その7


 ――


 街と街を結ぶ細い街道を、一台の馬車が駆け抜ける。砂利道をガタゴトと揺れながら進む、乗り心地などお構いなしという感じに。


 車内には二人の冒険家がいた。その一人、まだ10代なかばの少女は、ため息をつきながら窓の外をぼんやりと見つめている。


 一方、歴戦の勇者バベルは、少女の憂鬱そうな横顔をじっとのぞいていた。


 ――ノーラには、悪いことをしたかな


 自分の無謀な冒険に新米を巻き込んだという自覚はあった。


 とはいえ、彼女は間違いなく必要だった。少々の油断もあっただろうが、危うくゴブリンに殺されかけた。もしもあの時、この少女がいてくれなかったら……そう思うだけで、背筋が凍る。


 ――ノーラを呼んで正解だった。


 いかにバベルであっても、無防備で魔物に突っ込んでいけば、その命が脅かされることもあるというのは容易に想像できた。そして、いくら強くなるためとはいえ、死んでは元も子もない。


 万が一を考えると、念のための退避策が必要だ。できれば帰還魔法がいいが、残念ながら自身では扱うことができない。


 そこで、その魔法が使える冒険家を「保険」として連れていくことにした。しかし、そいつは自分の戦闘を邪魔してはいけない。入り込むことすら出来ないような、ひ弱な存在で、初心者ならなお良い。


 だから、冒険家ギルドでノーラの存在を知った時は、まさにピッタリな奴がいるものだなと驚き、すぐさまパートナーとして誘う手続きを進めた。


 そう。彼にとってのノーラとは、ただの命綱程度の存在であった。


 ――まだまだ、いてくれよ


 思わず不敵な笑みがこぼれるバベル。


 ――さて……


 目をすっと閉じて、昨日の事を思い返してみる。


 まず、武器防具無し、そして魔法禁止というのは、想像した以上に難儀であった。いや、ゴブリンにすら苦戦するとは思ってもいなかった。


 ――やはり、無茶だったんだろうか。


 ただ、いくつか収穫もあった。例えば、その拳は魔物にも十分通用するということ。昨日のあの一撃は、敵を倒すには十分なほどダメージがあった。その感触がしっかりと自身に伝わるという意味では、剣での攻撃よりも効果的なシーンがあるかもしれない。


 もう一つ、たかがゴブリンとはいえ、そいつらは意図を持って行動していることが分かった。これは大きな発見だった。というのも、敵がどう動こうが一撃で決するバベルにとって、相手の行動を読むというのは、長い間忘れ去っていた感覚だからである。おそらく、どんな魔物にも行動の癖があるのだろう。バベルは望んでいた「学び」を一つ得ることが出来た。


 さて、先の戦闘を振り返ってみよう。まず、攻撃をしてきたのはゴブリンからだ。それも次々と順番に。攻撃が当たらないと分かるや、今度は距離を取るようになった。そして、こちらが攻撃した直後に一斉に攻撃をしてきた。


 ――狙っていたな


 そう、あえて攻撃をさせて、生じた隙を見逃さずに狙う。人間でもなかなか出来る芸当じゃないなと、思わず感心してしまう。


 では、どうする。昨日みたいに何も考えず攻撃をしたら、それこそ魔物の思うつぼだ。反撃があることを見越して動く必要がある。


 例えば、攻撃したら速やかにバックステップで離れるというのはどうだろう。なんとなく可能なようにも思う。いや、あの速さを考えると、ギリギリセーフか、ギリギリアウトか……


 では、反撃するのをためらうような状態を作り出すというのはどうだろう。例えば、混乱に乗じて攻撃するとか。いや、どうすれば混乱させることができるのか。または、ゴブリンたちの動きをバラバラにするとか。しかし、あの統率の取れた動きが本能によるものならば、なかなか難しいかもしれない……


「ううむ……」


 まったく考えがまとまらないバベルは、気分を変えようと腕を上げて背筋を伸ばしてみる。すると、思わずあくびが出そうになる。口に手をあててそれを隠すと、ノーラと目が合った。彼女は怪訝そうにこちらを見ている。


「ねえ、ちょっと」

「うん? どうした?」

「あのゴブリンたちに出会ったらどうするの? また待ち伏せしているかもだよ。今度こそ、やられちゃうよ」

「いや、今度は大丈夫だ」


 ――大丈夫かなんて分からないけどな


「本当? 何か策があるとか?」

「ああ、その通りだ、対策がある」


 ――対策か、何も思いつかないな


「本当に本当?」

「本当に本当だ。俺をだれだと思っているんだ。任せておけ」


 ――そうだ、俺は勇者バベルだ。どんな状況でも切り抜けてきたんだ


「むぅぅ……」


 ノーラは口をとがらせて顔をそむけた。まったく納得していないのが見て取れる。


 正直、彼女の言う通りだと思った。策があるのかというと、無いのが本音だ。大丈夫かというと、そんなことは全然ない。けれど「任せておけ」というのは本心から出た言葉だ。


 ――そうだ、俺はいつだって戦いながら道を切り拓いてきた


 それは自分自身に言い聞かせているかのようだった。


 ――これ以上の情報が無い今、あれやこれやと悩んでもキリがない。なら、考えるよりも戦って理解しよう。ダメでもともと。いや、ダメでも


 ちらりとノーラを見る。


 ――こいつがいるからな


 バベルは腕を組んで、そっと目を閉じた。

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