第35話 ダンジョンを造りたい!


「――さて、それでは次の転生についてですが」


 何気ない談話に人心地がついたところで、女神は切り出した。


 場所はいつもの神域である。


「んー、次は普通でいいや。普通のとこでやってみたいことあるから」


 すると、男はアンニェイな空気を出しつつ応えた。


「……何する気なんです?」


「いや、そんな顔しないでくださいよ」


 なんでオレが常にヤベーことを企んでると決めてかかるんですか? おかしいダルルォッ!!


「ただ、自分でダンジョンを作ってみたいんですよ。だから、行き先ははさほど特徴ないとこで構わないっつーか」


「ダンジョン……ですか?」


「うん、そう」


 今までに踏破したダンジョンや迷宮は数知れないオレだが、『自分で造ったこと』なかったんだよね。


 独自の『魔法』も極まってきて自信ついてきたし、ここはひとつ芸術的なダンジョンてヤツを自分で作ってみようかなと思ったわけですよ。


「却下です」


「なんでさ!?」


 しかしすげない反応! オレは憤る!


「あなたが作るダンジョンが普通であるはずがないので」


「ひどい! 偏見だ!」


「不用意に暴走を許したダンジョンが育ちすぎて、箱庭を崩壊させてしまうこともあるのです」


「崩壊したらダメなの?」


 主に転生者が送られる「箱庭」とは、特に〝比重の軽い世界〟だったはずだ。


 いくらでも代わりなんて用意できそうなもんだが。


「それでも一個の世界であることには変わりありません。それらを出来る限り維持するのも我々の仕事なのです」


 よくわからんなぁ?


「転生者を送り込むのもその一環ってこと?」


「ええ。生き物のいない水槽は汚れ朽ちていくだけでしょう?」


「わかるような、わからんような例えだな」


 しかし、まさかこの段階でダメを出されるとは思っていなかった。


「でもお願いします。資料だけでも目を通してください!」


 オレははいつくばって誠意を示す。


「このプレゼンにかけてるんです!」


 あとガー様、今日も足がキレイ! 好きぃ! 


「プレゼンて……なんでそんなに頑張るんですか……心苦しいですが、ダメなものはダメ……」


「じゃあ、とりあえずここにサンプル造っといたんで、見るだけ見てくれません!?」


 あきらめがつかないオレは、床をがパッと開けた。


「私のオフィスに何を作ってるんですか!?」


「だいじょうぶですって、規模は本来の百分の一以下なんで」


「そういうことじゃありません! 私のオフィスを勝手に改造しないでと言っているんです!」


「まーまー、そのへんはね♡」


「なにがまーまーですか! 早く元に戻してください」


「ひどい! せっかく造ったのに」


 オレは涙ながらに訴えかける。


「……」


「とりあえず、一回! 一回見てくれれば引きさがりますから! お願い!」


「ここでダメと言って引き下がる人じゃありませんよね、あなたは……」


 わかってるじゃないの。


「……見るだけですよ?」


 やったぜ。







「いやね。マジで自信作なんですよ――この


「これダンジョンじゃない!」


 ダンジョンに足を踏み入れたガー様は声を上げた。


 いやいや、何をおっしゃいますか?


「ふふふ。いい出来でしょう? 既成概念を打ち砕く和風の趣きを加えたダンジョンですよ」




 ――〝見よ! これがお手製ダンジョン:五つのフロアだ!!〟 ――




・地下一階。「観光エリア(京都風)」



「まずは序盤なので雰囲気重視! 地中なのに外と言うアンビバレントさがウリです!」


「……」


 


・地下二階。「一面タタミの旅館エリア」


 

「タタミ敷きに松竹梅がそびえたつ! むしろ癒し空間! タタミは武器にも盾にもなる。襲い来る仲居さんやサムライを倒せ!」


「……」 



・地下三階。「全てが光り輝く黄金郷エリア」


「ジパングは黄金の国! 黄金は採り放題だけど、あんまり採りすぎるとモンスターが活性化するという仕掛けが有ります」


「……」



・地下四階。「まるで迷路! 忍者屋敷フロア」


「隠し扉や隠し通路が満載で、やりこみ要素も充実ですよ!」


「…………」


 


 オレは朗々と解説を交えながらガー様をいざなう。楽しいね♡


 ちなみに道中出てくるモンスターも、妖怪にニンジャ、サムライに仲居さんだ!(プレゼンなので攻撃はしてこない)


「…………和風とは名ばかりでバカにしているようなデザインに見えますが……」


 げんなりしたような顔でガー様はいう。


 うーむ? お気に召さなかったのだろうか?


「ハハハ、堅苦しけりゃいいってもんでもないでしょう!」


「それにしたって、ダンジョンと言うよりもなにかの遊楽施設のようにしか見えないのですが……」


 まーた、ガー様はつまらんことをぐちぐちと……。


 真面目も過ぎると身体に悪いですぜ?


「余計なお世話です! 手早く済ませてください。どうーせ却下ですから」


 なんだと―! おのれぇぇ! 目にもの見せてくれる!

