第7話

 日本という東の果ての島国への航海は平穏無事なまま完遂しつつある。白髪の年老いた船長は長い経験の中でも、珍しいくらい安全な船旅だったと誇らしげに語った。


 貿易船の甲板に立った私たちの正面には穏やかに透き通った海と長い浜辺が左右に広がっている。日の光は青空に漂う広い雲の隙間から柔らかな光線を地上に放射していたが、この異国の第一印象は私にとって何故か親しみ易いものであった。古代において大陸を最初に統一した始皇帝は不老不死を願い地の果てまでも妙薬を探す使者を派遣したというが、日本にもその使いが来た伝説があるらしい。また百年ほど前にはあの強大な元帝国が海を越えて大軍を指揮し侵略を二度試みたものの、暴風雨や嵐の海と島の国境の防備に阻まれ撃退された。そして此処は大陸よりも早く太陽が昇る。私は混沌とした大きな世界から不思議で小さな世界にやって来た気がした。


「私たち弟子の若い僧はこれから陸路で、目的地の備前にある宝福寺へ移動することになります。大師たちはこの国の王が住まわれる都へ向かわれます」

 同志はそのように告げると、気が抜けたようにしてその場に倒れ込んだ。私は愕然とし彼に寄り添った。無理もない。長旅にすっかり疲弊していたのだろう。私たちは貿易船から降りて、仏典や文書、美術品等を含めた様々な運ぶべき荷物と共に浜辺から港の建物の中へ移動する際中であったが、青天の霹靂に見舞われた私は砂の上で眠るように意識を失いつつある彼の背中を嘆願するようにさすっていた。

「残念だが、彼はもう病で限界だったのです。彼は自分の後をあなたに託す気だった」  

 別の僧が深刻な表情で私に耳打ちをした。何という事だ。不意を突かれた私は一年前の彼との会話を思い出さずにはおれなかった。


「……私は物心の着く前から仏の修行を続けていますが、神を知らぬ人間です。あなたは私より多くの土地で波乱万丈な生涯を送ってこられた。多分、あなたが生きてきた世界は私よりも広い」

「それはどうかな。私もあなたも年は同じくらいでしょう。それにこの職場で数年間、印刷の仕事を続けることで、私は釈迦や孔子の教えを学ぶことになった。仏教や儒教についてはあなたの方がずっと熟知しておられる」

「確かにそうかもしれません。ただ、私はこれまで様々な人と賢人の教えについて論じてきましたが、あなたほど鋭い視点を持った人に出会ったのは初めてです。この大陸では今の明帝国に限らず古くから儒教を礎にして仏教が解釈されています。それはあなたのご推察通り、支配階級にとって都合が良いからです」

「私自身は自分の考えが鋭敏だとは少しも思いませんが……」

「いえ、勿論、あなたは穏やかな人だし、いつも落ち着いておられる。しかしあなたは先ほど、もし釈迦と孔子のどちらかに導かれるのならそれは釈迦の方だと言われた。しかも理由が明白だ。儒教には国やその民を治める人々が持つべき志や規範が説かれていても、民の救済が見えては来ないと」

「ええ。そう思います。儒教は社会における秩序を重視する。ただ強い者が弱い者を支配することで秩序が保たれるとしても、それが絶対的に正しいわけではないでしょう。それが証拠に強い者はさらに強く大きくなろうとする。内政においては民から厳しく搾取を続け、外政では戦争で支配地を増やそうとします。これでは富める者と貧しき者の格差は広がる一方です。私たちが生きている世界は貪欲な争いに満ちている。勝利者はいつも力の正義を標榜しますが、戦い争うことでは、最終的には誰も幸せにはなれないはずだ。神も仏もそのようにお考えでは」

「全くその通りです。もしあなたが仏の道に入られたとしたら、偉大な僧になれるでしょうに」

 

 あの時、外ではずっと雨が降り続いていた。一定の韻を踏むような雨音に、私は沈黙を委ねていた。相手は私の次の言葉を待っていたようだった。

「……あなたにもかけがえのない人がいたはずだ。私の場合、親兄弟とは生き別れた為に生死が定かではない。ただ一度きり家族愛とは別の貴重で大切な愛を感じた時があった。悲しいことに、愛する想いの対象たるその娘は無慈悲な戦争で命を散らしたが。しかし絶望した私に神を信仰する心の師は語った。その娘はもう何処にもいくことはないと。いつも私の傍らにいると。私はそれを聞いて救われた。仏の教えにも本質的にこれと似たようなものを感じます。ただし、死後の世界は考えてはならないのではなかったでしょうか」

「確かに。ただ釈迦は死後の世界、つまり来世を一方的に否定しているわけではありません。仏教は有るか、無いかという二つの選択肢で成立してはおらず、有る、無い、有るとも云え、無いとも云える、有るとも云えぬし、無いとも云えぬ、ゆえに死後についても同様の解釈が可能です。私の両親は病で亡くなりましたが、私の記憶の中ではまだ生きています。夢の中にも現れる。それに、この室内に積まれたあの白い紙とて、紙であって紙ではないとも云える。考えてみてください。紙がどのようにしてできたかを。紙は木を漉いたものです。木は植物です。植物の多くは雨で育ちます。そして雨は空の雲から水が降ってきたものです。だから紙の中には紙ではない別の何かが確かに存在しています。恐らくあなたの心の師が申されたことを釈迦が聞いたとしたら、快く共感されると思いますよ」

 私と彼は得心し微笑した。

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