第三話◎魔王と弟子

第三話◎魔王と弟子:その1


「いい天気だなぁ~。まった洗濯物を干すには丁度いいや」

 雲一つない青空を仰ぎながら、サヨナはそんなことを独りごちた。穏やかな一日、それは最近彼女が願ってまないものである。

 ──ドォッォォオオォオォオオォオォン!!

「シコっちー!! 人類滅ぼすから力を貸せー!!」

「ファ●ク……」

 だがそんな穏やかな一日が許されるわけもなく、ごうおんと衝撃と共に来訪者が現れた。吹っ飛んだ洗濯物と洗濯カゴを尻目に、憎々しげにサヨナはじゆを吐く。いわく異界のじゆらしい。

 ここのところ肝が据わるようになったのか、サヨナはそこまで動じなかった。見ると、シコルスキ邸の前に、大きなクレーターが出来上がっている。転移魔法で現れたのではなく、どうやら上空から降ってきたようだ。すわいんせきの擬人化か、とサヨナはぼんやり考える。

「……む? 誰だそちは?」

「こっちのセリフなんですけど……」

 クレーターからてきたのは、真紅の髪を持った少女だった。背はサヨナよりも低く、顔立ちもどこか幼さが残っている。だが一方で、胸囲がサヨナと比較にならないのはどういうことなのだろうか。無条件でサヨナはいらちを覚えた。

 少女は小首をかしげつつ、サヨナをじっと見ている。ここでようやく、サヨナは来訪者が普通の人間ではないことに気付いた。(上空から降ってきた程度では人間のはんちゆうであると考えた)

「え? つ、角と……尻尾?」

「それがどうした? 余は魔族ぞ。道を空けい」

 黒々とした一対の角と、しなやかに動く尻尾。どちらも人間では持ち得ないものであり、そして少女は自身を魔族と称した。これまで結構な魔物と遭遇したことのあるサヨナだったが、流石さすがに魔族との交流はない。ごくり、と唾を飲んで対応する。

「あの、何か先生に御用でしょうか?」

「んむ。下々に話すようなことではない。御用聞きか、そちは。ならば何も言わず通せ」

(さっき人類がどうのこうの言ってた気がする……)

 仮にこの魔族の少女が悪漢だとしたら、サヨナは弟子として追い払う必要がある。が、人間の悪漢ですら倒せるか微妙なサヨナが、人間など軽くひとひねりする魔族に勝てるわけもない。

 でもまあ多分師匠のシコルスキならば、魔族相手でも何とかなるだろう。

 割とドライな考えで、サヨナは先んじて師を呼びに戻ろうとした。

「結構な物音がしましたが、どうしました? いんせきがたの郵便屋でも──」

「おお、シコっちか! 久方振りだな! 余が来てやったぞ!」

「誰かと思えばカグヤさんですか。今日はお一人で?」

「んむ。余はもう一人でおでかけ出来るのだ!」

「偉いですねえ。立派に育って……」

「どこ見て言ってんですか」

 胸元ばかり見ているシコルスキに、サヨナはとがめるようにつぶやいた。一方でカグヤと呼ばれた少女は、えっへんと胸を張っている。どうやら二人は既知の間柄らしいが、サヨナは全くその関係性が分からない。えず師のローブの裾を引っ張ってたずねる。

「先生、誰ですか彼女は? 何かさっき魔族って言ってましたけど……」

「む。おい、シコっち。その御用聞きの下々は何だ? 新しく飼った奴隷か?」

「そんな双方向から話し掛けられましても。胸の大きい方からお答えするしかないじゃないですか。奴隷です」

「そうか、奴隷か! ならば余の奴隷でもあるな!」

「先生。殺しますよ?」

「冗談ですよ、サヨナくん。ここのところ殺意の出し方がとみに上達してますね、君」

「おい奴隷! 余をシコっちの邸内へ案内しろ。これは命令ぞ」

「……奴隷じゃありません。わたしにはサヨナという名前がありますし、先生の弟子でもあるんです。失礼な態度を取るのなら、案内しません」

 強気にサヨナが言い返した。思わずシコルスキも舌を巻く。

 一方でカグヤはその態度がかんさわったのか、目付きを鋭くし、犬歯を露出させてうなった。

「立場というものを分からぬようだな、奴隷。はや泣いて許しをうても遅いぞ?」

「う……。わ、わたしを殺したら先生のげきりんに触れますよ!」

「──それはまことか、シコっち?」

「えっ? げきりん? 何かのレア素材ですかね?」

「きょとんとしているではないか!」

「これはこの人なりの怒りの表情なんです。知らないんですか?」

「む──し、知っているに決まっておろう! 余を愚弄するか、奴隷!」

「だから、奴隷じゃありませんってば! もう帰ってください!」

「帰らぬわばーか!」

「ば、バカって言った方がバカなんですけど!? ばーか!」

「これは参りましたねえ。本来ツッコミ役であるサヨナくんと、新キャラであるカグヤさんがいがみ合ってしまった。これでは僕がふざけても置いて行かれてしまう──そうだ!」

