39.共闘

兵士はひたすら平謝りしながら、お爺さんと何処かへ去っていった。



・・・



それから、プレイヤーである俺たちはこの状況について地べたに座って話し合った。


俺こと凪は偽名で鈴木を名乗った。とても紛らわしい。男の方はナイト、女の方はタルトというユーザー名らしい。


「…という訳で、俺たちは1秒でも早くゲームの世界から脱出しなければならない」


俺はウィンドウの反応しないログアウトボタンを何度もタップしながらそう言った。


ウィンドウが壊れている可能性もあれば、このフィールドに阻害する何かがある可能性もある。先ずは脱出してここから離れるという意見で一致した。


焦っている俺とは対照的に、タルトは静かな表情で反応しなくなったウィンドウを眺めながら答える。


『自動ログアウトが機能してればいいけど、もうその保証もない。3、4日水飲まないと危険…』


「どうなる?」


『脱水症状。私たち、干からびて死ぬ。キノコみたいに』


「うわ、それは嫌だな」


俺はキノコがあまり好きじゃない。俺たちのタイムリミットは約72時間…いや、この時点で既に結構時間が経っている気がする。余裕を持って、あと2日くらいか。


一方、今の会話を聞いていたナイトは、座ったまま長い前髪の裏で何やら考え事をしているようだった。


『だが一体どうする気だ?』


「俺たちには、戦う力がある。武器に魔法、そしてスキルも」


俺が毒針と呟くと、指の先に表示された小さな魔法陣に対して浮かぶように魔力の針が現れる。


「どうやら既に習得した魔法″だけ″は、問題なく使えるらしい。…アイテムボックスは使えないけど」


俺は立ち上がって続ける。


「敵は倒して脱出すればいい」


脱出したからと言って助かる保証はないが、捕まったままでは何も進展しない。何より始まりの町に帰れれば、助けを求められる。


「ナイト、タルト、職業とレベルは?」


『私は風と水の魔法使い。レベルは3』


サポートタイプの初心者か。


「俺はなんかすごいタンク、レベル15。ナイトは?」


『あー、名前の通り戦士で、レベル8だ。武器があれば戦えるが、アイテムボックスが壊れてて出せないから戦力にはなれないな』


そう言ってナイトは、やれやれという風に両手を挙げる素ぶりを見せた。


「じゃあ作戦を立てるか。タイムリミットは約2日だ」


『いや待てよく考えてみろ。今は真夏だ。ワールドゲームにログインする前、部屋の冷房をつけてない愚か者は、更に時間がないぜ』


「何だって!?」


・・・部屋の・・・れいぼう?


「エアコンつけてない奴は挙手」


俺はそう言いながら手を挙げた。続いてタルトも手を挙げる。


『…私も』


ナイトを見ると、彼もまた悔しそうな顔で手を挙げていた。


『はは、やべーな』


「急いで脱出プランを練ろう。ディスカッションの時間だ」




・・・




廊下の先から剣を持った一人の兵士が走ってくる。


「タルトさん!早く!撃って!」


『む、無理…!』


「くっ!」


咄嗟に2人の前に出た俺に向かって、兵士は剣をヒュンッと風を切るように振り降ろす。


躊躇のない攻撃、それほど逃走は許せないという事だろう。


その割に、今のところ警備は薄い。


俺の右腕を切り落とそうと刃が迫る。


腕を斬られる恐怖はある。だが俺はその恐怖を無視して、兵士を殴りつけるための拳を作って力を込める。


『鈴木!危ねえ!』


兵士の剣が俺の腕を一刀両断した…かのように思えた。しかし無傷だ。接触した刃は、腕の表面でチデジジジッと音を立て、俺の右の長袖を半袖にしただけだった。


「言っただろ。斬れないって」


俺はそのまま拳で思い切り兵士を殴りつけると、兵士は吹っ飛んで倒れた。


勿論現実じゃこんな馬鹿力はない。ステータス補正、攻撃力のお陰だ。


『あ、あぁ、そうだったな。鈴木凄いな、どうなってんだお前の腕。それに比べて』


『ごめんなさい…』


タルトはバツが悪そうに言った。風と水を操れる筈のタルトは、あれから一切攻撃出来ていなかったからだ。


『何やってんだか』


武器がないから戦えないとか言って自称戦力外のくせに、ナイトは溜息をついてボヤいた。


『ごめん…』


彼女が攻撃できない理由は何なんだ?


「どうして攻撃出来ないんだ?」


『わからない。風の魔法も水の魔法も、全然発動しないの』


「いつから?原因に心当たりは?」


『原因はわからないけど、まだ一回も発動した事ないわ』


一回も…?


「タルトさん。もしかして、生き物を攻撃する事に抵抗があったりする?」


『えっ』


「生き物を殺す事に抵抗があって、無意識の内に攻撃魔法の発動を止めてるって可能性は、ない?」


『…あるかもしれない』


『おいおい本気でやってくれよ。今は俺たちの命がかかってるんだ』


『そんな事分かってる。本気でやってない訳じゃないの』


このVRゲームはかなりリアルに作られている。タルトの感覚の方が正常なのかもしれないが、この状況で躊躇われていては困る。


『私だって魔法を発動したいの。こんな事ならカゼミズ士じゃなくて、戦士とかにすれば良かったわ。戦士なら心が拒んでも剣さえ振れば戦力になれたのに』


彼女も彼女なりに悩んでいるようだ。確かにカゼミズ士ではなく戦士だったら…ん?カゼミズ士?


・・・・・


「カゼミズ士?」


『そうなの。吹く風に、普通の水で、カゼミズ士よ』


「あの、多分それカゼミズ士じゃなくて、ふうすい士だ」


『風水士?』


「中国発祥の気みたいなやつで、なんか家具の位置とかで運が良くなったりするやつだ」


このゲームでは確か、極めて不遇な戦闘向きでない職業だった気がする。


『えっ、これ魔法使いじゃないの?』


「ああ。風も水も出せない」


『・・・』

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