第23話 カルラ舞う! モフ子リベンジ(後編)
「グワーッ!!!」
羽女の口元から走ったそれは、異様な炎だった。
本来、ドラゴンブレスにすら耐えるオレの耐化防備をまるで無視して迫ってくる。
物理障壁も、概念防御の後備えも、まるで役に立たない。
流れる溶岩のように粘り、涼風のように軽やかに走る炎だった。
元来、あらゆる世界を通してありうべからざる稀有なる炎!
「ひ、火ぃ噴きやがった!? ……しかも、この金色の炎は!
とにかく、防御が役にたたないのでは物理的に回避するよりほかにない。
火の輪を潜らされる憐れなライオンよろしく飛び退ったオレは、五体を炙られながら転がる。ったく、なんてぇザマだ!
「――フッ。知っているとはゲスのわりに博識ですね……」
猛禽の如き紅き羽根。艶めかしい髪は肩の辺りで切りそろえられ、瞳はやはり金色の炎を宿して燃え盛る。
まちがいねぇ、迦楼羅天の炎だ。つまりこの女は――
「――仏教徒か!!」
モフ子を守るように泰然と立っていた羽女はズッコケる。
「ちがう! 神が教徒の訳がないでしょうが。私はそのものです!」
「そのもの……迦楼羅天そのものって意味か?」
なんで天部がこんなとこにいんだよ。
「指摘は素っ頓狂ですが、――まぁ、我が炎の内実を見切るとは
ガルダと言えばヒンドゥーのとにかくヤベェ神鳥だ。コイツはその先祖がえりだとでも言うのか?
「そんじょそこらの神とは『格』が違うのですよ。――さぁ!!」
先ほど吐き出された金色の炎が、拡大し、天を突いて燃え盛る。
その威容を背に、女は深紅の翼を広げ大見得を切る!
「
金色の炎を纏い、女はそれにも増して燃え盛る双瞳を煌めかせる。
つーかなんなのこのヒト? いきなり出てきてマジで神モードじゃないですか。おとなげなぁい!!
「言葉を選ぶがいい
ノリノリですね? ――しかし、さて困った。コイツはかつてないピンチだ。
なぜなら、コイツはマジで強い。
格で言えばあの悪魔ちゃんよりも一段上だ。なにせ、あのニンジャやろうと同じで、力の上限が見えねぇんだからな。
「ま、――まってください上役。それで私の恥を雪いだとは」
燃え盛る金色の
先ほど啖呵を切った気概はどこへやら。叱られた飼い犬のように尻尾をしなだれさせてしまっている。――きゃわゆい♡ (そんな場合ではない)
「なにを言うんです。あなたの為に私が身を切ることくらい何のこともないでしょう? 当然のことなんですよ」
言って、再び迦楼羅天の女はモフモフする。
――てかおぉい! それ、俺のモフモフだぞ!
しかし、炎の壁が出来ていて止めに入ることも出来ない。く、屈辱だ!
「おのれイチャイチャしやがって! ――さては貴様ら、レズの手先だな!?」
とりあえず罵倒するしかないので、ここは言葉で応戦するぜ。
すると、カルラではなくモフ子が毅然と声を上げた。
「無礼なことを言うな! そんな関係の訳があるか、汚らわしい! 上役は良くしてくださるが、それがそんな邪念からであるはずがないだろうが!」
モフ子は率直に怒っているらしい。ふむ、モフ子からすると面倒を見てもらってる先輩みたいな感じなのかね?
でもよく見てみ?
脇に居るヒト、なんかすごい真顔なんですけど?
「申し訳ありません上役。口の減らない男でして……私が未熟でなければこんなご不快な思いをさせることもなかったのに」
「――ふ、気にしていませんよ」
羽女――カルラは再び笑いかけるが、先ほどまでの様な神々しいまでの気配は薄れていた。
――んん? なんか大分しょんぼりしてない?
「あ、あの―」
と、そこでさらに別の声が掛かった。
それは神域へ通じる扉を内側から開けたガー様であった。
あらめずらしい。
「自分から出てくるなんて珍しいっスね?」
「……ロックが開いたのに入ってこないから何事かと思ったんですよ」
そして、オレの脇に立ったガー様は逆巻く炎の向こうに居る二人に頭を下げた。
「も、――申し訳ありません。脇からお話をうかがわせていただいたのですが、どうやら私の不手際だったようで」
ねぇ、どの辺りから見てたの? もうちょい早く出てきてくれたらオレひざ蹴り食らわなくてもよかったんじゃね?
