第6話 どんちゃん騒ぎしちゃった!

 ナデシコは胸に手を当て、なつかしい時を体中で味わっていた。

 すると店の天井から、ひとひらの花びらが舞い降りてくる。

 やがてそれは倍々に増えていき、店の中、いや、ヤゴの街中に無数の桃色の花びらが舞い降りてきた。

 花びらは各建物の屋根を素通りして舞い降り、地面に落ちると光の粒子になって消えていく。


『な、なんだこれは!?』

『魔物の襲撃か!?』

 初めてヤゴの街に来た冒険者はこの異様な光景に狼狽するが、ほとんどの冒険者や街の人間はナデシコがやらかしたことだと、特に気にする様子もなかった。


 滝の山脈亭の店員も、抑揚のない声で店長に尋ねる。

「てんちょ~。いいんですか? 鍋に花びらが入っちゃいますよ?」

「どうせすぐ消えるさ。いや、意外といい味付けになるかもな。はっはっは!」

と、特に気にする様子もなく、さらに冒険者ギルド、リオンの双子山亭ではゴルドおばあさんとシルおばあさんが


『あんれまぁ~”夜桜”とは風流だがね』

『お茶を点てて”花見”と洒落込むでなも』

と、こちらもみやびなひとときを過ごしていた。


 しかし、昼間、ナデシコに不埒なセクハラを行った冒険者はようやく目を覚ますと、慌てて飛び起きた。

「……ん? これは……《桜の花びらぁ》!? なんで”この世界にぃ!?” 『具現化スキル』! もしかして”これも彼女が”しでかしたのかぁ?」

 部屋中に舞う桜の花びらを眺めながら、ベッドの上でパニックを起こしていた。


 そして、滝の山脈亭の一角でも、同じように狼狽する者がいた。

「な、何ですのこれは!? 屋根を突き抜ける花びら……《幻術》!? いえ、このわたくしが幻術にだまされるなぞあり得ませんわ!」

 ユリは店の外へ走り出すと、夜空を見上げながら手のひらを差し出し数枚の花びらを受け止めた。


「“質量がありますの!?”幻ではないわ。だけど魔力は感じない。しかし、屋根を突き抜けるなんて……それにこの花びら


『ナゴミ帝国どころかアイシール地方、いえ、この世の法則では存在できない花びらですわ』


一体全体どういうことですの!?」


 対するショウコは

「おお~すんげえすんげえ!」

 脳天気に天井を見上げながら店の中をくるくる回っていた。


 そんな周りの喧噪けんそうと桜吹雪をよそに、オウカは片膝をつきナデシコの手を取ったまま顔を上げ、その瞳を見つめていた。

 そしてナデシコも、そんなオウカの瞳をまっすぐ見つめていた。

「な、ナデちゃん! うらやまけしからんですわ!」

 その光景に、ハンカチーフを口にくわえながら歯ぎしりするアルフェン。


『お嬢さん、お名前は?』


 ナデシコの瞳を見つめながらオウカは問う。

 それは“あの時”とは違っていた。

 なぜならオウカの眼は、”ナデシコの左胸についている名札”を見ていなかったからだ。


『なでしこ。八真斗、撫子です!』


 ナデシコは強く答える。

 まるで、オウカの心に刻みつけるように。

 しかし、オウカの口から出てきた言葉は、ナデシコの記憶とは違っていた。


『ナデシコ……。きれいな名前だね』

『あ、ありがとう……ございます』


 お仕着せのリップサービスな言葉。

 少なくともナデシコの知る鳳桜花は、そんな言葉を口にしなかった。

 自分に嘘はつかない。たとえ校長や学園長に対しても是は是、否は否をはっきり述べる。

 それが生徒会会長、そして生徒総代でもある鳳桜花であった。


 二人の手がゆっくり離れると、それに合わせるように桜の花吹雪も消えていった。

 オウカは何の未練もないかのようにナデシコに背を向けると、席に戻っていく。

 接吻された右手の甲を左手でゆっくりと握りしめるナデシコ。

 彼女もオウカに背を向け、席に戻っていった。


「なになにナデちゃん! もしかして不死鳥のオウカ様とお知り合いなの!?」

 もはや近所のおばちゃんと化したアルフェンは、顔を近づけながら問い詰める。

「……いえ、人違いでした」

 悲しそうな顔をするナデシコに、アルフェンはそれ以上尋ねなかった。


(《少女なんとか》って世界から一人で来たんだし、見知った顔が目の前に現れれば、たとえあの不死鳥のオウカ様でも声をかけたくなるわね……)

