第2話 ゼロオーダー

「――――視覚以外のモノも視えているでしょう?」


 リリーナの言葉は何かしらの確信があるような言い回しである。

 先ほどまでの気の良い様子から真実を見極める魔術師として、質問しているようだった。


「分からない色があるけど……傷のある眼を閉じて見れば識別は出来るし、特に支障のあるレベルじゃない」


 ジンの回答にリリーナは少し考えてから納得したように、ごめんね、と謝った。


「ジンの魔力が少しだけ変だったから傷のある眼が何かしらの能力を持っているのかと思ったの。ちなみに完全な興味本位」

「期待にそえられなくて悪かったです」


 そう言えばジェシカもオレの魔力を感知するときに妙な感じだと言っていた。

 ナタリアは“相剋”を得た故の変化だと言っていたが、ジェシカの髪色が変色したように過度な変化による資質の改変は成長期であれば珍しい事ではないとの事。


「あんた達は色々ありそうだからね。今すぐって言うのは難しいと思うけど、気が向いたら色々と話を聞かせてね。後、敬語は止めて良いわよ」

「わかったよ」


 そう言いつつジンは紅茶を啜る。しかし、予想以上に甘すぎる味に眉をひそめた。


「甘すぎた?」

「甘いのは嫌い……」






 太陽が沈み月が夜空に煌々と光る。

 街には光と影が明確に分かれる程に薄暗くなり、いくら城壁に護られていると言えど夜の街中を出歩くのは危険だろう。


 街の住人は食事を終えてから特に用が無ければすぐに寝静まる。ランプのオイルなどの起きている事による資材の消費が惜しいからこそ、明日に備えて早々に眠りにつくのだ。


 通りにある細工店も周囲に合わせて必要以上の灯りはつけずに、移動用のランタン以外には消灯する。

 しかし比較的、外に影響のない地下の作業場は部屋全体が光源球体で明るく照らされており、天井の近い位置にある窓は換気のためにレバーで開閉できるようになっている。


「どうでしょうか?」


 夕食を終えたフォルドは、ジンに細工師としての指導を行い、彼が魔法陣を彫った魔力結晶を確認していた。

 隣に魔法陣の写本を置いての作業で少し時間はかかったものの、その出来高は十分すぎる代物である。


「フッ。こうも覚えが良いとワシも教えがいがある」


 フォルドは作業用の片眼鏡を外して、“魔道具”となった魔力結晶に意識を向ける。すると前髪を撫でる程度の風が起こった。


「詳細な加減も出来る。正確に刻まれている証だ」

「ですが、結構な量の魔力結晶を無駄にしました」

「品質の悪い魔力結晶をタダ同然で貰っているから気にするな」


 細工師の腕前は、魔力結晶の品質に左右されずに実用的なモノにすることが出来るかどうかで大きく変わってくる。

 更に魔力結晶は品質によって硬度が変わってくるため、これまでの過程であらゆる材質を刻んできた経験から近いモノを察し、それに合わせて刻印する感性も必要になるのだ。


 本来なら、その感性を養うには基礎と経験をひたすら積み上げるのが一般的なのだが、ジンは僅か十数個の魔力結晶で他が10年を必要とする研鑽を超えて来た。


「ジン。お前の細工師としての才能は飛びぬけているな。久しぶりにワシも火がつきそうだ」


 長い間、多くから称賛された技術を持つフォルドにとって、ジンの天才的な才能は停滞していた己の技術が動き出しそうだと思えるほどに気味の良いモノだった。

 フォルドの言葉にジンも嬉しくなり、自然と笑みが浮かぶ。


「明日は同行してもらう所があるから今日はもう休め」

「どこへ?」

「領主の所だ。ここで細工師としてやっていくなら顔を合わせておいた方が良いだろう」


 領主との顔合わせはフォルドとしての気遣いである。しかし、ジンとしては少し思う所があった。






 ジンは二階にある用意された部屋に入った。通りに面した窓と、部屋の両脇に寄せられた足の高い二つのベッドは下に机が置かれており、それも二人に当てられたものだった。


「仕事は終わったの?」


 机の上に光を絞ったランプを置き、紙に何か書いているレンは入って来た兄に声だけを向ける。


「まだ仕事は任せられない。ただの技術確認ってところだ」

「ゼロオーダーってヤツだ」

「お前……どこからそんな言葉を覚えて来るんだ? 初めて聞いたぞ」

「兄さんの考え方が硬すぎるんじゃない?」

「オレの前以外でその言葉を使うなよ。傍から見ればただのアホだからや」


 ジンは机の上に自身の“刻針”と火を消したランプを置く。そしてベッドに登ると横になった。


「もう寝るの?」

「ああ。少し疲れた」


 魔力結晶に“刻針”を入れる行為がこんなにも神経を削るとは思わなかった。しかし、ソレを上回る楽しさを知った事で少しだけ高揚もしている。


「お前は何してんだ?」

「んー、明日買い出しに行こうと思って色々と材料をメモしてる」


 レンの役割は店での雑務であるが、本人の希望から食事の用意も担う事になった。

 店にある有り合わせの食材と持っていた塩などを使って作った夕食は好評だったものの、彼女は納得していなかった。


「ちゃんとした食材があればもっとバランスが良かったんだけどね。特にフォルドさんは歳だけど私達よりも長生きすると思うし」


 『長耳族エルフ』は永くて500年は生きると言われている。老人とはいえ、まだまだ先の長い人生である以上、少しでも良い物を食べてほしいと言うのがレンの気づかいだった。


