸惑いのほうが大きくどんな顔をしていいのかわからない。

いや、魔力がないということはそもそも才能とかの前に論外なのだろうが。

「普通はね、魔力のあるものが触れるとこうなるんだ」

そう言って先生が月光花に触れると、ジワリと絵の具を垂らしたように触れた部分から深紅に花が染まる。

「色が……」

「そう、魔力に反応して色が変わるんだ。色が濃ければ濃いほど、その人が持つ魔力は大きいという証で、その色によって属性は判断される」

「クラウスは火属性の魔法が得意で、こう見えても王国屈指の魔術師なんだよアーシャ」

「こう見えてはひどくないか、ウィル」

父と先生のやり取りを聞きながら、そういうことなのかと納得する。

火なら赤、水なら青、風なら緑、というように変わるそうだ。

それでは先ほどキラキラと輝いていたのは何なのだと思う。

魔力に反応してではないのなら、あれは何?と。

「あれは精霊からの祝福なんだ」

「精霊からの、祝福……?」

「その証拠に月光花が光ったわけではない。アイリーン、君という存在に精霊が惹かれ、精霊が祝福を与えたのがさっきの光景なんだ」

魔力に反応する月光花は、魔力のない人間が触れても反応しない。

あの光の粒は月光花の周囲に集まったものであり、更に言うと私という存在を月光花をとおして精霊が認識し惹かれ集まったのがさっきの現象なのだと。

……えぇと、つまり?

「精霊に祝福された存在、それを星の守り人と呼ぶんだよ」

それがアイリーン、君だと言われ、なんとなくだが星の守り人がどんな存在かは分かったような気がする。ただいろいろと疑問は出てくるのだけど。

「精霊に祝福されているのに、魔力がないんですか?」

普通逆ではないか?と思うのだが、先生は諸説あるが詳しいことはまだ分からないことが多いと言う。

「精霊に祝福されているからこそ、魔力がないとこれまでは言われているんだ。精霊の加護がある君には、魔法の必要性がないと言われているからね」

元々この国の民が魔法を使えるようになったのは、国同士の争いに巻き込まれた際に、自分の身や国を守るためであり、その為に王族が精霊と婚姻を結び、互いを守るための契約を交わしたからだ。

だから王族には精霊の血が流れ、民にも精霊の恩恵を受けた名残で今も魔法が使えるのだと。

ただ今は、戦争などもなく平和な世になっているから次第に強い魔力を持ち産まれてくる者も減っているそうだ。

そして私の場合、精霊に直接祝福される、つまり愛されているということは、私の周りにはたくさんの精霊が存在し守っている状態なのだという。


「精霊、見えたことないですよ?私」


そんな特殊スキルみたいなものを感じたことなど、一度もないのだけど。

むしろ見えるのものなら見てみたいです精霊。


そう思っていれば先生はどこか残念そうに、私も見た事ないなぁ、と言う。


「もし精霊が見えたなら、是非その時は私にも教えてほしいものだよ」


精霊というものは、よほどの高位精霊ではないと姿を見ることはできないので存在を感知することは難しいらしい。ただ側にいるからこそ魔法が使えるのであり、空気のように常に側にあるものだと思えばいいと言われた。

ただどういった人間が星の守り人となるのかは知られておらず、王族に現れたこともあれば、何十年も現れないこともあるらしい。むしろ現れるのも稀である為、残されている資料も少ないのだそうだ。

「だからこそ星の守り人の存在は貴重で、国から保護を受ける対象になっているんだ」

「え、ほご?!」


なんでそんなに大掛かりなんですか?!


ただ魔法が使えないだけなのだと思っていれば、絶滅危惧種のような扱いにどうしてそこまで?!と驚いていれば、先生は平然と言葉を紡ぐ。

「他国に渡ると、星の守り人とともに精霊がついて行ってしまうからね」

「ついていく……」

「精霊は国に、ではなく人につくと言われるから」

そもそも精霊は国に多大な恩恵を与えており、この国が穏やかで豊かなのも精霊のおかげだとされている。

星の守り人がいる土地は荒れず豊になると言われており、そのため昔は星の守り人の存在を巡って争いが起きた事もあったそうだ。

だからこそ、他所に精霊が流れ出るなんて事態は絶対に避けなければならないことであり、また星の守り人を守る為にも、その存在が判明すれば国に申し出なければならないのだと、当たり前のように先生に告げられて私は二の句が継げなかった。


だって、それは私の夢を諦めろと言われているようなものだったから。


国から出られないということは、他国にあるかもしれない食材を探しに行くことも、楽しみにしていた新しいレシピなどを自分の目で見ることができないということだ。


だってつまりは国外旅行なんて出来ないということでしょう?


ラナの木のように、自分の知っているものを探しに、いつかは外交官の父について隣国を回ってみたいという夢がガラガラと音を立てて崩れていく。


「星の守り人というのは確かに制限の多いものだけど、それ以上に素晴らしい存在なんだよ!!精霊から直接加護を受けることのできる人間なんて普通はいないのだから。だからこそ魔法が使えないなんてことはとても些細なことで、むしろ星の守り人として胸を張って……アイリーン?」

先生の言葉もろくに耳に入らず、ぼ――っとしていたせいで大丈夫?という眼差しにもすぐに気づけなかった。

「アーシャ、落ち着いてゆっくりと息をして」

大丈夫、大丈夫よ、といつの間に目の前に来ていたのか、私を落ち着かせるように背を撫でる母の手にゆっくりと息を吸い込んで吐き出す。そうすればようやく息が吸えた気がした。

「クラウス、お前はもっと周りをよく見ろっ!アーシャが混乱しているじゃないか!!」

「ごめん、ごめんっ、つい星の守り人に会えたのが嬉しくて……」

「アーシャ、こいつの言うことは気にしなくていい。アーシャが嫌だというならもう二度と会わせないようにするからな」

「ウィルは過保護だなぁ」

苦笑した先生は、再び私と視線を合わせてくる。その瞳は先程と違い、落ち着いた色をしていて私(アイリーン)を見ているのだと分かりホッとする。

さっきの先生は、私のことを研究対象としか見ていないように思ってしまったから。

「アイリーン、さっきは君の気持ちを考えずに勝手なことを言って済まない。ただ私は君を害する気持ちはないよ。でもね、君はとても特別な存在だという事を知ってほしかっただけなんだ」

正しい知識を得て、自分が何であるかをきちんと認識してほしかっただけなのだと。

それが嘘ではないくらい、私にもわかっている。先生が本当に私のことを研究対象としか見ていないのなら、父と友人として付き合っていないだろうから。

たださっきは混乱していて、うまく呑み込めなかっただけだ。

「大丈夫です」

「アーシャ……」

無理をしなくてもいいのよ、というように母が私の顔を覗き込んでくる。

両親の悲しい顔は見たくない。母の心配げな声に、私は大丈夫だと笑ってみせる。

確かに魔法が使えないことも、国外へと出られないこともショックだった。だけどそれ以上に、両親が苦しむ姿も、悲しい顔も見たくはないから。


「だって、精霊がまもってくれるのでしょう?」


だから大丈夫。


姿は見えなくとも、温かな存在は、この部屋に入る前からずっと感じていたから。

だから大丈夫なのだと、私は胸の中で繰り返した。

まるで自分に言い聞かせるように。

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