 アルフェンはエルフの里から一人で、いわゆる人間であるヒウマン族のナゴミ帝国へとやってきた。

 来た当初は同族恋しさ故、街中でエルフを見つけるとつい声をかけていた。

 冒険者ギルドの受付嬢になったのも、多くのエルフと会える、そんな思いがあった。

 ……もっとも今では、イケメン冒険者目当てで仕事をしているのは言うまでもない。 


「どうしたんだいユリ。息を切らせて?」

 信じられない出来事を目の当たりにしたユリは、肩で息をしながら席に戻ってきた。

「いえ、何でもございませんオウカ様。お騒がせして申し訳ありませんでした」


「フフフ。ならもっと騒がしくしてあげようか」


 オウカはユリに向かって意地悪な笑みを向ける。

 そこへようやく若い店員が注文を取りに来た。

「らっしゃいませ~ご注文は?」

 するとオウカは懐から金貨の入ったこぶし大の袋を取り出すと、店員に差し出した。


『今日は僕の、不死鳥の団のオウカのおごりだ! この店だけでなく、ヤゴの街中の冒険者にご馳走してやってくれ!」


 一瞬静まりかえる店内、そして

『うおおおおおぉぉぉ!』

 地響きのように叫ぶ冒険者達。

 ある者は店を飛び出し通りを駆け抜け、大声で街中に知らせると、まだ酔い足りない、騒ぎ足りない冒険者達が滝の山脈亭へと集まってきた。


『不死鳥のオウカ様にかんぱぁ~い!』


 幾度となく繰り返される乾杯の音頭。

 競い合うように酒のジョッキをガブ飲みするオウカと冒険者達。

「店長ぅ~酒が足りないっすよ」

 店員に向かって親父は怒鳴りつける。

「酒屋の親父をたたき起こして樽ごと買ってこい!」


 ショウコは店の前で他の冒険者達と肩を組み脚を振り上げ、ラインダンスのように歌い出すと、他の店の客や店員も集まり歌い踊り出した。

 アルフェンはここぞとばかりに席を立つとオウカに近づき、ドレスをつまんで膝を落とし、ダンスを申し込む。


「謹んでお相手を務めさせていただきます」

 胸に手を当て一礼するオウカに、アルフェンは淑女らしく微笑みで返事をするが内心は

『よおっしゃああぁぁぁぁ!!』

と拳をにぎり雄叫びをあげていた。


 店の中心付近のテーブルは片付けられ、即席のダンス場ができあがると、さっそく二人の枚が始まった。

 冒険者達は昨日今日ヤゴの街にやってきたオウカが、リオンの双子山亭の美人エルフと踊るのはうらやまけしからんとばかりに、オウカに向かってヤジを飛ばしたり指笛を鳴らしたりしていたが、二匹の黒い蝶が舞う姿にやがて息を飲み、無言で見入っていた。

 ナデシコはそんな二人のダンスを、形だけ微笑みながら眺める。


 そしてユリは飲み物を口にしながら、馬鹿騒ぎをするオウカをあきれた顔で眺めながらも口からは純粋な笑みがこぼれる。

 オウカの喜びは彼の部下、そして自分の喜びだと。


 アルフェンとの舞が終わると、オウカは一瞬ナデシコに顔を向ける。

(えっ!?)

 しかし街娘や女性冒険者、果ては娼婦まで滝の山脈亭に集結し、あっという間にオウカを取り囲んでしまった。

 ダンスの舞台は、店の前の石畳の通りへと移動する。


「仕方ないですわね」

 ユリは軽く杖を振ると、油が切れて薄暗くなった街灯の火は眩しいぐらいに燃え盛り、そして店の看板から屋根の上の風見鶏までも、街灯のように輝き始めた。


 魔法の光のもと、一人一人、分け隔てなくダンスの相手をするオウカ。

 いつの間にか通りには吟遊詩人から酒場の楽団員まで集まり、色とりどりの音符が花開く。

 それにつられて、街の人間は互いにパートナーを見つけ、オウカとともに舞う。


 美しいユリに向かって何人もの冒険者や街男がダンスを申し込むが、ナデシコを弾き飛ばした黒い火花で追い払われてしまった。

 ふてくされている男衆にショウコが声をかけると、有無を言わさず彼らの手を握り、ダンスというよりハンマー投げのように振り回すと、あたりから爆笑の渦が沸き起こった。


「いやあぁぁぁ!」


「いやあぁぁぁ!」

 ナデシコもショウコに捕まり、同じくハンマー投げのように振り回されてしまう。

 高速表現のように、ナデシコの体は残像ではなくいくつにも分身し、ショウコを驚かせた。

「へぇ、アンタも【分身】が使えるのか? こりゃヤゴの街に来た甲斐があったぜ」


 両目が×印になり頭頂部から小さいつむじ風を発生させながら、千鳥足でショウコから離れるナデシコ。

 それを男衆がこぞって抱きかかえようとするが、疾風のように駆けるアルフェンが先回りして連れ去った。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。じゃあ次は私と踊る?」

「えっ!?」

 アルフェンと踊るナデシコの姿は、男衆のみならず女性陣の口からも感嘆の息を漏らさせる。


 しかし、そんなナデシコたちをユリだけは別の眼で見ていた。

(あの少女のステップ………オウカ様と似ているわ)


 夜がふけたヤゴの街は、オウカ一人によって昼間の喧騒以上のにぎやかさを取り戻し、このお祭り騒ぎは夜明けまで続くこととなった。


 ― ※ ―

 ナデシコ「次回! 『真実を知っちゃった!』 どうぞお楽しみに!」

 アルフェン「ああっ! うるわしきオウカ様ぁ! このアルフェン、貴方様との一夜の契りを生涯忘れませぬ!」

 ナデシコ「ちなみに、エルフの寿命って何年なんですか?」

 アルフェン「さぁ? 私、百才以上は数える気ないから」

 ナデシコ「生涯忘れないって……物覚えがいいんですね」

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少女漫画の主人公だった私は、『感情具現化スキルS+』の最強受付嬢になって、漫画の「ハリセン突っ込み」「眼がビヨ~ン」「鼻血ブー」「頭に石がガーン」「なんですって(雷ピカ)」を駆使して魔物を倒します! 宇枝一夫 @kazuoueda

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