1章4話 適性検査で、ゴスペルを――(2)



「ロイ、就学前教育、受けてみない?」


 彼女の言うそれとはロイの元いた世界で言う幼稚園みたいな施設である。

 この世界の新年度はサファイアの月、ロイの前世の9月に相当する月から始まるために、カミラもこの時期に訊いたのだろう。


「申し込みとか、入学試験とか、そういうモノの心配は……」

「大丈夫よ。王都や他の王国では待機児童問題があるって聞くけれど、少なくともここら辺は、来る者を拒まず、やむを得ない事情で去る者は追わず、けれどもできるだけ去らなくてもいいように支援する、っていうスタンスだから」


「お金の心配は……」

「ロイは子どもだから、まだ王国の制度とかわからないよね? 大丈夫よ? 国がお金を出してくれるから。それに――」


「? それに?」

「そこに行けば、魔術の適性検査だって受けられるし、本当に簡単なヤツだけど、魔術のお時間だってあるわ」


 それを聞いて、思わずロイは目をパチパチと瞬きさせる。


 ――魔術。

 彼がこの世界に転生して、最も習いたかったモノの一つ。

 それの適性検査を受けることができて、入学すれば魔術の時間もあるという。


 入れるのならばぜひとも入りたい。

 ゆえにロイが答えを出すのに、悩むような時間は必要なかった。


「ボク、そこに入りたい!」

「決まりね。マリアも前に通っていたから、同じところでいいわよね?」

「はい!」


 ちなみに、マリアは今、就学前教育機関を卒業して、初等教育機関に通っている。

 とはいえマリアは今10歳で5学年次なので、あと1年でそこを卒業してしまうが。この世界の初等教育は、5~11歳までが対象なのだ。


 そうしておおよそ2ヶ月後。

 ロイは就学前教育機関に入園した。



Versammle集え、, Element魔術 der Magie源よ. Zeige形を dich成し und遥か besiege遠くの entfernte敵を Feinde討て. 【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲル!」



「ロイくん、すごい!」

「もう魔術できてる!」

「できないから教えて~!」


 ロイは圧倒的な読み込みの速さで、誰よりも早く魔術をキャストできるようになった。


 しかもそれだけではない。

 彼は【魔弾】程度なら、言葉を使わず脳内で詠唱して魔術を発動させる詠唱零砕、そして予め詠唱しておいた魔術を時間差で発動させる詠唱追憶さえ、勉強初日で覚えてみせる。


 が、意外なことに――、

 返ってきたロイの魔術適性の結果は――、


 無属性魔術適性:4


 焔属性魔術適性:2

 雷属性魔術適性:3

 風属性魔術適性:4

 水属性魔術適性:3

 土属性魔術適性:2


 光属性魔術適性:5

 闇属性魔術適性:0

 時属性魔術適性:1

 空属性魔術適性:1


 ――という中の下~中の中あたりの適性だった(最高数値は全属性、各々10とされている)。


 言わずもがな、この世界では血液を採取して、それを精密機械にかけて検査する、ということはできない。

 しかしながら、この検査を担当したのは『魔術の適性を検査する魔術』を使える、そういう類の資格を持った魔術師だ。この結果に偽りはない。


 流石に天才と言われている子どもでも、この魔術の適性だと、魔術師に向いているとはあまり言えない。両親は2人ともほんの少し落ち込んだ。

 だが、そもそもこの世界の住人の全員が、戦闘で役に立つレベルの魔術を使えるかと言えば、そうでもない。


 適性がない場合はもちろん、適性があって努力もしたのに使えない魔術がある、ということも割とある。

 ロイの場合、魔術の適性がなくても、騎士や、頭の良さを活かして教育機関の先生にだってなれるかもしれない。


 それに魔術の適性が低いからといって、(闇属性の魔術以外)ゼロというわけではないのだ。これぐらいならば、日常生活を多少過ごしやすくする程度の魔術なら使えるだろう。

 魔術適性の検査結果を見て、まぁ、今までが素晴らしすぎただけで、普通はこのぐらい、と、どこか納得したようなロイの両親。


 そんな彼らは、数日後、ロイの一言で仰天することになる。


(魔術の適性は残念だったけど、ボクにはまだ剣術が残っている。だったらそっちを頑張ればいい! 魔術とは違って、剣なら最悪、持てる、振れる、斬れるの3つができれば大丈夫なんだし! うんっ、頑張ろう! それに魔術だって、適性が残念なだけで、全く使えないわけじゃない。異世界に旅行に来て体験魔術講座で魔術を使えた~、ぐらいの気持ちで楽しめばいいじゃないか!)


 が、


(そういえば……、魔術の適性はわかったけど、ついでだからゴスペル、ボクの場合は〈世界樹に響く車輪幻想曲〉も検査しておくべきなのかな? まぁ、母さんと父さんに頼む形になるんだけど)


 そう思い立ったロイは、両親にゴスペルの検査を受けたいと話す。


「お母さん、お父さん、ボク、ゴスペルの検査を受けたいんだけど……」

「ゴスペルかぁ……。憧れるのもわかるけど、アレは魔術の適性以上に希少価値が高いモノだぞ?」


「そうよ~。ファンタジア教とか、竜の聖書教とか、そういう宗教の神様じゃなくて、もっと……、こう……、大いなる世界の意思とか、集合無意識とか、アカシックレコードとか、万象の真理とか、宇宙の根源とか、そういうふうに呼ばれているナニカと、生まれる前に、赤ちゃんがお母さんのおなかにいる時に会わないとゴスペルは手に入らないって、昔から言い伝えられていて……」

「会ったとことあるよ? ボクがお母さんのおなかにいる時でしょ?」


 厳密に言うと、確かに生まれる前に神様の女の子と出会ったことは間違いない。が、正しくは母親であるカミラのおなかの中にいる時ではなく、前世から転生する時、手続きの時間に出会ったのだ

 しかしそのようなことを伝えても、余計に両親が混乱するだけだと察したので、ロイはそのことは黙っておくことに。


「ハっ!?」

「えっ!? あ、ああ、あなた!」

「わ、わわわ、わかっている! この子がデタラメを言うとは思えない! 今すぐ検査の申し込みをするぞ!」


 そして数日後、また検査を受けて、魔術の適性の結果が返ってくるよりも数日多く日にちを要して、ゴスペルの結果が返ってきた。


 その結果を待ちわびていたのはロイと、マリアと、2人の両親だけではない。

 村人全員が、自分たちが天才と呼んでいた子どもが、実はゴスペルホルダーかもしれないという期待に、身を焦がしていた。熱に浮かされていると言っても過言ではない。


 で、結果は――、




【 ロイ・モルゲンロート 殿


  貴殿がゴスペルホルダーであることを、

  国王、アルバート・グーテランド・ゴルデンレヒトの名の下に、

  正式に認定する。


  ゴスペル名:〈世界樹に響く車輪幻想曲〉

  レアリティ:EX                】




 それをロイ本人が読み上げ終えた瞬間、村中で歓声が上がった。

 ロイの家に集まっていた彼に初恋を捧げた女の子たち、マリアの同級生、両親と仲がいいご近所さんはもちろん、最初はロイの家の前にいなかった人たちも、歓声を聞いて居ても立ってもいられなくなり、彼の家の前に集合して、まさしくお祭りのような雰囲気に包まれる。


 だが――、

 実は――、

 この日の出来事は、まだロイが最強に至る物語のプロローグ、その第1段階にしか過ぎなかった。


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