しかしそれはそれとして助かったかもしれんな。これで話しを納めてもらえれば……。
「い、――いえ。アナタがではなく、そもそもはその男が」
案の定、モフ子は真摯に頭を下げるガー様へは申し訳なさそうな顔を見せる。
真面目っ娘同士だしね。
――が、それを押し退けるようにしてカルラは前に出た。
「う、上役……」
「アナタはちょっとさがっていなさい。――確かその男の担当の女神でしたね? まさか? その程度のことで収まると思っているのですが?」
「いえ、その……」
「私が出て来ているんですよ? この私が。それを弁明だけで済まそうなどとは片腹痛いというもの……」
いや、知らんがな。お前勝手に出てきただけやん。
くっそこの羽女め! マイ・フェア・ガッデスだるガー様が頭を下げているというのに、クレーマーみてぇにネチネチいたぶりやがって……。
「負けんなガー様! やったれ!」
「解りました。では――今から下手人を痛めつけますので」
あれー? オレ応援してたのに!?
「そんな!? なんでですかガー様!? 全ての咎が回り回って俺のところに!?」
「回ってないです。最初から徹頭徹尾あなたのせいです」
そう言われちゃうと、――言い返しようがないなぁ。
クッソ! まずいことになった! 助け船が来たかと思ったら敵が増えただけだったとは……。
しかも今回は逃げるに逃げられんし……。
「へ、へへへ。……で、でもとかなんとか言って、最期には助けてくれるんでしょう? ――う!?」
女神の眼は冷たかった。なんて冷たい目だ。
まるで養豚場のブタを見る、養豚場の人の眼だ……。
「……それはただの飼育員では?」
心を読まれたぜ! だがこの際それでも良し!
「お願いしまずぅ……飼育員としてでいいので助けてくださぁい!」
「人としての尊厳はないのですかあなたは!?」
でもねー、たまにモチとか無機物とかにも転生してますし、いまさらねぇ。
「まったくあなたと言う人は――今回はちゃんと罰を受けて」
「――ふん、白々しい!」
すると、カルラはオレを叱っていたガー様を強引に振り向かせると、その腕でガー様の細い肩の辺りをワシ掴みにしてしまった。
「――あッ」
か細い声が上がる。
上背はあっても女性的でか細いガー様のそれに比べて、この鳥女の身体は明らかに分厚い。
アスリート系……と言うかシンプルに戦闘員として鍛えられた身体だというのが分かる。
しなやかで瑞々しく、ガー様とは別の意味で美の結晶というべき――ってそんな場合ではないな。
「馴れ合ってるのが丸わかりじゃないですか。本気で罰する気などないのでしょう!?」
「いえ、その……」
いやぁ、結構やられてますよ? しんどいヤツを。
しかし、それは置いとくとしてちょっとやりすぎじゃねぇか?
「――んー? あらあら可愛いお顔をしてますねぇ? その辺の女神と違って、スレてなさそうないのが良いですね。――その大層な美貌で、あの
「そ、――そんなことは」
「まぁ、あのエロジジィどもは全員張り倒しておきましたが」
暴れん坊大将軍かテメェは。モフ子ビックリしてんじゃねぇか。
いやでもさ、ガー様は間違ってもそんな腹芸の出来る人じゃないと思うよ?
しかし、カルラ女はガー様の弁明には取り合わず、白い膝をガー様の足の間に割り込ませ、背中後に回した手でさらにガー様の顎先を捉えてしまう。
同時に、肩を掴み上げていた左は、くびれた腰元に降りていく。
「キレイな躰ですねぇ。ほれぼれしますよ。まるで深雪に爪を立てるかのようです。指が埋まってしまいそうですよ?」
カルラはさらに無遠慮に絡みつき、ガー様の身体をまさぐる。
ガー様は一切の抵抗が出来ないようだった。――気後れとかではなく、純粋に力の差が有りすぎて抵抗も何もない、という感じだ。
とりあえず、凄まじくえろろろろろろぉい!!
タイプは違うが、二人の美女が絡み合う姿はこの世のものとさえ思えなかった。
――うひょー、眼福眼福ぅ!
って、言ってる場合じゃ、……ないよね!!
「――おう! 手ェ離せや、そこの鳥女!!」
ただエロいだけならむしろ応援する所存だが、無理矢理苦痛を味あわせるような真似を見過ごすわけにはいかねぇぜ。
「――」
息も荒く、ガー様の白い肌をなぶっていたカルラは手を放し、眼光鋭くこちらを見た。
うっわ、恐え~w
「……見逃してあげようというのに、状況がわからないほど無知なのですかね? 監督責任でこの方を折檻するだけで済ましてあげようかと思っていたのに」
「だ~れが頼んだよ、んなこと。つか、当事者じゃなくてその周りを折檻しようって根性が気に入らねぇ。――てめぇ、友達いねーだろ?」
「……さて、どうなんでしょうねぇ? 少なくとも私に面と向かってそんな口をきく者は、なかなかいませんねぇ」
うすく、にこやかにほほ笑んだカルラだが、その周囲には金色の炎が逆巻き、幾百の鎌首をもたげる大蛇の如くのたうち始める。
――絶景、絶景。この世の終わりと言われても納得できそうだ。
「……う、上役、もう……」
あまりの光景に、本来当事者であるモフ子もアワアワしてしまっている。
どうやら、勝手に押しかけてきたこのカルラ女は、モフ子から見ても暴走してしまっているようだ。
「今なら、まだ命だけは助けてあげますよ? ――それ以外は焼き尽くしますが」
「こっちのセリフだ。あえて言ってやるぜ。今引くなら、コッチとしても穏便に済ましてやらんでもないぜ?」
大言壮語してやると、ガー様もモフ子もオレの言動に唖然としている。
ま、言わんとすることは分からんでもない。力の差が有りすぎる、ってな。
んなこたぁオレにも分ってる。このままケンカ売っても勝負にならねぇってことがな。
けどな、ケンカってのは、なにも戦力の過多だけで決まるもんじゃないんだぜ?
