初めての魔法


魔法、と聞いて何を思い浮かべるだろうか。

杖や呪文をつかい箒で空を飛んだり、姿を変えたり、そんな空想の世界にしかないと思っていたものだったけれど、この世界では魔法というものはもっと身近で当たり前のものだった。

この世界では、生まれた時から魔力があることが通常で、その魔力の多さは様々だが基本的に誰でも魔法は使えるらしい。もちろん高度なものになれば、きちんとした修行や鍛錬が必要なのだが、生活において使うレベルのものは得手不得手はあれど、使えて当たり前なのだと。

料理長が厨房で竈に火をつけるのも、庭師が花に水をやるのも、生活魔法の1つなのだと。

そう7歳になると同時に始められた魔法の講義でクラウス・ベルマン先生から教えてもらった。

ちなみに先生は父の古くからの友人でもあるらしい。

「はい、先生」

生徒らしく手を挙げれば、不思議な虹彩をした紫の瞳が私を捉える。

「どうしました、アイリーン」

「でも私、他の料理人やメイド達が魔法を使うのを見たことありません」

そんなに魔法が浸透しているのなら、もっと頻繁に使ってもいいのでは?と思ったが、先生は1つ頷くと人により魔力の量は差があるからだと言った。

「使えて当たり前、と言いましたが使えることや出来ることは人それぞれなのですよ」

火をつける事は出来ても、燃やすものを選んだり、火の強さを調節したり出来るかはまた別問題らしい。だからあくまで、生活の補助に使うのがほとんどだと。

なるほど。確かに誰でも簡単に魔法でどんな事でも出来たら、それはそれで問題だものね。

兄様だって魔法は使えるが、それは鍛錬の結果であり、ひけらかすことなんてしたことないものね。


そもそも私が初めて魔法に触れたのは5歳の時だ。

魔法、というものがあることを知っていても、それを目にする機会というのは意外とないもので、私はその時まできちんと魔法を見たことがなかった。

後から知ったのだが、魔力の量や魔法の強さの度合いなどは持って生まれた能力がほとんどらしい。

それに加えて血筋なども関係しているらしく、貴族や王族は基本的に魔力量が多く、我が一族は氷魔法を得意とする家系なのだと。

もちろんそれ以外の能力を持った子供が生まれてくることもあるらしいのだけど、それは極僅かだ。大抵は両親の魔力の特徴を受け継いで生まれる。

その為使った魔法を見るものが見れば誰が使ったのかわかってしまうのだと。だから不用意に他人の前で魔法を使うことはあまりよしとはされていないそうだ。それに使い手が未熟だと、暴発することもあるので自分の思うように操るにはしっかりとした鍛錬が必要なのだと教えられた。

多分そんな理由で、兄は完璧に魔法が発動できるまで私の前で披露することはなかったのだろうと思う。だからこそ、兄が私の為に見せてくれた魔法はとても素晴らしく美しかったのだけど。

「アーシャ、ほら見てごらん」

兄が差し出す手のひらは、何ものっていなかった。しかし見始めて数秒と経たずに、変化が起きているのが私にもわかる。小さな白い雪の玉のようなものが現れたかと思うと、瞬く間にそれは透明で美しい氷の花へと変化を遂げた。

その様を間近で見た私は感動で兄に名前を呼ばれるまで、声が出なかった。

「・・・・・・……っ!兄様すごいです!!」

すごい、すごいと何度も褒めれば兄は照れたように頬を赤く染めて私の手のひらに、先ほど生み出した花をのせてくれた。

「すごいです!とってもきれいです!!」

「アーシャがそんなに喜んでくれるなら、俺も頑張った甲斐があったよ」

いったいどれほど練習したのか私にはわからないが、それでも目の前で披露された魔法はとても美しくて、今も私の脳裏に焼き付いて離れない。

「私も兄様みたいになれますか?」

「大丈夫、アーシャにもきっとできるよ」

「はい!私、頑張ります!!」

私もいつか、兄のように何かを生み出すことのできる魔法を使いたいと、心底憧れたものだ。


だから父がそろそろ魔法を学んでみないか?と言われた時は嬉しかったし、すぐに頷いた。

私も魔法が使えるようになると思うと、とてもワクワクしたし、自分が魔法を使う姿を夢の中で何度も想像したくらいだ。

そうして始まった講義は、私の知らないことが沢山で話を聞くだけでもとても楽しいものだった。

この国の成り立ちに魔法が強く関わっている事も、王族が精霊たちの遠い子孫だなんて話も詳しく聞いたことはなかったので、さすがファンタジーの世界!!と密かに興奮したものだ。

そんな私の様子に先生は穏やかに笑いながら、わかりやすく魔法のことを教えてくれた。

「・・・・・・では、さっそくですがこれに両手で触れてみてください」

「?これに、ですか」

てっきり今日も座学で終わるのだと思っていたのだが、先生は私の前に小さな箱を差し出した。

なんだろう?と見つめていれば先生がその箱を開ける。その中にはガラス?水晶?で出来た花のようなものが鎮座していた。

これはもしや乙女憧れの銀の水晶では?と思ってしまったのは私が中身アラサーオタクだからだろう。

美少女な戦士すごく大好きでした。

そんなことを思いながらそれをまじまじと見つめていれば、先生はさらにそれを近付けてくる。

「これでアイリーンの魔力量や属性を判断します」

「これで?」

「はい、この花は魔力の量や属性によって色や輝きが変わるのです」

おおっ!なんか魔法っぽい!!

つまりどこぞの組を分ける帽子みたいなものね!と思い、私は言われるがままにそれに手を伸ばし両手で触れた。


さぁ、私の属性は!


ワクワクとドキドキと期待と不安のこもった眼差しを花に注いで結果を待つ。

すると先程まで何も反応のなかった花の周囲にふわふわキラキラと、まるでダイヤモンドダストのようなものがあらわれた。

うわぁ、きれい・・・・・・。

きらきらと、音も無く舞うように浮遊するその美しさに惹かれ、その様を見つめていれば、それは次第に量が増え私を包むように降り注ぐ。


きらきら・・・・・・


ひらひら・・・・・・


それはほんの数秒だったのだろう。だけどそんな幻想的な様に私は目を奪われた。なにより触れていないはずなのに、誰かに抱きしめられていたような温かな優しい感覚がして、とても落ち着いたのだ。

しかしそれはすぐにパッと消えてしまい、視線の先には先程と変わらず何も反応のない花があるだけだ。


ん?さっきのは見間違い?


そう思って花を見つめていれば「アイリーン」と先生が私を呼ぶ。

「先生?」

「・・・・・・・・・ちょっとご両親の元へ行こうか」


え?どういうこと??


困ったような顔で笑う先生に、疑問符を浮かべながら私は言われるがままに先生と共に両親の元へ向かった。


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