 

「まぁ、これはただのミニチュアですしね? 安全だし、モンスターも危険はないッスよ」


 オレは多少顔を引きつらせながら、最下層までガー様をいざなう。


 この最下層には自信があるのさ。


「……って、ただのお風呂じゃないですか!?」


 そう、この最下層に広がっていたのは巨大なヒノキ風呂だったのだ!



・地下五階 「最下層! 煮えたぎる熱湯地獄! 君は生きて帰れるか!?」



「いえいえ。本来は、煮えたぎるお湯が冒険者を阻む危険極まりないエリアなんですよ。本当に作るなら、このさらに奥にラスボスがいる手はずになってます。どんなモンスターにするかはまだ決めかねてるんですが」


「よくもこんなモノを人のオフィスに……いえ。は、早く出ましょう。こ、こんな珍妙なダンジョンは危険度に関係なくボツです……」


 えー、なにが気に入らないんです?


 やっぱ釜茹かまゆで風にすべきだったかなぁ。ヒノキいいアイデアだと思ったんだけどなぁ……。


「んなご無体な――って、なんか、ガー様テカテカしてません?」


 というか、この最下層に来てからガー様の様子がおかしい。


 ――知っているぞ。それは美味しいものを前にしてそわそわしちゃってる顔だぜ! オレは詳しいんだ!


「ガー様お風呂入りたいんですか? しずかちゃんなんスか?」


「そ、そんなわけないでしょう!? ……ただ、ただ湿気が苦手なんです……」


 そうは言いながら、ガー様はすでに風呂に浸かっているかのごとく、顔を赤らめ、とろんとした顔をしている。


 この前のモフ夫のようだが、反省できる男であるオレは薬物の類いなど持ち込んではいない。


「まー。実際風呂としても上等な代物しろもんですしね。げへへ。入りたいならいいっすよ?」


「け、けっこうです」


 ははーん、オレが覗くとか思ってる!?


 そんなことあるわけ――――善処します!


 出来るだけ見ないようにするから! だから一緒に入ろ! ここ混浴だから! 造った奴が言ってるから間違いない!!


「――って、」


 しかし、一人で盛り上がっていると、ガー様はその場でへたり込んでしまった。


「ぅえ!? どしたのォ?」


 ホントになんかよく無いモノでも蔓延してる!? うわーッ! どこで設計ミスった!?


「なんでも、ありません……」 


 なんでもないわけないだろう。


 息は荒く。頬は赤らみ、視線は虚ろで、――つまりとてもつもなく艶めかしい。なんかもう、全体が!


 てろってろになってんだけど!? どうしたの!? そう言う気分になっちゃったの!?


 なんか知らんが、これはアタックチャンスなのでは?


 オレはいつでも求められる分だけお応えしますぜ!!!


 ――いや、待て! ダメだ! 


 相手の不調につけ込むなんて、新入生歓迎コンパでオボコをつけ狙う老舗ギャルサーじゃあるまいし。


 ちゃぷん。


 そうとも、おれはガー様に対して本気だからこそ、相手が抵抗もできないところをセクハラしたりはしないのさ!


 という訳で、ここは紳士な態度で介抱して差し上げよう。

 

 ――ただ、その過程で多少の見たり触ったりは、不可抗力! だよね!!


「って、どこ行った!?」


 ワキワキしつつ振り返るのだが、先ほどへたり込んでいた場所にガー様がいない。


 まさか湯船に?


「ガー様、具合悪いかったんじゃ……??」


 すると、なにやら湯船の上に浮かぶものを見つける。……こ、ここここれは、ガー様の!?


 そこにあったのはガー様のいわゆる神の装束「神衣かむい」というヤツだ。


「え? え!? ええええええ!!!!!!?」


 なに!? ホントに脱いでんの!? あの堅物なガー様が? 自分から!? そんなにお風呂好きなのォ!?


 何が起こってる!? ホントに一緒に入る気なん!?


 ハネムーンは何処がいいかしら!?


 ――いや、落着け。まだそういう段階ではない!


 だいたい、服着たまま湯船に入って、お湯の中で脱ぐっておかしいのではないか?


 逆! 順序逆! ――って突っ込みを誘うボケでもあるまいし。


 なにか、なにかイヤな予感がした。


 ――――むろん、その200倍ぐらいのエロい予感に胸が高鳴っているのも確かなのだが、やはりこれは異常な事態と言っていい。


「何が起ってんだ!? ――あと湯気が凄すぎて前が見えねぇ!?」


 さっきまでと比べて明らかに湯気が多い。自分の手元も見えないぐらいだ。


 周囲から、バタバタと周囲をうろついていたモンスターたちが倒れ伏す音が聞こえてくる。


「あぁぁ――あぁぁああ……――」


 色づくような艶めかしい声が聞こえる。


 真綿みてぇな湯気――というよりも分厚い雲を掻き分けるようにして、オレはそこへ向かう。


 マズイ! 視界がピンク色に染まっていく……何が起こってんだ!?


 オレの魔力耐性をもってしても抗いがたい官能的な高ぶりを感じる。


 間違いない。こりゃあ淫魔の類いが人間を捕まえる時の結界じゃねぇか。


 いつの間にそんなもんが侵入したんだ!?