「だから、明日は買い出しに付き合ってよ」

「朝から出かける事になってる。その後でな」

「どこ行くの?」

「領主の所だ。フォルドさんの腕前を考えれば納得だよ」


 皆で食事をしたときにフォルドの事をリリーナが話してくれた。彼は『長耳族エルフ』の中でも5指に入る凄腕の細工師であるらしい。

 そんな彼が目立つ事もなくこの地でひっそりと細工師の仕事を出来ているのは領主が存在を隠しているのだろう。予想通りではあったが――


「そっか……私は兄さんの味方だからね」

「……安心しろ。オレもいつまでも子供じゃない」


 10年前に四人の少年達を残し一つの村が滅んだ。

 ロイとジェシカは折り合いをつけて前に進むモノを見つけたが、ジンは未だに納得できなかった。

 メモを終えたレンは羽ペンを置いてランプの灯を消す。すると窓から月の光が差し込む。


「皆もこの月を見てるのかなぁ」


 窓に寄ったレンは、太陽よりも優しい光が他の三人を照らしているのかと想いに更ける。


“ジン。貴方は貴方達を見捨てた領主を許せますか?”


「結論が出ればいいが」


 ずっと心の中にあった疑問。オレたちは見捨てられたのか、それとも止む負えない事情があったのか。

 どちらにせよ、明日になればわかる事だ。






 ロイとジェシカは王都へ向かって街道を進んでいた。道は舗装されていないが、森の中を抜ける手段でもあるため、馬車がすれ違うほどの幅がある。

 二人は適当に道を逸れた場所を野営地に決めて、火を起こしてレンの作った保存食を食べていた。


「相変わらず美味しいわね」

「栄養も考えてるってヤベーよな」


 こう言った野宿は慣れたもので、二人は丸一日歩いた疲れを食事と休息で癒している。肌を撫でる夜風が心地よく感じた。


「レンも色々と頑張ってたからね。あたし達の魔法や剣術と同じよ」


 皆が各々の事に集中できるようにレンは三人の世話を一身に引き受けてくれたのだ。居なくなった今となってはその事を強く実感する日が来るだろう。


「……周囲に危険な魔物はいないわ。ゆっくり眠れそうね」


 ジェシカは“使い魔”からの情報を得て危険な場所でない事を再確認していた。


「昔に比べれば頼りになる火魔法だな」


 過去に火をつける事さえも大変だった事を二人は思い出す。


「あんたもこれくらい出来るでしょ?」

「俺は現象系の方はてんでダメ。強化系なら意識するだけで出来るけどな」

「もうちょっと勉強しなさいよ。火を手軽に起こせるだけでも違うのは分かるでしょ?」

「追々練習するさ」


 目標があるとはいえ、それまでの道中が適当なのはロイの悪い癖だった。

 とにかく前に進めば何とかなる、そう考えて進んでいたこれまでとは違い……これからは間違えた時に取り戻す事のできる仲間とは離れ離れで歩んでいく事になるのだ。


「これからは特に気をつけないといけないわよ? 解ってる?」

「俺も軽い気持ちでリア姉から剣術を学んだわけじゃない。それに何かあったらお前らも助けてくれるしな」


 相変わらずの楽天的な考えに、ジェシカはため息だけが口から出る。


「あたしも忙しかったら手は貸せないからね」


 ロイはこういうヤツだ。一人でやれる事も多いハズなのに、隣を歩く存在と歩幅を合わせてくれる。

 王都で騎士として本格的に研鑽を積めば、四人の中では一番伸びていくだろう。


「先に寝ていいぞ。後一日は歩くしな」

「大丈夫?」

「お前よりは体力あるからな。特にお前は万全であって欲しい」


 魔術師であるジェシカが居るだけで、様々な事に対して対応が可能だ。現在の役割としてはロイが盾でジェシカが矛と言った形を取っている。


「ならお言葉に甘えるわ。アンタも程よく休みなさいよ?」

「あいよ」


 ジェシカは木に背を預けると、いつでも動けるように荷物を肩にかけたまま楽な姿勢を取る。そのまま何気なく夜空を見上げると、無数の星々と月が明るく照らしていた。


「ジンとレンは大丈夫かしら」

「たぶんアイツらも同じ事考えてるぜ?」


 今まで四人一緒だったので、こうして離れてみると色々と思う所が多々あった。これからは起こる問題の中で個々で解決しなければならない事も出てくるだろう。


 それを乗り越えられるだけの能力をナタリアから学ばせてもらったし、各々で自分の信じる道を進むことに抵抗はない。


「落ち着いたら手紙でも来るだろ。俺たちは当初の目標通り、王都に無事着くことに集中しようぜ」

