023話 こんだく

ぐるぐると、世界が歪みはじめた。

なんだか、以前にも同じようなことがあった気がする。

思い出そうとして必死で考えてみたが、ぼんやりとした今のあたしの意識ではそれすら難しかった。


そう言えば10階について、あいつがグランドピアノの前で『光』を取り込んだ辺りから、あたしの意識はおかしくなった気がする。

あの『光』はなんだったのだろう。


それから、スマホを取り出して何かしている。

もうダメだ、飛んでいることが出来ない。


落下するようにあたしは着地すると、そのままうずくまる事しか出来なかった。

そう言えば、右手の甲もずきずきと痛い。

目が開けられないので、左手で触れてみただけだったが痺れたような鈍い痛みがして、不快なだけだった。

着地の際に打ち付けたのかと思ったが、飛んでいるときから既に痛んでいたことを思いだし、違う理由だったと言うことがわかった。


だけど今は、そんな事よりもこの眩暈の方が辛い。


あれ?誰かが呼んでいる。

あたしは呼ばれた方を見ようとして頭をあげる。

だが、うまく起き上がることができずに、そのまま混濁した意識に落ちていく……。


―――


夢の中で、あたしはあいつとは違う別の人物と旅をしていた。

だが、その人物は現れたモンスターにあっさり倒されてしまう。

煙になって消えていくその人物。

あたしは名前を呼ぶ。

何度も何度も。

そしてあたしはその人物と同じように煙になっていった。


また場面が切り替わる。

また違う人物と、あたしが旅をしていた。

だが、その人物もまた現れたモンスターに倒されてしまう。

あたしは泣き叫ぶ。

何度も、何度も。


そしてまた、違う人物。

また、違う人物。

それが、ずっと続いた。


……あぁ、そうか。


あたしはそうやって何度も別の人物と旅を繰り返して来たことを理解した。

その人物が敵に倒されるまで。

倒されればまた、別の人と。

何度も旅をして、その度にその人物との別れを繰り返して来たのだろう。


一度目よりも、二度目。

二度目よりも三度目。

繰り返す度に薄れていく。

それぞれのマスターとの記憶が最終的にはほとんど残っていなかったのは、きっとあたしが傷つくことを恐れたせいだ。


もしかしたら、あたしの事を知っていたあの子とも旅をしていたのかもしれない。

だけど、あたしにはその記憶がない。


それは多分、あたしがただ新しい人物をこの世界に呼び込む為だけに作られた存在だったからだ。

今ならわかる。

『この場所』に呼び出した人々を送り込むために、あたしは作られたのだろう。


だからきっと、あたしが時々聞いていたあの声はあたしの中に刻まれた記憶だったのだと思った。


あたしも無意識にそれを理解しはじめ、自分が傷つかずにすむようにそれぞれのマスターとの記憶を薄れさせていったのだろう。

深く刻まないようにすることを自ら選ぶようになっていったのだろう。


やがてあたしの前を通り抜けて行くだけのたくさんの人々との記憶を、あたしはわざと避けるようになっていったのだ。


だけど!

あたしはもう、失いたくなかった。

これ以上、失いたくないと願ってしまった。

何があったわけではない。


ただ、ちょっと他の人よりも長い時間を過ごしてきただけなのかもしれない。

でも、そうだとしても、あたしは今のマスターともっと一緒にいたいと願ってしまった。

それがこの世界の理を変えてしまうことだったとしても。

マスターが、この世界の時間を再び動かすそのときまで、一緒にいたいと強く願ってしまった。

あたしをここまで導いてくれた、アイザワ アツシと言う名のマスターと…。


深く、暗い闇の中になおも落ち続けながら、あたしはもがき、叫び続けた。

息が出来ず、声も出なかったが、あたしは叫び続けた。

あたしは、ずっとここにいたい。


このまま消えたくない!

あたしはグロウ!

アイザワ アツシのサーバントだ!


―――


意識を失ったグロウが俺の手の中で寝息をたて始めた。


なんだよ、心配して損したじゃねーか。

かといってこのまま放り投げることもできず、俺は途方にくれた。


まぁ、はじめてイノリのスマホから飛び出してきてからもう一週間以上も経っているのだ。

疲れもたまっていたのだろう。


普段は眠らなくても平気な分、こう言うときにまとめて疲れが来るのかもしれない。

だとすると、休めるときには休んだ方がいい。

そう思った。


グランドピアノの近くにベンチがあったので、俺はそこに腰かけた。

そして、気持ち良さそうに眠るグロウの寝顔を眺めていた。


そう言えば、グロウってこんな顔をしていたのか。

一週間以上も一緒にいるのに、ちゃんと顔をみたのははじめてな気がした。


まぁ、普段光ってるしな。

そう言えば、今は光っていない。


それから、改めて気づいたことがもうひとつあった。

グロウが意外と小さいと言うことだった。

8㎝無いくらいだろうか。

俺達の20分の1位の大きさなのかもしれない。


光っていると大きく見えるんだな。


あれ?良くみると、グロウの右手の甲にバーコードの様な模様があるのが見えた。


もしかするとさっきの俺のように【紋章】を手に入れたのかもしれない。

グロウが目覚めたら、スマホでステータスを覗いてみよう。


それにしても、【紋章】と言うのはなんなのだろう。

全員違うらしいが、どうみてもバーコードにしか見えない。


あと、俺のは兎も角、グロウのは書き写すのが大変そうだ。

後で錬金所を覗き直して虫眼鏡も買っておく必要があるかもしれない。

あるかどうか知らないが。


俺が使えるようになったものが他にないのかも調べ直さないとな。

そう言えば、郵便局のボスも放っておけないんだった。


少し退屈しはじめた俺は、少し傾けたりして手の中で眠るグロウにイタズラしはじめた。

グロウが顔をしかめる。

でも、しばらくたつとまた、穏やかな表情に戻る。


俺は遊びながら、グロウが目覚めるまでの数時間をそうやって過ごすのだった。


―――


「お、目が覚めたか?」


延びをし始めたグロウをみて、俺は声をかけた。


「うん。」


珍しくグロウが大人しい。


「痛いところとか無いか?」


「大丈夫。」


妙によそよそしい。

そう言えば少し前のウララもそんな感じだった。

みんないつの間に拾い食いしているのだろう。


「じゃあ、そろそろ行こうか?」


俺とグロウは、数時間ぶりに10階を後にした。


―――


9階。


想像した通り、大きく空いていたスペースに存在感のあるモンスターが鎮座していた。


大型の狼で、頭が二つに別れている。


オルトロスだ。

俺の脳内データベースによると、撃破推奨レベルは70程度。

サーベルタイガーよりも強いモンスターだ。

……普通に戦う場合は。


このフロアの目的は多分あいつを弱らせる事だろうと踏んだ俺は、明らかに不自然な『100t』と書かれた分銅を落としてみる事にした。


分銅の下にオルトロスをおびき寄せると、投げナイフで吊るしてあるロープを落とす。

想像通り、オルトロスはキャンキャン鳴きながら下のフロアに降りていった。


この感じでいくと、地下一階で戦うのも多分あいつだろう。

案外、巻物スクロールの出番がないまま終わるかもしれない。


ところが、8階へ続くエスカレーターを降りたとき、その予測が全くの検討違いだったとすぐさま訂正をすることとなった。


フロア全体が火の海になっていたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る