40.Run

俺たちは留置所の廊下を、脱出のために俺を先頭にがむしゃらに走り回っていた。地図がないので仕方ない。


途中何度か警備の方々は出てきたが、レベルを上げていたお陰か拳で倒せている。


「もう俺1人で全部やってる」


後ろを見ると、サッと目を逸らして颯爽と走って付いてくるタルトとナイトの姿があった。


ナイトなんて目を逸らして口笛を吹いている。


「あ、その歌知ってる」

『お、本当か』

「Lemoon(レモーン)だろ?」

『私も。年末の緑紫歌合戦で見た』


タルトも知っているようだ。因みに緑紫歌合戦とは、年末に毎年恒例でやっている緑チームvs紫チームで歌合戦をやっているNNKの大きな番組だ。


チームカラーがおどろおどろしいので早く色を変えてくれと、毎年批判されている。加えて、ンーク(NNK)という呼称も呼びにくいと批判されている。


『ンークと言えば、ンークをぶっ壊す党とかあるよな。俺はあれ賛成なんだ』

「俺は反対かな」

『鈴木は反対なのか』

「うん」


長い通路を走っていたその時、タルトが叫んだ。


『鈴木しゃがんで!』


「え?」

『いいから直ぐ!』


「少し屈めばいいのか?」

『急いで!』


「うん、わかった」

『早く!』


「へい」


走りながら屈んだその刹那、ドガっという鈍い音と共に左の壁が破壊され俺を狙ったであろう一本の槍が頭上を突き抜けた。その槍は何か禍々しいオーラを纏っている。


「っ!!」


タルトの注意のお陰でギリギリ避けることが出来た俺は、足を止めて2人の方へと数歩後ろに下がる。


『よく、避けたな』


破壊された左の壁から人影。鎧に全身を包んだ強そうな男の兵士が現れた。先程までの兵士とは、雰囲気が違う。


身長と声で気づいたが、恐らくこいつは檻に俺たちを連行したあの兵士だ。


『手荒な真似はしたくなかったが、逃げようとするならやむを得ん』


「会議の時も言ったけど、早く帰らないと俺たちは死んでしまうんだ」


『もう少し大人しくしていれば、解放したものを』


『俺たちを無理やり捕まえた奴らの言うことを信用しろとでも言うのか!?手荒な真似ならもう十分されたが』


「え、もう少しで解放したの・・・それ先言ってくれよ・・・」


『あの程度で手荒だと?…手荒な真似とは、こういうことを言うのだ!』


兵士はナイトに向かって先程の槍を思い切り投擲した。


ナイトが貫かれたらやばいので、俺は咄嗟にナイトを守るように両手を


「くっ怖い!」


ふむ、出せなかった。


『また、避けるか』


振り返って後ろを見ると、タルトがナイトを咄嗟に横に引っ張って間一髪で避けたようだ。


再び前に視線を向けると、奴の手から半透明の鎖が、槍と繋がっている事に気が付く。奴が鎖を引っ張ると、槍は手元へと戻った。


なるほど、回収出来るから躊躇なく投擲できたのか。


「いいのか?俺たちを殺して」


敵側の目的を探る。


『そんな事はどうでもいい。お前たちのせいで私は更に恥をかいたのだ!先程あの局長をお手洗いに連れて行ったら、清掃中で入れなかったので更に怒られたのだ!許せーん』


その時、タルトが静かに呟く。


『2人とも壁に寄って!』


ナイトは咄嗟に壁側に寄る。


「ん、壁に寄ればいいのか?」

『急いで鈴木!』


「ああ、わかった」


俺も半歩壁側に寄る。


直後俺たちの間を、通路の中心を風を切る音とともに突風が駆け抜けた。


そこに遅れて半透明の鎖が現れた。


これは…奴の槍の投擲だ。動作が速すぎて見えなかった。タルトの指示がなければ、俺とナイトはやられていただろう。


槍は再び奴の手元へと戻っていった。


ところで、このフルダイブ型VRゲームには素早さというステータスがない。あくまでこのゲームでの素早さとは、他のステータス上昇による副産物となっている。プレイヤーの思考速度を、人工的に加速させる事はできないからだ。


それなのにこんな素早い敵が出てくるなんて、ゲームバランスが崩壊している。どうやって倒すのこれ。


俺は当たっても死なない筈だが、2人は当たったらマジで死ぬかもしれないので気が気じゃないだろう。俺だったら発狂してるに違いない。


『ぬう、もうしてこれが避けれるか』


確かに、避けれたのは全てタルトの指示だ。…タルトは、何が見えているのだろう。

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