 ひらめいたシコルスキは、宙空に円形の大きなサインを描く。それは一度明滅すると、さながら排出口のように、何かをぽんっと吐き出した。

 どさり、と地面に放り出されたのは──全裸のユージンであった。

「………………。は?」

「出番ですよ、ユージンくん」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「な、何ぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「…………いや、え? は?」

「出番ですよ、ユージンくん」

「何が? いやマジで」

「あの二人を止めて下さい。今の君なら出来るはずです」

「なあ。あのさ、俺さっきまで女の子とデートしててさあ、まあ結構いいところまで行ってたわけだ。っていうかもうベッドインの寸前だったわけだ。だから服着てないわけだ。分かるか?」

「それは丁度良かった!」

 ユージンのこんしんの一撃が、シコルスキの顔面を捉えた。枝を折るような音が響いたので、多分鼻の骨辺りが粉砕したのだろう。鼻血を噴出しながら、シコルスキが吹っ飛ぶ。

「ぶべらあ!」

「丁度いわけあるかこのクソバカタレがぁ!! お前はホント昔っからいつもいつも!! 狙ってやってんのか!? ああ!?」

「三話でも出るって……君が前に言ってたから……」

「何の話だゴラァ!!」

「お、おいそこな変態! シコっちにそれ以上手を出すな! 余が成敗してくれる!」

「うるっせえ掛かって来いやオラァ!! こちとら全裸じゃあ!! 怖いモンねえわ!!」

 カグヤが放った光弾を、ユージンは素手でたたとし、そのままズンズンと近付いていく。

「ひいいいいいいいい! と、止まれ変態! 止まれってば! た、助けてシコっち!」

 まさに事案発生の瞬間であった。

「ユージンさんがおかしくなっちゃった……」

「デート相手の幼女が余程気に入ってたのでしょうね」

「何でもう全快してるんですか……。って、ユージンさんを止めてくださいよ!」

「彼は子供の頃から怒ると怖いんですよね。普通に僕より強いので無理です」

「何者なんですかあの人!?」

 行商人のはずではなかったのか──サヨナの疑問を置き去りにして、ひとまずシコルスキはユージンの方へと手を向ける。あのままでは事案を発生どころか発展させかねない。

「何より、カグヤさんは本作における貴重な女キャラです。しかも巨乳枠──その存在価値は断崖絶壁のサヨナくんとは比較にならない! すぐに助けましょう!」

「いちいちわたしへけん売らないと行動起こせないんですか?」

「必殺! 落とし穴!」

「無視かい!」

 ボコッ! という音と共に、三人の視界からユージンが消失した。

 正確に言うのならば、突如として地面に空いた穴へと落ちた。これぞシコルスキの必殺魔法、『一瞬で落とし穴生成』である。

「た、助かった……礼を言うぞ、シコっち。今度ほうを取らせようぞ」

「そもそも原因この人なんですけど……」

「悪漢はこれにて退治しました。サヨナくんにも今度この魔法を教えますよ」

「ありがたいんですけど友人を悪漢呼ばわりします、普通?」

「しかし深い穴よの。どのくらいあるのだ?」

「そうですねえ。異界の単位で言うなら十メートルぐらいです」

「即死圏内じゃないですか!!」

「んむ……。異界の単位は余には分からぬ……」

 穴の底は真っ暗で何も見えない。普通の人間ならば余裕で死んでいる深さだが、そこは長年の付き合いによる信頼なのか、シコルスキは再び転送魔法でユージンの衣服をし、穴の中へと放り込んだ。これを着てそのうちてくるだろう、とのことである。