「そうね」


 お互いを思いやる事は大事だけれど、手を離さねば分からない事もあります。


「どんなに離れてても俺達は家族だしな」

「ロイ、言ってて恥ずかしくない? それ」

「……忘れてくれ」

「おやすみ」


 ロイの気づかいを胸に眼を閉じる。師匠せんせいも同じようにあたし達の事を想っていてくれるといいな――






「…………」


 月の照らす海上は穏やかな波と帆船を進ませる風が心地よくナタリアを撫でていた。三つ編みに垂らした金色の髪が横に流れ、それを抑える様に手を添える。


「眠れないのかい?」


 重い金属音を響かせながら現れたのは黒鎧こくがいで全身を隠した騎士である。

 海に落ちれば溺れてしまいそうな重厚感あふれる甲冑を軽々と着こなし、全く脱ごうとしない。

 腰には短剣と長剣の剣。その二つも闇のように黒く塗りつぶされた異質であった。


「心配性なんです。私の悪い癖ですね」

「でも、君は彼らから離れた。納得できる程度には生きていけると判断したのだろう?」

「ええ。皆良い子でした。出来るならこの船に共に乗って欲しくありましたけど」

「珍しくフラれちゃった?」

「それはもう盛大に」


 この場に居ない四人の事を嬉しく思いながら月を見上げる。


「正直、少しだけ心配でもあります」

「君の話していた“相剋”を持つ子かい?」

「ええ。人の痛みの分かる……とても優しい子なのだけれど、それ故に自分以外の事に対して強い感情を吐き出す欠点もあったの」


 彼は意図せず“相剋”を持ってしまった事で他者の命を容易く奪うことが出来るようになってしまった。

 その事に対して厳しく指導し、最低限の自立した思考と先見の眼を養わせる事は出来たのだ。そして、いつの日か迎えに行く必要もあると思っている。


 ナタリアは彼が一番に自分の元を離れると話してくれた事を嬉しく思い、意志を尊重して己の道を歩かせることにしたのだ。


「未来は分からないものさ。君が指導し、彼も一人でないのなら、そんなに心配する必要はないと思うよ」


 君も子離れが必要だ。と、黒騎士は説く。まるで子供の進路を語り合う夫婦のような雰囲気が二人の間には漂っていた。


「そう言えば、ゼノンの姿が見えないですね。船酔いですか?」

「船室でダウンしてる。セバスが介抱してるよ」


 それを聞くとナタリアは月見を止め、船室へ歩き出した。


「私も診ます。ギレオは食べ物を調達してください」

「……海の上だよ?」

「あの子は加工したモノは食べれません。船は狭いですし、数が減れば・・・・・流石に隠し切れませんから」

「いや、そう言う事じゃなくてサ」

「たまには鎧を脱ぐのも気分が良いですよ。それに後一週間は船の上です。食料が増えれば他の人たちも助かります。お願いね」


 そう言って歩いていく彼女の背に嘆息を吐きつつ一度月を見上げる。


「まったく……“お願い”されるとサボれないじゃないの」


 基本的に能力以上の事を彼女は頼まないのだ。他人の能力を生かせる場面を用意する慧眼は数多くの偉人の中でも群を抜いていると言えるだろう。


「本当はこんなところに居るべき人じゃないんだけどね。君は」


 どの国の王や貴族よりも、彼女以上に剣を捧げる存在が居ないことを黒騎士――ギレオは誇りに思っていた。






「それじゃ、留守を頼む」

「任せてください」


 太陽が街を目覚めさせる今朝。

 ジンとフォルドは、レンが用意した朝食を済ませると店を後にする。二階の窓からは起きたばかりのリリーナが眠気の中、二人に手を振って見送っていた。


「ジン。前もって言っておくが領主は現実的な考えをした人物だ。それ故に人を選ぶ。お前は気が合わないかもしれないが――」

「大丈夫です」


 生きていく上で気の合う者ばかりと接点を持てるわけではない。世間に出れば嫌な奴とも接点を持たなければならないし、関りを避けられない事もあるだろう。

 今回はそれを経験できる良い機会になると割り切る事も考えていた。


「そうか。あまり難しく考え過ぎるな」


 歳のわりに物事を的確に見る事の出来るジンなら、少なくとも揉め事にはならないだろう。


 この時フォルドは……ジンが内に秘める“感情”を図り間違えている事に気づけなかった。

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