「面白いですねぇ。ただの羽虫が、この私に対してズイブンな口をきくじゃあないですか」
余裕そうな顔してるが、完全にブチギレテいるのが分かる。煽り耐性無さそうだなコイツ。
――ま、だからこそ、この一手でテメェは敗北することになるんだけどな?
恨むなら、テメェのクソ雑魚メンタルを恨んでほしいね?
「さぁ、どうしました? 何かできるならやって見せてください。その炎を超えることすらできないというのに」
「――じゃあ言うけどさ。お前、あの子のこと好きなんじゃねぇの?」
と、オレはモフ子を指差して指摘して見せる。
そう、そもそも疑問だったのだ。なぜこの女が、後輩のためと言いながら、こんな大暴走までしているのか。
ホントにモフ子のためを思うなら、まずは話を聞いて、その上で止めてやるべきだろう。
そうしないのは、『これを機にモフ子に良いところを見せて尊敬してもらいたかったから』、に決まっている。
メッチャ格好つけてたしね。分かりやすいっつーの。
結局は自分本位の行動だから、モフ子の意見も聞かずに暴走しているわけだ。
彼女の前でイキり散らして店員にクレームつけるドキュンと変わらん。
「――――は、はぁぁぁぁぁ!? な、ななにッ。なにににいって」
ひゅーひゅー
「そん、――そんな、げ、ゲスの勘繰りはやめてもらいましょうか! だいたい私たちは女同士で」
「いや、お前が女好きのドスケベなのはすぐにわかるっつーの」
ガー様へのセクハラを見ても一目瞭然である。つーか隠す気があったのか?
「……………………ッッッ」
カルラはもはや口を開くこともせず、ただ羞恥に羞恥を重ねたような、アヘ顔寸前の顔で何かをこらえている。
もはや自己弁護の言葉もないようだな。――さて、ではトドメと行こうか。
「――で? モフ子はどうなの? ステディ※な関係になる用意はあるの?」
「モ、モフ子じゃない!」
「で、どうなの?」
「――」
問い詰めると、モフ子は押し黙ってしまった。
とうのカルラは、ギギギと、万力に固定でもされたかのようにギリギリと首を回してモフ子を見る。
この上ないほどの恐怖と、それにも勝る期待を込めた顔で。
しかし、
「そ――そのように考えたこともないし、やはりそのようには思えない。しかし上役は私にとって大事な方だ。だから――」
と、なんとかフォローも加えつつ、やんわりと応えようとする。
――が、こういう時はたいてい、そういう優しさは悪手なのである。
「う――――うああぁぁぁぁぁあああああッッッ!!」
その瞬間、絶叫と共に、カルラは火炎を撒いて飛び去ってしまった。
「う――――上役ーッ!?」
ただ、上擦る様なすすり泣きの残響だけを残して。
その後、モフ子はあわただしくガー様に頭を下げてカルラを追いかけて行ってしまった。
しかし、追っかけてどうすんのかねぇ? 何を言ってもこじれるぞぉい?
「やり過ぎだったのでは……」
ガー様は憔悴したように言うが、いや、今回は仕方がないですって。
「それで、次の転生はどうします?」
「……とりあえず、火ぃ吹く鳥がいないとこで」
完
ほ・そ・く♡
・トニー・ジャー
タイのアクション俳優。羽も生えてないくせになぜか華麗な空中戦闘をワイヤーやCGの効果を使わずこなすヤベー奴。
当然スタントマンも使わない。使うのは最強の格闘技、ムエタイだけだ!!
代表作は言うまでもなく『マッハ!!!!!!!!』。すごいよ。
・迦楼羅焔(カルラエン)
迦楼羅天(カルラテン)が吐く炎。あるいはそのもの。
迦楼羅天はインド神話のガルダを前身とする、仏教の守護神。さらには、日本のカラス天狗の元になったとかなんとか。
金色の炎を吐き、金(または赤)の翼をもった鳥人の姿で現される。蛇、あるいは龍に対しての特効を持つ。
金色の炎を吐くキャラがかっこいいかなと思って出しただけなので、大した設定があるわけではない。
・ステディ(steady)
1 安定していること。また、そのさま。「ステディな○○」
2 ひとりの決まった相手とだけ交際すること。また、その恋人や、そのさま。「ステディな関係」
本文では2の意味で使用している。近年なかなか聞かないが死語なんだろうか?
とりあえず、カルラはモフ子とステディな関係になれるのでしょうか?
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