第36話 モチ子の告白 「アタイ、あんたのことが好き」(前編)

 さて――前回、ものすごいことがあったはずなのに、何も覚えていない。


 どーも、オレです。


 さて、よくわからんが気がつけばここに居た。てゆーか転生した様子もない。


 オレはどーなったんだ!?


 ガー様はどうなった!?


 何も分からん。


 つーわけで、今日は寄り道せずに神域へ向かうぜ!


「オレの記憶を返せぇ!!!」


 神域についたぜ!


「きゃあ!」


 勢いよくドアを開けるとガー様が悲鳴を上げた。

 

 なんだよいまさら「きゃあ」って。


「ちょっとぉ、どーいうことなんですかぁ! ……って」


「おっす」


 なぜかそこにはガー様だけではなくモチ子までもがいた。


「おっす。……なんでモチ子までいんの?」


「……んや。まずは座りな」


「お、おう……」


 オレは促されるままに席につく。


 ……何が始まるんです?


「んまー、何があったのかは知ってるよ」


 言いながら、モチ子は座ったオレのわきに移動した。


 ――近くない?


「んふ♡ よーしよし、こわかったなぁ?」


 なんか出っ張ってるモチみてぇななのが触れそうだなと思っていると、なんかぎゅっとされて、その上なでなでされた。


 なんだ、いきなりなついてくるなお前。


 てか当たってんですけど? 出っ張ってんのが当ててんのよと言わんばかりなんですけど!?


 ……て言うか埋まりそうなんですけど!?


 やっべぇ。モチの中に埋没する! モチでおぼれる! このまま死んだら死因は溺死だ!


「いやあのさ。事情が呑み込めねぇんで(モチだけに!)、事情をプリーズしていーい?」


 とりあえず、ガー様の前でこんなに懐かれると気まずいんですけど。前回が前回ですし。


 てか、今日に限ってガー様はツッコミも入れずに黙ってるし……なんなの!?


「だからぁ♡ 先輩と二人だとおっかないだろうと思って、アタイもきてやったんだぞぉ♡」


 ――賢明なる読者諸兄は、なんかこのモチ女の距離感がおかしいと思ったことだろう。


 実は以前に手伝いに行ったとき(第28話参照)にいろいろあって、けっこう親密な仲になったんだよね。


 ……けど、仲良くし過ぎたせいか、やたらと懐かれるようになっちまったようなんだよな。


 注:ただし、男女の関係になったとわけではない。あくまで気の置けない仲になったというだけです。言わせんな恥ずかしい。



「……この前は本当にすみませんでした」


 そこでようやく、ガー様が静かに頭を下げた。オレはモチ子をと引きはがし、ガー様に向き直る。


「いえその……記憶がないから何がなんやらだし、そもそもオレ、怒られるかと思ってたんですけど……」


 だってオレがガー様のオフィスにダンジョンのサンプル建立こんりゅうしたからなわけだし……。


「いえ。私が事前に言っておくべきだったんです」


 んー? なんか他人行儀だなおい……。


「いえそんな……オレとしては、なし崩しとはいえ一線を越えてしまった責任を取りたいと思ってきたわけで。えへへへ」


「いや。アンタが思ってるのとは違うんだよ」


「ファ!?」


 なんだと!? どーいうことだ。


「アンタは前回死んだんだよ。限りなく「無」に近いところまで行った。転生すらできなくなるレベルまで」


「……マジで?」


「マジでマジで。蘇生・復元もぎっりぎりだったって聞いたよ」


 それで記憶がなくなってたっていうのか? 


