君は夢か幻

秋雨千尋

君は奇跡だった。優しい天使だった。諦めを覚えかけてた、僕の心に触れた微笑み

 自分の顔面で生きていく気力が無い。

 鈴木が首を吊ろうとした瞬間、いきなり壁に窓が現れて、中から女の子が現れた。


 LEDで作ったのかな?

 というぐらいに、ピカピカに光り輝くレインボーのワンピースを着て、ピンク色の綿アメみたいな髪をツインテールにしてる。

 握り拳大のビッグ・アイは左右で色が違うし、瞳は星の形をしている。


「う、宇宙人?」

「ブブー!未来人でーす!」


 そう言って彼女は、空中に浮かべたパソコンの画面からオレンジ色に輝く剣を取り出して、首吊り用の縄を一刀両断にした。


「なんで自殺の邪魔するの?」

「えーと、未来で流行ってる遊びでーす!」

「ええ・・・」

「うーんと、ワタシ達の世界で自殺なんて死語!豊かな世界で楽しく生きてまーす!だから超珍しくて人気あるんです、自殺巡りツアー」

「悪趣味」

「おじ、コホン。鈴木さん。また来ますね」


 バイバイの仕草は変わらないらしい。

 彼女は窓に飛び込み、空間が一時的に歪み、普通の壁だけが残された。


「また来る、かあ」


 鈴木が風呂場でボンヤリ思い返していたら、鏡に映った顔に絶望した。

 テレビでいじられる芸人なんて可愛いものだ。

 早く世界から消さないと・・・息をしているだけで迷惑になる。

 カミソリを手に取り、手首に当てた瞬間。

 鏡が歪んで、窓に変わった。


「また来ましたよ、キャー!!!」


 彼女は顔を両手で覆い、そっぽを向きながら空中に浮かべたパソコンの画面からアンテナの付いた機械を取り出した。

 アンテナが光り、カミソリが破壊された。


「フッフッフ、金属探知・即・破壊機でーす!」

「何の役に立つんだよ!?」

「地雷の撤去とテロリストの一時無力化」

「未来人は豊かな世界で楽しく生きてるんじゃ?」

「またねー!」


 こっちを見ないようにして、窓に飛び込んで消えた。


 鈴木は日課である不良の嫌がらせ、ホースで水をかけられる刑を経て、お決まりの保健室へ。

 タオルとドライヤーを借りて出ようとした時に、呼び止められた。


「いじめ?それとも、おふざけ?」


 先生の怯えたような目は、後半を言ってくれと懇願していた。分かっている。何も期待などしていない。


「遊びに決まってますよ、アイツら馬鹿なんで」


 屋上に立って、校庭を走る連中と同時に町を見下ろす。この世界には数えきれない人間が居るのに、自分より醜い奴は居ない。

 生まれ直さない限り、地獄は終わらない。


 フェンスを越えた瞬間、空間が歪んで窓が現れ

 ・・・なかった。


 待った事も、周りを見た事も、ガッカリしている事も、ショックだった。

 止めてもらおうなんて、本気で死ぬ気が無いからだ。

 深呼吸をして、スマホの電源を落とす。暗い画面に映るのは、大嫌いな顔。

 目を閉じて、飛び降りた。


 もふもふ、ふわふわ〜。

 一瞬、天国に着いたのかと思った。全身を地面に打ち付ける予定が、綿菓子の海にキャッチされていた。


「ギリギリセーフ!」


 もはや聞き慣れた声で、未来人がはしゃいでいる気配がする。

 鈴木は、ほっとして笑えてきた。


「なんで今回ちょっと遅かったの」

「ワタシのうちにモンスターがいっぱい、倒すの大変だった」

「モンスター?」

「何でもない。バイバーイ」


 帰ろうとする彼女の手を掴んだ。

 何かおかしい。自殺巡りツアーが流行っているなら、他の未来人が来てもいいはずじゃないか。


「未来で何が起きてるの?」

「言えませーん・・・」

「じゃあ予想だけど、テロリストが暴れまわってて、なんとか対抗しようと科学者がモンスターを作っちゃった、とか?」

「きゃー!!!」

「リアルホラー映画じゃん」


 綿菓子まみれの空間で、彼女は観念して語り出す。

 ある年月日、国の政策に不満を持つテロリストが大規模な抗議活動を起こして地獄と化した事。


「ワタシ達、周り敵だらけ。銃で撃たれるか剣で斬られるか、モンスターに食われるか」

「ひどいな」

「タイムスリップ装置も敵の手に落ちて、仲間の犠牲の元に一個だけ取り戻したけど、決まった場所にしか行けない設定だった」

「それが、自殺直前の現場?」

「う、うん」


 妙に歯切れが悪いけど、気にせず続けた。


