第14話 毒牙 Aパート

「ここ最近、平和ですねえ。」


「確かに、まあ良いことなんですけど。」


「ドローンの監視網に引っかからないし、街でも変な噂が無いってことはゾア帝国の怪人達、今のところ何も活動してないっぽいね。」


 僕、アリアさん、セラムさんの三人はラボの休憩スペースにある炬燵に入って、のんびりとした時間を過ごしていた。実は2週間以上怪人が現れていないのだ。普段なら1週間に1体は必ず出現していたのだが、ここ最近は影も形もない。


「まあちょうど良いけどね、そろそろプレアーブレードをオーバーホールしないといけなかったし。」


 ブレードはこれまでの戦いで、傷ついていた。よく見ると所々刃こぼれしており、セラムさん曰く内部機構にもかなりの負荷が掛かっているため、今までのような日常の簡易点検でなく、一度本格的に整備と修理をして方がいいらしい。


「いつも色々ありがとうございます。」


「ま、これが仕事だから気にしないでいいよ。それに機械いじるのは半分趣味みたいなもんだし。でも疲れるのは疲れるんだからいたわってくれても良いんだよ。」


「肩、お揉みします。」


「私は後でクッキーの追加を持ってきますね。」


「うむ、皆の衆苦しゅうないぞ。」


 これではまるで天使というよりお殿様だ。実際、最初のころは厄介払いで女神様に色物天使を押し付けられたと思っていたが、それは違った。

 確かに多少我儘だし、ラボから一切出てこないとか不満はあるけど、戦闘の際はサポートしてくれるし、日頃からブレードの整備に封印したロザリオの浄化、サポートマシンやアイテムの開発もしてくれていて、かなりお世話になっている。

 だから平和な時ぐらいはしっかり労っておこう。


「さてと、そろそろ私は洗濯物を取り込まないといけないので行きますね。」


「あ、僕も手伝いますよ。」


「ちょい待ち。ユウキくん、さっきも言ったけどブレードのオーバーホールするからブレードプリーズ。」


「分かりました、お願いします。」


「明日の朝には仕上げとくから取りに来てね。」


「もっては来てくれないんですね。」


「ナニカイッタカナ?」


「何も言ってないです。さ、アリアさん、早く洗濯物取り込みに行きましょう。」


「フフフ、そうですね。セラム様、失礼します。」


 礼拝堂を出た僕たちは洗濯物を取り込んだ後、特にやることがなかった僕たちは、アリアさんがひらめいたお菓子の新レシピの為の材料に足らないものがあったので買い物に出かけた。


「すいません、私の思い付きに付き合わせてしまって。」


「別に気にしないで下さいよ、僕が勝手についてきたんですから。それに新しいお菓子早く食べたいですし。」


「思い付きで作るのであまり期待しないで下さいね。」


「あらあら、可愛らしいカップルね。」


 後ろから声が聞こえ、振り返ってみると豊満な肉体をボンテージ風の衣装で包んだ女性が立っていた。

 いや、正確に言うと顔の上半分は六つの複眼のようなものが付いたマスクに覆われ、背中にはコンパクトに折りたたまれた6本の足、臀部には蜘蛛の腹に似た器官がが付いている。肌の色も人間のそれではなく、真っ白だった。