 て言うかこれ、最近見た覚えがあるぞ! これじゃあ、まるで――



 声の先にたどり着いてみると、そこに居たのは肌も露わなガー様その人だった。


 言うまでもなく様子がおかしい。

 

 分厚く艶やかな雲に埋もれるようにして身を横たえている。


 そしてどこまでも虚ろな表情でニヤニヤとにやけている状態だ。


 クソ! ――肝心なところがイマイチ見えねぇ!


 って言ってる場合じゃねぇなこれは。


「大丈夫ですか!? 聞こえてますかガー様!?」


 返答はない。ただただ、空間を膨大な量の雲が覆い尽くしている。


 ――ニムブス!


 オレは瞬間的に悟った。


 ――これは神じゃない。そこに居たのはひとりの黒く淫らな雨雲ニムブス族だったのだ!


「なんてこった、そういうことだったのか!」


 いろいろとつながった。


 ガー様が悪魔を執拗に煙たがるわけ、そしてニムブスの文化にやたらと詳しかったわけも!


 すべてこれが理由だったのか。






 とまぁ、いろいろと尋ねたいこともあるが、そんな場合じゃなさそうだな。


 当人は大量の水を吸ってエロい事――じゃねぇ、エラいことになっちまってる。


「あふぅ……ん♡ ……んふぅ……♡」


 湯気の向こうで、ガー様は猫の様な声を出して、身をくねられている。


 やだ! 声がもうエロい!!


 つーか、どうもこっちの声が届いていないように見えるな。


 性欲をコントロールできるようになっていてよかったぜ。


 そうでなければオレも色欲のとりこになってしまっていたことだろう。


 しかし、ほとんどブッタと化しているオレには、この程度のテンプテーションは通じない!


 期待した読者諸兄には悪いが、エロイベントは回避させていただくぜ!!

 


 

 しかし、それはそれとしてどうしたもんかな?


 見れば媚態をさらすガー様を包み込むは、空間を埋め尽くすだけでは飽き足らず、このダンジョンそのものを捻じ曲げ、都合のいいように改変し始めている。


 うーむ。ほっとくわけにもいかねぇし、かといってまさかガー様を退治するわけにもいかねぇもんな。


「なんとか、本人だけでもここから引き出さねぇと……」


 奇妙なほどに粘性を増したお湯に足を踏み入れると、一気にテンプテーションの度合いが変化する。


 ――こいつは凶悪だ。上下左右の感覚がぼやけていきやがる!


 ガー様はどこだ?


 と、いうところで白い腕がオレの視界を横切る。


 まるで海中に引きずり込まれて、その中で魚か何かが頬を、視界を、うなじを撫で上げていくかのような。

 

 ―――やばない? 


 完全に術中にハメられている!!


 クソ! ――オレの心には、まだ隙があったということなのか!


 そして次の瞬間、目の前には女神がいた。


 一糸まとわぬ、白い姿で、何もかもを忘れて、呆けたような笑顔でオレを見てくる。


 言葉を無くすオレに、とろりとした白い手が差し伸べられる。


 これは――これはオレが待ち望んだものだった。


 これを手に取れば、これに身をゆだねてしまえば、幾千万にも及ぶ転生を経て手に入らなかったものを手にできる。


 これを受け入れてしまうだけで、それが叶う。



 ――しかし!



 オレはその白い手を拒んだ。


「…………???」


 不思議そうな瞳がオレを見つめる。


 フッ! 悪いな諸君。オレは向こうから来られるより、自分からアタックしたい性質なのさ!


 それにね、オレが好きなのは無自覚にエロくて、そんでクソまじめでいつものキチっとしたガー様だからさ。


「さぁ、ガー様。早くお湯から上がるのです!」


 オレは「魔法」でガー様を拘束すると、お湯から引き揚げようと引っ張った。


 これでいい。これでいいんだ――。


 しかし。


 ガー様はそこでちゅるんと拘束から抜け出してしまった。


「ファ!?」


 しまった! す巻きじゃなくて亀甲縛りにしておくべきだったか!?


「いけませんよガー様! そんな恰好で……」 


 全身ヌルヌルのテカテカ状態なガー様は、湯気の中をウナギのごとく泳ぎ、嬉しそうにオレに抱き着いてきた。そして――


「――――♪♪」


 ズバーッ! っと一気にオレの衣服を引きちぎった。


 全裸になるオレ。


「――ワッツ?」


「……しそう」


「――なんて?」 

 

「……おいし、そう♪」


 あ、コレ、エロいイベントじゃねーや。


 捕食イベントだったわ。間違えたわ。


「……いただ、き、ます♡♡」


 そんでバットエンド直行なヤツだわコレ。


 ハハハ、まいるー。これまいるわー。


「ちょちょちょ! 待ってガー様、今男としての尊い決断をしたところで、とてもそんな気分には――――って、うぉい! ちょっと待て、マズイまずいまず――アッ! あああああぁぁぁぁぁ――――……♡♡♡♡♡」






 完(バッド(デッド)エンド)

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