1章3話 適性検査で、ゴスペルを――(1)



 月日が流れて、ロイは3歳になった。


 天才。

 ロイが住んでいる村にて、彼に対してよく使われる評価で、誰もが認める事実だった。


 就学前教育を受ける前に(ロイの前世で言うところの幼稚園に入る前に)足し算、引き算は無論のこと、掛け算や割り算までもを大人の前で解いてみせて、一時期、彼の家の近所ではその話題で持ちきりになった。

 この時点で、近所の女の子からは――、


「ロイくん、すご~い!」

「わたし将来ロイくんのお嫁さんになる~っ♡」


 ――と、言われることに。

 しかしロイの精神年齢は3歳を優に超えているので――、


(いやいやいやいや! 合計年齢18歳が、四則演算で3歳の女児を相手に憧れられて告白されるなんて、いくらなんでも見栄えが悪すぎるよ!)


 ――幼い女の子に褒められても照れることはなかった。

 というより、あくまでも本人の考え方ではあるが、一瞬でも照れたらアウトらしかった。


 しかし、どのような事情があれ好意を向けられているのだ。嫌と認識するわけがないし、無碍むげに扱うのも、それはそれで傲慢だ。

 結果、素直に「ありがとう」「嬉しいよ」とはにかんで、いつも相手を傷付けないようにロイはやんわり受け流し続ける。が、その大人っぽい好青年みたいなところが、ますます女の子から初恋を捧げられる要因になるというのに……。


 それはさて置き、ロイは前世ではあまりにも恵まれない可哀想な少年だった。

 ゆえに、彼は思う――(誰にも迷惑をかけていないなら、前世の知識を使って、子どものうちに天才と呼ばれるように頑張ろう! デメリットもないと思うし!) と。


 となれば当然、3歳の時点で四則演算ができるぐらいで満足してはダメだ。

 この世界ではパソコンはもちろん、印刷コピー機なんて物は存在しない。けれども活版かっぱん印刷の技術は存在していたので、本は高値ではあるものの普通に流通していた。


 ロイは適当に家にあった父親の本を10冊程度読み、この世界の知識を蓄えるついでに、「この本、読み終わったよ?」と母親のカミラに言ってみた。

 3日後にはそのことが村中に広まり、ますます彼の天才っぷりが称賛されるようになる。


「ロイくん~、お姉ちゃんがクッキーあげるよ~? ハイ、あ~ん♡」

「あっ、ずる~い! ワタシもロイくんにあ~んしたかった!」


「チャーリーちゃんだって、ロイくんのことをお膝に乗せて、後ろから抱きしめて、いい子いい子しているもん! お相子だよ!」

「も~! 弟くんの本当のお姉ちゃんはわたしだけなんですからね~!?」


 しかし、これはロイにとっても誤算である。

 まさか自分よりも少し年上、5~8歳程度の女の子たちが、3歳なのにわたしたちの会話についてこられて、3歳だからこそ小さくて可愛い! といった具合に、ロイのことを大層気に入って、自分のことを『みんなの弟くん』として扱うとは……。


 恐らく、本物の姉のマリアもそうだったことから、この世界、この村の価値観だと、このぐらいの女の子は弟という存在に憧れを抱いているのだろうか、と、ロイは推測した。

 まして彼は天才と呼ばれていて、さらに手のかからない子として有名である。弟役としては丁度いい。


 だがやはり、誤算があったからと言って、この程度で満足してはダメだ。

 次にロイは、ある程度身体を動かせるようになったので、体力をつけようと考える。


(家にあった本や、大人の会話をこっそり聞いてわかったけど、この世界には魔術があるし、魔術を悪用する魔王なんて存在も本当にいるらしい。で、その魔王の部下の、さらに下僕の、さらに支配下に置かれている魔物ってヤツらもいるらしいけど、幸いにもこの村の奥の森にはいないらしい)


 ならば――、


(見知らぬ森に入るのは危険なことだけど、確か東西を横切る形で道が整備されていたはずだよね? とりあえず、そこを走って体力をつけよう。あと、家に帰ったら生卵かな? 生で卵を食べる習慣があるのかはわからないけど)


 そしてロイは体力をつけるためにランニングを始めるのだったが、ある日、村の子供たちで徒競走をした際に、彼は当たり前のように1位になってしまった。

 参加した子供たちの年齢の幅は、3~5歳。最初は歩幅が広い年上の子供たちにリードを広げられたが、その子たちは歩幅があってもスタミナがなかった。最終的にはギリギリで優勝という形になったが、ロイは子供にしては凄まじい体力、つまり持久力で年上の子供たちを負かすことに。


「ロイくん! ちゅっ♡」

「あ~、ずる~い! わたしもロイくんにキスする~っ♡」

「は~い、ロイくん、ちゅ~♡」


 勉学だけではなくて運動もできるということで、ロイはますます村の女の子たちから好かれるようになった。

 しかしロイは、本当はこの子たちよりも大人だから、などという精神的な理由と、身体は子供だからまだ性欲が湧かないから、などという身体的な理由の、2つの理由によって、女の子たちのアピールを「お姉さん、ありがと」と爽やかな微笑みで受け流した。


 が、これもやはり前述の出来事と同じように、他のガキっぽい男子と違う! 一緒にいて落ち着くのにドキドキするのは彼だけ! と、ますます女の子に惚れられるようになる原因になってしまうのだが……。

 で、村の女の子からの好感度がマックスになると、色々なイベントが発生する。具体的には――、


 ある日、ロイがランニングから帰る途中に、同い年の村の女の子2人と偶然出会うと「お家に帰るまで、お手々つなご~?」「わたしもロイくんのお手々つなぐ~♪」という展開になり、まさしく両手に花の状態で帰宅したこともあるし。


 また別のある日には、5人の女の子に同時に告白されたこともあるし。


 さらに別のある日には、複数人の女の子の親が、ロイの両親に「うちの娘を許嫁にしてください!」「いえいえ、よろしければぜひうちの娘を許嫁に!」「許嫁ならぜひうちの娘を!」とお願いしに来たことまであった。


 けれども実のところ、ロイは毎日、森の道をランニングすることで、徐々にゴスペル、つまり〈世界樹に響く車輪幻想曲〉が覚醒しつつあって、努力することが楽しくて楽しくて仕方がなくなっていた。


(女の子たちには申し訳ないけど、恋愛をするならボクが不登校で行けなかった中学校に入ってからかな? あの子たちはまだ本物の恋愛感情を知らないと思うし、正直、ボクは今、恋愛よりも自分を成長させて強くなりたいんだ。思う存分、身体を動かしたいんだ。まぁ、この世界に学校はあっても、『中学校』っていう言葉はないだろうけど……)


 というわけで、ロイはますます自分を、例の神様の女の子に言われた『最強』に近付けるために、努力の日々、身体を動かす毎日に明け暮れた。


 この世界のことをより多く、より正確に知るために本を読み――、

 いつか最強に至るために、ランニングに勤しみ――、


 いつしか勉学の面でいったらその辺の大人と同じぐらいになり――、

 いつしかまだ3歳なのに、ほんの数回だが腕立て伏せと腹筋もできるようになり――、


 間違いなく、天才という評価に相応しい子供に成長していった。


 と、そのような日々を送っているうちに、月日はルビーの月(新しい年が始まって7番目の月であるため、前世で言うところの7月に相当する月)がやって来た。

 父のジュリアスが畑で農業をしている間に、ロイはカミラに呼び出されて、1つの話を聞かされる。


「ロイ、就学前教育、受けてみない?」


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