「テロリストからしたら、自殺しようとする人間は戦力にならないだろうと思ったのかな」

「きっとそう!」

「じゃあさ、その油断を突いてやろうか」


 オレはニヤリと笑った。

 こんなに楽しい気持ちになったのは生まれて初めてだった。


 自殺未遂とタイムスリップを活用して、自衛隊基地に侵入。武器を過去から持ってくる作戦で未来の戦いに突破口を開いていく。

 数日に渡る戦いの日々。

 遂にテロリストのアジトが落ちて、未来は静かになった。


「鈴木さん、ありがとう・・・どれだけ感謝しても、し足りない」

「お礼を言うのはこっちの方だよ」


 鈴木は彼女の手を取り、告げる。


「君のおかげで、自分に自信が持てた。こんなオレでも、生きててもいいんだって思えた」

「嬉しい!」

「オレ、君の事が・・・」

「待って。えーと、これからもその気持ちを忘れないでね、おじいちゃん!」


 告白の言葉は、すさまじい呼称でかき消された。


「お、おじいちゃん・・・?」

「うーんと、そう!ワタシの名前はフランシスカ・エンジェル・鈴木!」

「孫ぉ!?」


 顔の前で手を合わせて、眉を八の字にした彼女は、どんなアイドルにも負けないぐらいに可愛かった。

 そういえば名前を知っていたし、最初に会った日に「おじ」と言いかけた。

 何度も自殺を止めに来て、一緒に戦って、そんな日の積み重ねで、いつのまにか惹かれていた。

 でも、彼女からしたら鈴木は祖父。

 これから歩む道の先に、彼女が生まれて、育っていく。


 居てはいけない人間だと思っていた。

 結婚するって事は、これから出会う誰かに好きになって貰えるという事。


「ははっ、本当に生きていていいんだ」

「じゃあ・・・おじいちゃん、これで最後になるけど、体に気をつけてね」

「分かった、フランシスカもな」

「ありがとう」


 窓に飛び込む瞬間、彼女はぽつりと囁いた。

 聞こえたのが奇跡なほど小さく。


「さようなら・・・」



 未来。

 生き残った僅かな者達が復旧作業に励んでいる。瓦礫に座るフランシスカに、仲間が声をかける。


「あの人の事、諦めたのか」

「その方がいいの」

「あのタイムスリップ装置、“一番好きな人の所に行く”って設定だろ?

 俺たちの憧れのリーダー。今は亡き通称“おじさん”の若い頃に会えたんだ。連れてくるなり、お前が行くなりすれば」

「そんな事をしたら未来が変わる。だからこれでいいの」


 石を蹴った先が、ぐにゃりと歪んで世界を覆っていく。


「タイム・パラドックスだ!伏せろフランシスカ!どんな変化が起きるか分からないぞ」


 目を閉じて歪みに身を任せる。

 揺れが収まり、顔を上げると、長い戦いで瓦礫と化した世界が完全に変わっていた。


 そびえ立つビル群、美しく整備された道路。行き交う人達。

 平和な世界を眩しく見ていると、頭の中に新しい歴史が流れ込んでくる。


 彼女達が戦っていたテロリストは、ある優秀な刑事の手により、最初の事件で被害を最小限にして捕縛。

 科学者はモンスターを生み出さず、生活に便利なものを沢山作り上げた。


「オレの妻と子も、生きている?」


 仲間の一人が走り去る。流れこむ情報が落ち着いた時、近くの壁がぐにゃりと歪み、窓が現れた。

 中から現れたのは、先ほど別れた時より10歳は上の、警官姿の鈴木だった。

 その顔立ちは随分と落ち着いている。


「フランシスカ、この嘘つきめ。窓タイプのタイムスリップ装置の繋がる場所、聞いてたのと全然違うじゃないか」

「どうして・・・」

「あれから勢いで不良を殴り飛ばしたりしたら、妙にモテ始めたんだけどさ。誰と付き合っても長続きしないんだ」


 彼はそう言い、立ち上がれずにいるフランシスカの手を引いて起こす。


「オレの歴史が変わったんじゃないかな。だったら君は消えるはずなのに、こうして存在してる。

 さては孫だってのも嘘なんだろ」


 フランシスカは泣きそうな目をして、フワッと笑う。鈴木はそれが肯定の意であると察した。


「夢か幻だと思おうとした。でも出来なかった。

 あの時は言えなかったことを、今度こそは聞いてくれるか?」


 手を取り、見つめる。あの時よりも強く。



「君の事が好きだ!」



【君は夢か幻】

 完

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