「お前、もしかしなくてもゾア帝国の怪人だな!」


「そ・の・と・お・り、もう何日も待ってたんだからね、あなたがあの厄介なブレードを持ったないで外出するのを。」


「まさか、ここ最近怪人が事件を起こさなかったのは!」


「そ、あなたの油断をさ・そ・う・た・め。まんまと引っかかっちゃって可愛いボウヤね貴方。」


 今僕はブレードを持っていない。つまり封印はおろか変身すらできない。咄嗟にアリアさんを庇うように一歩前に出たはいいが一体どうすれば。


「ホントはアタシが戦う気なんて無かったんだけど、ヒャクアイまで倒しちゃうなんて流石に厄介なのよねえ。というわ・け・で、死んでちょうだい。」


 そう言い放った瞬間、怪人は背中の六本の足が一気に開き、足の先から糸を飛ばしてきて僕の体を簀巻きにして一気に自分のもとへと引き寄せた。


「ぐ、動けない。アリアさん、早く逃げて!」


「こんな時に自分じゃなくて他人の心配をするなんて、ホント食べちゃいたいくらい可愛い。」


 怪人は大きく口を開けて僕の首筋に噛みつき、牙を突き立ててきた。


「痛!本当に僕を食べる気か!」


「そんな訳ないでしょ、さっきのは例え。それよりも何か言い残すことは無い、もうすぐしゃべれなくなっちゃうから。」


「それってどういうこと・・・・」


 そう言いかけたとたん、急にろれつが回らなくなって視界が歪み始めた。


「あらあら、遺言を残す前に毒が回っちゃったみたいね。」


「ユウキさん!どうしたんですか!しっかりしてください!」


「残念だけどさっきアナタの彼氏さんの首筋に噛みついたとき、毒を注入したの。このボウヤには今まで倒された仲間達の為にも苦しんで死んでもらわないといけないからね。」


「そんな、ユウキさん、ユウキさーん!」


 アリアは懸命に勇気の名を叫ぶが返事は無い。毒が全身に回ってしまい、意識を失ってしまったようだ。


「アナタ良い顔してるわぁ、絶望に顔を歪ませる人間って最高ね。その調子でもっともっと・・・」


「アリア!目を閉じて!」


 どこからか聞こえて来たセラムの声に従い、慌ててアリアが目を閉じると同時に高速で飛んできたドローンがグレネード弾を何発も発射し、地面に着弾した弾は強烈な閃光を発生させた。


「キャア、なによこれ!何も見えないじゃない!」


「アリア、今だよ!ユウキくんを助けて逃げて!」


 ドローンから聞こえるセラムの声に我に返ったアリアは怪人に向かって走り出した。


「ユウキさんを返してください!」


 アリアの渾身の力を込めたタックルを受けた怪人は体勢を崩して尻もちをついた。その隙に簀巻きにされた勇気を米俵のように肩に担いで走り出した。


「ちょっと待ちなさい!」


 アリアを追いかけようとする怪人にドローンが今度は煙幕のグレネード弾を発射し、アリアの逃亡を援護する。


「ああもう!鬱陶しいわねこの煙。」


 その後もドローンは弾が切れるまで煙幕を張り続け、アリアたちは逃亡に成功した。


 「あーあ、逃げられちゃった。まあいっか、私の毒を受けたら苦しみに苦しみぬいて1日もすれば死んじゃうんだし。でもどうせならちゃんと死ぬ瞬間が見たいわねえ。あ、そうだ良いこと考えちゃった。ウフフフフ。」


 アリアにより礼拝堂地下のラボに運び込まれた勇気は、ラボに急遽用意されたベッドに寝かされていた。


「セラム様、ユウキさんは大丈夫ですよね!」


「何とも言えない。ユウキくんから採血した血を調べてどんな毒を注入されたの特定しようとしてるけど何種類も混ぜられてる上に未知のものもあるから解毒薬を作るには時間がかかりそうなんだ。完成までユウキくんが持つかどうかわからない。」


「そんな!何とかならないんですか!」


「とにかく解毒薬の完成を急ぐけど、あとはユウキくんの体力と気力次第だね。」


「私が買い物になんて行かなければ、ユウキさんはこんな目に合わなかったのに。」


 勇気の眠るベッドのそばで泣きながら崩れ落ちるアリアをセラムが肩に手を置き慰める。


「君は悪くないよ。いくら怪人が現れなていなかったからって、それが罠の可能性も考えずにブレードのオーバーホールなんてしたのが悪いんだよ。」


 そうアリアを慰めるセラムの肩は震えていた。

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