正義のヒーローでいたかった

白野 音

Hi

 他人を見たら何を考えてるんだろうと毎日のように思う。もちろん他人だけじゃなく海月なんかも。だから前の席に座っている人がよく飲んでいる飲み物を飲んでみた。こんな味だったんだ、この人が飲んでいるの炭酸飲料は。おいしくなかった。寂しい味がした。

 炭酸飲料が嫌いなわけではない。むしろ好きな部類なのにだ。缶の裏をみると安息なんとかってかっこつづけでかかれていた。安息と。

 毎日がいやだ。生きるのがいやなわけではない。生きるのは確かにつらいけど、我慢すればいい話。そんなに簡単でもないけれど。


 最近ますます自分が、そして他人が分からなくなってきたと感じる。なんで図書室にいるあの子は本を読むのだろう。なんで授業は6時間目まであるのだろう。なんで先生は先生なのだろう。なんで目の前の彼は生きているんだろう。そんなことばかり考える。

 一言でまとめれば自分一人じゃ答えの出ることのないどうでもいいことだろう。ただそれはある意味趣味のようなものでそれが楽しくなかったかと言えばそうではないのかもしれない。でもこんなことを考える俺は嫌いだった。

 テレビでは社会の黒さをよく目にするようになった。メディアの情報や人の言の葉、事実ではないかもしれないが。ただそういうのを見るとイライラしてたまらない。俺は正義が好きなのだ。


 俺は俺自身が正義のヒーローでなければいけないと思っている。ルールが間違っているならルールを正す。どんなに敵がいようとも俺は成し遂げる。そんな意気込みで生きてきた。こじらせてるってのも分かってるつもりだ。


 しかし正義ってなんだ?正しいってなんだ?ホントかどうかも分からないでっち上げられたスキャンダルを叩くことか?助けてくれた人をさもその人が仕組んだ犯人かのように毛嫌いすることか?不随になった恋人を必死に庇ってる人をいじめることか?

 考えてみた。おかしいな。じゃあ俺が正義だって言ってたのはなんだったんだ?


 答えはもう既に出ていた。ただ認めたくなかった。だってそれを認めてしまえば俺にはなにもなくなってしまう。

 「自分の個性を忘れないこと。他のみんなと同じようにね。」

 なんて皮肉な言葉なんだろう。今の俺自身に嫌というほど突き刺さる。


 でっち上げられたスキャンダル。それは自分の嫌いな芸人だった。不倫かと言われ週間の冊子に写真つきで大きく書かれていた。本当はその芸人の妹で久しぶりに会ったから色々と一緒に買い物をしてるというだけだった。

 助けてくれた人が本当は裏で手を引いて遊んでる、なぜなら壊れたら面白くないからだと友人に聞かされ助けてくれた人を嫌っている人がいた。その友達が犯人とも知らず本人はその事を大声で叫ぶ。この人がやったんだと。

 遊んでいたら事故が起こり女子高生が全身不随になった。近くにいた彼はなんで助けられなかったんだとマスコミに叩かれていた。ただの事故なのにさも彼が悪いと言うように取り上げた。そして精神の病んだ彼は彼女の最期を看取り彼女の後を追った。


 俺は週刊誌を事実だと思い芸人を叩いた。俺は叫んでる人が真実を話してると思い、本当に助けた人を侮蔑した。マスコミの行ってることを事実だと捉え全身不随にした男を叩いた。

 

 全部それらは間違っていたというのに。


 人自体が悪なのだという性悪説もある。じゃあどうすれば善性の人間になれるんだ。正義とはなんだったんだ。


 自分の正義なんてものは自己中心的考えでしかなかった。考え直してみて嫌というほど突き付けられた。認めたくなかったが認めるしかなかった。


 俺から正義がなくなった。


 それは俺から個性がなくなった知らせのようなものだった。自分は他人の言うことを鵜呑みにして本当の悪に加勢していたんだ。ずっと正義のヒーローでいたかったのに。

 民主主義の多数意見が間違っているとき、それは悪になるのだ。たとえ善良な市民だとしても。


 だからもういいや。正義のヒーローじゃなかったのなら、悪の一端だったのなら。もう。


 でも最期の最後は正義のヒーローでいたいなと思った。やっぱりそれだけは諦められなかった。だから俺は最期の言葉をSNSに書いた。


 [Hi、元気かい。善良な人類のみんな。善い行いをしたと思い込んでる善良な人類のみんな。

「自分の個性を忘れないこと。他のみんなと同じようにね。」]

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