にもかくにも、お二人がクールダウン出来たようで一安心です。けんはいけませんよ」

「こんなクールダウンのさせ方がありますかね……」

「見知らぬ人間の全裸など見とうなかったぞ……」

「では、改めて自己紹介をしておきましょうか。彼女はサヨナくん。僕の弟子です」

「……どうも」

「奴隷ではないのか……まあよい。余は《カグヤ・アテーリア》ぞ。は長いゆえ省く。ゆいしよ正しき魔族にして、魔をべる王たる存在よ」

「要は魔王ですね」

「……。へ?」

けた顔をするな、下々よ。そう驚くことではあるまい?」

「いや、驚くっていうか……」

 魔王──それはかつて、人類を苦しめていた元凶である。圧倒的な力であらゆる人間のつわものたちほふり、また散発的であった魔物たちの行動を統率、一個の軍としてまとげた。その結果として長年、人類は魔王の前に苦汁をつづけていた。

 だが、そんな魔王をついに倒した英雄が現れたのだ。名を《ドゥーリセン》と言い、つまりはシコルスキの父である。魔の時代に終止符を打った英雄として、後世までその名が語り継がれるであろう大傑物だ。流石さすがにそのくらいの知識は、世間知らずだったサヨナにもある。

「……魔王って、先生のお父様が倒したはずじゃ?」

「それは余の父だ。余は先代魔王ただ一人の娘にして、当代魔王というわけよ!」

「当時はまだ彼女も幼く、幼女趣味ではなかった父はついぞ手を出せなかったそうです」

「普通に幼い少女には手を出さなかったって表現でいいのでは?」

「ふん。人類の最大の過ちよの。この余を手に掛けなかったこと、必ずや後悔させてくれる」

「一方で父の仲間にして、ユージンくんの父である剣士《ホーユウ》氏は、目の色を変えていたとかいないとか……」

「サラッとユージンさんの出自があらわに……。あと呪われた血筋なんですね、あの人」

「俺がその血を完全に継いでるみたいな言い方するな!」

 落とし穴から、服を着たユージンががってきた。土にまみれているが、目立った外傷はない。シコルスキはともかく、この行商人も結構な化け物ではないのかと、サヨナはやや軽蔑の目を向けながら思った。軽蔑の理由は呪われた血筋であるからだ。

「ご無事でしたか、ユージンくん」

「お前何でもう全快してんの?」

「ツッコミ入れる箇所がシャープですね……。怪我けがしてないユージンさんも大概ですけど……」

「シコっち。この変態は何ぞ?」

「ロリコンの露出狂ですよ」

「サヨナ嬢、武器とか余ってねえか? 殺すわこいつら」

「やっぱり幼女以外は敵なんですか?」

「君も殺すわ」

 まだ怒りが収まっていないのか、今日のユージンは随分と攻撃的だった。が、シコルスキは構うことなく「えず全員中へどうぞ」と、話を進める。このまま帰るかと思われたユージンだったが、案外一緒に付いてきた。