「し、しかしオレは以前ニムブスの巣窟で性欲コントロールの鍛錬を……」


 その程度で死ぬはずがないのだが……。 


「先輩はただのニムブスじゃないんだよ。そのうえ普段自分を抑えてるからさ、たまにタガが外れるととんでもないことになるんだよ。神にも被害者が結構いるんだ」


「前にも被害者が!?」


「そーそー、アタイもやられたし」


 マジかよ。……オレは驚愕せざるを得ない。


「……その時の映像とかないの!?」


「ねぇっつーんだよ、このスケベ! もう、バカ♡」


 ツッコミ受けるのだが、なんかこれも『やわっ』としている。


 ――なーんかやな予感がするなぁ。


「まーそういうわけで、実感がないかもだけど、お前さんはほんとに危ないところだったんだよ」


 よくわからんが、とんでもねーことになったのは分かった。


「そんで、お前さんとしても、もう先輩とはやってけないだろーから」


「いや。別にいいですけど」


「……」


「――ハナシ聞いてたかい?」 


 聞いてたっつーの。


「まー隠し事をされてたのはアレだが、だからってなにも変わらねーよ」


「……」


「私も……これ以上あなたを危険にさらすわけにはいかないと」


 モチ子は押し黙り、ガー様が口を開く。


「大丈夫ですって。事情はわかったんだから対策を立てれば何とでもなりますよ」


 だてに何千回も転生してねぇからよ!

 

「……でも」


「いーや! 無理だね!」


 モチ子が断ずるような口調で言う。


 グムム~! なんなんだお前は、今日に限って。


「なんで無理なんだよ!」


「どこまで行っても先輩とは無理なんだってわかっただろ? 先輩はエッチしただけで相手を取り殺しちまうんだからさ」

 

 やだぁん♡ エッチとか言うなよこっぱずかしい♡


「……私も同感です。あなたはそう言うだろうと思っていましたが……私はあなたを殺すところでした。これは看過していいことではありません」


 ガー様は神妙にうつむく。


 なんだろーね、いつにもまして真面目というか辛気臭いというか。


「だからアタイが引き取りに来たんだよ。アンタは転生者やめてウチの眷属になりな」


「はぁ?」


 なんか知らんがオレの知らんところでオレの進退が決められているっぽいぞ!?


「おいおい、勝手に決めんなよ。とりあえずガー様と二人で話すから席外してくんない? 来てもらって悪りーけどさ」


「いーや! ダメだ。アンタはアタイが連れてく!」


 あぁーん!?


 なんか知らんがモチ子がらしくもない強弁を吐く。


「なんでお前がそんなに必死になんだよ」


 すると、モチ子は急にしおらし気な様子で顔をそむけた。


「だって、アタイ、あんたのこと好きなんだもの」


 などと言い出しおった。






 うーむ、予想はしていたのだがストレートに来やがったな。 


「――え、なんだって!?」


 仕方がない。ここは難聴のふりをしてごまかそう。


「はぐらかすんじゃないよ!」


「グワーッ!」 


 ひっぱたかれた。――クソ! ラブコメだとこれでうまくいってたのに!!


「いやでもさ、こんな状況で、しかもこのタイミングで言うことじゃなくない?」


 気まずいだろーが!


