ら抜き言葉に物申さむとて返り討ちに逢ひたる語。

ペリヱ

ら抜き言葉に物申さむとて返り討ちに逢ひたる語。

 文章作法としてよく嫌われる言葉遣いに、いわゆる「ら抜き言葉」と呼ばれるものがあるかと思います。

 ちなみにこのエッセイの書き手は「ら抜きは文法的におかしいので使わない派」ですが、もしうっかり「やらかして(=ら抜きして)」いましたら、ご指摘いただけますと助かります。


 タイトルに「ら抜き言葉に返り討ち」というようなことを書きましたが、そういう気分になったことを、忘れないうちに同士の方々に広くお知らせしたく、このエッセイを書かせていただくことにしました。


 通信教育で大学に通っていますと、「schoolingスクーリング」というものに参加することがあります。在宅ではなく、大学までわざわざ行った上で、普通の学生さんのように教授と対面で講義を受ける、という授業です。

 その授業の中で、「ら抜き言葉」の話になりました。


 そこで教授が、「ら抜きは間違っているから『正しい言葉』を使っていこうという立場も間違いではないし、ら抜きを積極的に使っていく立場も間違いではない」と言い出したんです。


 これには度肝を抜かれました。


 教授曰く、「ら抜き言葉」は室町時代には既に現れていて、現代はその最終段階にあり、我々は新しい可能動詞の誕生の瞬間に立ち会っているのだそうです。

 ――は? 教授何言ってんの? 意味分からん。

 と思った方、同士です!


 そもそも「ら抜き言葉」をオカシイと思う人というのは、「られる敬語」の発達していない地域の人なんだとか。


「られる敬語」と言われてもピンと来ない方(私含む)のために、「られる敬語」とは何かを一応説明しておきますと、「来る」の尊敬語ならば「来られる」、「見る」の尊敬語ならば「見られる」、つまり「『動詞+られる』で尊敬語となる敬語」のことを意味しているようです。

 ――え? 「来る」ならば「お見えになる」または「お越しになる」、「見る」ならば「ご覧になる」じゃないの?

 と思った方、同士です!


 しかし教授曰く、「お(または、ご)+動詞+なる」という敬語の地域があるように、「動詞+られる」という敬語の地域もあり、そういう「られる敬語」が発達している地域の人にとっては、例えば「来る」の場合、「来られる(尊敬)」と「来れる(可能)」という明確な使い分けが代々なされていて(要は方言化)、そこに「ら抜き」という意識はない、とのこと。ちなみに教授は中国地方出身かつ中国地方と近畿地方を渡り歩いた方で、教授は元より親戚や周囲の方々にとっては「(いわゆる)『ら抜き』が普通」「(いわゆる)『ら抜き』という意識さえもない」とのことでした。東京の大学に進学して、教授に指摘された時も意味不明だった、詳しく説明されて初めて分かった、という状況だったそうで。

 要は、「非ら抜き圏」から見た「ら抜き言葉」は、「ら抜き圏」から見たら長年使ってきた「(新しい)可能動詞」である、という訳です。


 ――ああ、だから「新しい可能動詞の誕生の瞬間に立ち会っている」と言えるのか、と目から鱗の授業でした。


 ただ、その理論で行くと、「ら抜き」で騒いでいるのは、(どちらがマイノリティなのかはさておき)標準語を話す(あるいは話そうとする)人達だけ、ということになってしまうかと思います。

 そして「小説家になろう」や「カクヨム」その他の感想欄で「ら抜き」を指摘する際にも、「非ら抜き圏」と「ら抜き圏」という視点を持っておくことは大切なことなのかも知れません。

 今後「ら抜き」を見つけた時には、「あ、『ら抜き圏』の人が頑張って標準語(っぽいもの)で文章を書いているのかな?」と思って流すとか…。


 まあ、いくら話し言葉、方言の世界で「ら抜き」が市民権を得ているとしても、やはり小説のような「書き言葉」の世界の中で、「標準語(っぽいもの)」を使って文章を書いている場合には、文法も「標準語(っぽいもの)」の法則に従うべきであり、だとしたら「ら抜き」はオカシイ、という気持ちは捨てられない気がしますが。登場人物や地の文が方言だった時にはもちろん、「ら抜き」でも構わないとは思いますけれどもね。

 事実、テレビのバラエティ番組などでもいわゆる「関西弁」を披露する立場の方達は「お前、今日『来れる』んか」とか、「師匠が『来られる』って聞いたからやなあ」とかいうような話し方をしているような気がしますし。



 ところで教授曰く「新しい可能動詞」の完全な定着、完成は、「日本放送協会NHKが普通に使うようになったら」だそうです。今でも時々「ら抜き」が飛び出してしまうことはあるようなのですが、あくまでもフリートークの範囲内であり(しかも抗議の電話があるそうです)、原稿などでも普通に使われるようになったら、完全に定着したと見て間違いない、とのことでした。


 来ますかねえ、そんな日。

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