「それで、カグヤさん。本日はどのようなご用件で?」

「んむ。シコっち、余はそろそろ人類を滅ぼしたい。手伝え」

「は? コイツ危ねえな。殺せ」

「まだ怒ってるんですね……」

 滅ぼすだの殺せだの、何だこの殺伐空間は──そう思うサヨナだったが、黙っておいた。

「手伝え、と言われましてもねえ。僕はその人類側ですし。分かりました、と素直に首を縦には振れませんよ?」

「それは承知の上ぞ。頼みは他にある。そっちを手伝って欲しい」

「具体的には?」

 シコルスキがそうくと、カグヤは若干顔をゆがめた。何やら、サヨナとユージンの方をチラチラとうかがっている。そして、おもむろにカグヤはえた。

「そこな下々と変態! これは余とシコっちの密談にある! 無関係な下郎は立ち去れい!」

「お断りします。先生に付き従うのが弟子の務めですので」

「別に去ってもいいけど、お前の態度が気に食わない。よって残る」

「ぐうう……シコっち! 何だこの無礼な連中は! 余は魔王ぞ!?」

「え? 魔王なのかコイツ? ならガチで危ないヤツじゃねえか。殺せ、もしくは俺が殺すわ」

「カグヤさんはそこまで危険ではありませんよ。手出し無用です」

「いや余は危険に決まっておろうが! 魔をべる王だぞ!」

「客観的に見たら一番危ない発言が行商人って、これ一体どういう状況なんですかね」

 結局、サヨナもユージンも全く折れないので、仕方なくカグヤが譲歩した。このままではらちが明かないと思ったのだろう。ごほんとせきばらいし、大きく息を吸い込む。

「──部下がいない!!」

「は?」

「に、二度は言わぬ。余にもきようというものがある。相手がシコっちだからこそ打ち明けるのであって、本来ならばそこな下々と変態には聞く権利すら無いのだぞ」

「言葉が足らないので勝手に補足しますが、つまりカグヤさんは現在部下の不足に悩まされている、という認識で構いませんね?」

「…………んむ」

 恥ずかしそうにカグヤは小さく首肯した。仮にも魔王である以上、部下が居ないという悩みは、本来ならばおいそれと言っていいものではないのだろう。人間で言うなら『友達一切いませーん』とけんでんするようなものである。それは確かに恥ずかしいとサヨナは思った。

ちなみに、部下は現状何名でしょう?」

「…………。一人……」

「それはそれは、中々の腹心ではないですか」

「魔をべる王だぞ! って……」

「全くべられてねえな」

「う、うるさいうるさいだまれだまれ! この無礼者めら! 余を誰と心得る!?」

「魔をべる王(笑)ですよね?」

「それでよく恥ずかしげもなく魔王って名乗れたな……。魔王って店名の自営業か?」

「ここぞとばかりに二人にたたかれてますねえ」

 完全にカグヤは涙目になっている。どうやら本気でコンプレックスのようだ。

 魔王の在り方とは、最強の存在であると同時に、人間で言うなれば一国の王であり、そして群れとしての頭である。秩序に欠ける魔物を、力という本能に基づくルールでまとげ、その結果として率いたことこそ、人間から見て魔王が最も恐ろしいとされた部分だ。

 カグヤは確かに血筋的には魔王なのかもしれないが、統率者として致命的に若かった。何より、人間との争いが終結してから台頭したが故に、あらゆる経験に乏しい。

 魔物たちは一枚岩ではない。そんな血統だけで実績もないカグヤの言うことを、全く誰も聞いてくれないのである。

 ──以上を小声ながらカグヤが話し、大声でシコルスキが補足した。

「ドラ息子が継いで破綻した一族経営みてえな話だな……」

「散々偉そうにしてた割には、お粗末な話ですね~」

「んむうううう……」

「ところでサヨナくん。君には友人が居ますか?」

「ふふん。バカにしないでくださいよ、先生。昔実家に仲良しな犬が居ましたからね!」

「友人聞かれて最初に出て来たのが犬の話って、それもう充分やべえからな?」

「まさかの同レベルとは、たまげましたねえ」

「ちょっと! 犬は人類の友って言うじゃないですか! 犬をバカにしないでください!!」

「バカにしてんのは犬じゃなくてお前だよ」

 じゃあおまえたちに友人は居るのか──そう聞き返したかったサヨナだったが、冷静に考えればこの二人はおさなじみの間柄だった。その時点でサヨナの負けは確定している。

「僕はユージンくん以外にも友人が居ますけどね。犬……サヨナくんとは違って」

「何か悪いな。君の交友関係が人外にしか及んでないとは思わなかった」

「フン。余ですら部下が一人居るのだぞ。所詮は下々──いわゆるボッキよの」

たすな」

「ぼっちじゃないもん……。犬可愛かわいいもん……」

「ふむ。ではそろそろ本題に入りましょうか」

 弟子の傷をえぐるだけえぐって、シコルスキはカグヤの部下問題に考えを巡らせた。これは言うなれば魔にくみする利敵行為なのだが、この賢勇者にはそういったしがらみはないらしい。

 あるいは、何か深遠な考えがあるのか──

えずサキュバスとラミアとハーピー辺りは外せませんねえ。無論全員巨乳で」

 ──いやないわ。性の欲しかないわ。サヨナは嘆息した。

「何か手があるのだな、シコっち!」

「ええ、まあ」

「おい、コル。仮にもコイツは魔王だろ。下手に協力していいのか」

「僕も少々それを迷っていまして。このまま普通に話を進めてしまうと、大した山場もなく三話が終わってしまう……それは良くない」

「さんわ? おい下々、シコっちがたまに良く分からないことを言うのはなにゆえだ?」

「まともではないからです」

「破門されるレベルの暴言を平然と吐くなよ……」

 倫理的な問題ではないところで、シコルスキには思うところがあるようだった。

 しばしの間、賢勇者は悩む様子を見せつつ、やがて「そうだ!」と言う声と共に立ち上がった。ろくでもないことを思い付いたな──長年の勘でユージンが察する。

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