「いーや、今日、この場でなんだよ!」


 オレは抗議するが、モチ子はガー様を見据えつつ、見栄を切る。


「先輩に隠れて裏でこそこそ――ってーのは性に合わないんでねぇ!」


 その上、スパーンとテメェの膝まで打って見せる始末。


 なんでそんなにはすっぱなんだよお前は


「で!? どーなんだい!? それとも何か? アタイじゃ不満だとでもいうのかい」


「うーむ……」


 はぐらかせないというなら仕方がない。オレは不本意ながらも真面目に、胸に手を当てて考える。


「いや。好きだよそりゃあ。オレだって」


「んもー♡ 何言ってんだよおまえさんはぁ♡♡」


 なぜかまたひっぱたかれた。なんでだよ。


「けどさ、それはなんつーか、こう、友達ダチとか仲間とかって意味で」


「いいじゃないか。それで何の問題があんだい!?」


 モチは言葉を絞り出すオレに、ズズィとにじり寄ってくる。


 なんかもう絡み方が、おっさんなんだよお前は。


 しかし曖昧なことをいくら言っても無駄だろう。正直に言うしかない。


「悪いんだが――燃えないんだよ!」


 オレは言った。


「んー?」


「なんつーかさ! こう、オレってタイプなんだよ! ハードルがないとやる気になれないっていうか。だから今みたいにさ、正面から来られるとその気になれんのよ!」


 あーあ、言っちゃった。


 泣かれたりしねーだろーな。あーもう、やな役だなおい。


 しかし本心である。


 どーもオレって、迎合げいごうされちゃうとその気になれんのよなぁ。


 こう、もじもじして距離を測りかねてるぐらいの相手に、自分からグイグイ行きたいというか。


 ――だからガー様とかモフ夫とかが好きなんだなオレ。クソう、なんかもうここから抜け出してモフ夫をモフりにいきたい……。


「それがね、勘違いだっていうんだよ」


 しかし、モチ子はそこでさらに声を張る。


「なんだよ勘違いって」


 偽らざるオレの本心だっつーの。


「色恋をさ。そうやってカタにハメようってぇのがおかしいって言いたいのさ」


「型ぁ?」


「そうさ。あんたね、色恋をそんな特別なもんだと思うから、そういう風になんのさ」


 なぬぅ?


「……要するに、恋愛は別に特別なもんじゃないって言いたいのか?」


「そうだよ。いちいち障害まで探して、なんてもんじゃないじゃないか」


 モチ子は我が意を得たとばかりに、特盛の胸を張った。


「んー。……まぁ言われてみれば、『燃えなきゃいけない』ってな法は聞いたためしがねーな」


「だろう? いいんだよ。お互い好きあってるなら、くっついたってさぁ」


 なんというか。目の前のモチ子をどうこうというよりも、この意見が新鮮で、オレはうならされた。


 言われてみれば、確かにそうなのかもしれん。


 恋をするなら大恋愛。幾重もの山川谷を越え、運命に抗い、その果てにものでなければならない。


 ――なんて決まりは、どこにもないわけだ。


 お互いが好きあってりゃあそれでいい、か。


 それも、確かに間違ってはいないはずだ。


「……なんか、目からうろこが落ちた感じだ」


「だろ? 理屈で考えすぎなんだよ、アンタはさ」


 言って、モチ子は二へっと笑った。


 ――まずいな。なんかこのモチがかわいく見えてきた。


 しっかりしろ! お前は単細胞生物か何かか!?






「うーん、でもなぁ」


 気をしっかりと持て、オレ! 


 このままだとモチ子に攻略されて、その上お持ちモチ帰りされてしまう! モチだけに!!


「でもさ、それで付き合ったとしてさ。オレが浮気とかしたらどーすんのさ。オレはいまだにガー様のこと好きなんだし」


 しかし、そう言うとモチ子は再び、ズイと突き出した自らのヒザを、スパーンと打って見栄を切る。


「そりゃあ、また別の話だ。お前さんを夢中にさせられねぇアタイの甲斐性の話さね」


 うぉおお……マジかよ。


「……じゃあ、浮気もOKってこと?」


「嘘をつかれんのは嫌さ。けどね、正直に言ってくれりゃ、さほどのもんでもないね。ま、そいつが惚れた弱みってぇもんじゃあないかい?」


 モチ子はそこで、よよよ、と顔を隠して見せた後で、ぺろりと舌を出した。


 何やってんだよかわいいなこのやろう。


 ――クソ! ダメだ落ち着け!


 しかしどうにも都合がよすぎる! なんか状況に流されてもいいんじゃないかと思えてきてしまう!!


「神はそう言うのおおらかですよね。悪魔ウチが言うのもアレですが」


 ピーちゃんが口をはさんだ。


「んーその辺どうなの? 神ってそんなに浮気すんの?」


「人間と違って寿命もないですし、みんな老いませんからね。付いて離れては割と頻繁に聞きます」


 情報通のピーちゃんが言うのでは信じざるを得ない。なんてこったい。そーいやギリシャ神話の神とか奔放も奔放だもんなぁ。…………


「………………ピーちゃん、なんでいるの?」


「あー、お気になさらず。」


 そこにいたのはピンク・ダークの悪魔ことピーちゃんであった。


 ガー様と二人で話したいってんのに、なんでどんどん増えてくんだよ!






 後半に続く。

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