あれはお前だったに違いない(名探偵編)

秋雨千尋

鉄壁のアリバイがあるとしたら

 高い塀、ドーベルマンが徘徊する庭。

 長者番付の常連である、大手ショッピングサイト「キリマンジャロ」の会長宅。

 豪華絢爛なコレクション・ルームの中央に、鍵のかかったショーケースに入れられた伝説の秘宝【アクアダイヤのブローチ】が飾られている。


「怪盗トリプルエースめ!今日こそは捕まえてやる!」


 複数の警備員と共に気合いを入れるのは、若手刑事の十四松じゅうしまつ三太さんた

 日本一と名高い、名探偵アンデル=セン。本名を安藤出太郎あんどうでるたろうの指示に従い、現在アクアダイヤを守っている。


「刑事さん、変わりありませんか」


 声をかけてきたのは屋敷の主人。立派なスーツに身を包んだ紳士だ。

 十四松は敬礼と共に頭を下げた。


「はっ!お任せください。必ずやアクア・・・ダイヤを・・・」

「な、なんだこれは!」


 コレクション・ルームに煙が充満し、その場に居た全員が口を押さえて倒れこむ。

 どれぐらい時間が経ったのだろう。

 いち早く目を覚ました会長が見たものは、空っぽのショーケースに貼り付けられた怪盗の名刺。

 天井を見上げると、パネルが一枚壊されている。


「まさかあんな場所から。くそっ!外の警備は何をしている!」


 会長は急いで犯人の足取りを追ったが、目撃証言はおろか、足跡一つ見つける事が出来なかった。

 警備に当たった者達の身体検査でも見つからなかった。


 +++


「また失敗か」


 事件の報告を電話で受けた名探偵アンデル=センはため息をついた。

 ターゲットは小さくて高価な宝物であり、狙われるのは、たいてい話題の人物。

 だから次はキリマンジャロの会長であると目星を付けて警察に連絡したのだが、これで失敗する事3回目。

 現場が10キロ離れた山奥だからと面倒臭がったのがいけなかった。


「あの若手刑事、使えないな」

「そんな事言ったら可哀想ですよ、彼だって頑張っているんですから」


 お茶を運んできた助手の佐々木がそう言うと、アンデル=センは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「イケメンだからか?」

「はい?」

「若い男が頑張っていれば、若い女性は味方したくなる。自然な事だな、忘れてくれ」


 今年40になるアンデル=センはあからさまに拗ねて、茶に手を伸ばし、その熱さに飛び退いた。


「キミは私を殺す気かね」

「まさか。ホラ、秋刀魚は焼きたてが、ご飯は炊きたてが美味しいじゃないですか。だからお茶も沸きたてのお湯で」


 人差し指を立てて、悪気ゼロの笑顔で語る。

 佐々木ミナ。

 彼女が19才だから、タレ目で小顔だから、花柄のワンピースにジャケットを合わせた清楚スタイルが似合っているから。

 様々な事情から、許す事にした。


「先生、次のターゲットはもうお分りですか?」

「ああ。おそらく彼女だ」


 タブレットを起動し、とある女性ユーチューバーを映し出す。

 最新の動画のタイトルは【サファイア・ファイアの指輪を買ったら美し過ぎて視力が落ちた】。


「他にも目立つ宝石を買った人がいるか調べてくれるかい?」

「分かりました」


 佐々木はパソコンをタカタカ叩いて、スマホも同時に開いて検索を開始する。

 若いなあと感心しながら、まだ熱い茶をふーふーして飲んだ。新聞を手に取り、隅から隅までじっくり読み終えた頃。


「いませんね」

「よし、決まりだ。今度こそ捕まえてやる。人任せはやめだ。私も警備に当たる」

「ご一緒します!」


 +++


 都内のタワーマンションの一室で、今夜も動画の生配信が始まる。何千という視聴者が今か今かと待ちわびている。


「はーい!KIMONONキモノンです!みんなー!お着物着てるかなー?」


 着物姿で、リアルタイムでメイクをしたり、和食を作ったり、習字をしたり、俳句を詠んだりする風流さで大人気。

 彼女の影響で、着物女子が激増中。


「キモノン可愛いー!」

「何故あなたが来るんですか、十四松刑事」


 今回も警察に連絡をしたのだが、過去3回も犯人を取り逃がしているボンクラが派遣されるとは。刑事部は深刻な人手不足らしい。


「誰よりも犯人に接触してるからじゃないですか?」


 助手の佐々木は、いつにも増して全身オシャレをしている。おじさんでも普段との違いが分かるレベルでメイクもバッチリだ。

 マスク姿の探偵と対照的である。

 キモノンが探偵・刑事チームに目配せをする。


「今日は、ステキなお客様が来てくれています!現役の刑事さん・・・は、お顔NGなので、日本一の名探偵アンデル=センさんと助手の佐々木さんです」


 カメラを向けられ、つい視線を外してしまう探偵と裏腹に、助手はキモノンの決めポーズを決める。この助手、ノリノリである。


「皆さんは先日運命的な出会いを果たした、このサファイア・ファイアの指輪が、話題の怪盗トリプルエースに狙われると聞い・・・て・・・」


 部屋の中に煙が充満し、キモノンが倒れた。それに続いて次々と口を押さえて皆、倒れていく。

 視聴者がコメントの嵐を送り、見守る中。


 仮面を付けた人物が登場し、机の上の指輪に手をかけた。


 その瞬間、突如起き上がった探偵に腕を捻られて、床に引き倒される。

 仮面の人物は抵抗したが、押さえつけられた。


「やはりお前か!十四松刑事!」

「ぐぅ・・・」

「犯人は話題の人物ばかりを狙い、名刺まで残す。極度の目立ちたがり屋である事は明らかだ。生配信で姿を現わすと思ったぞ!」

「何故、トリプルエースがオレだと分かった」

「お前は警備と称して現場に入り、鍵を持っている家主が現れたタイミングで煙を充満させた。

 自分はあらかじめ薬か何かで耐性を付けておいたのだろう。

 家主の目の前で倒れればまず疑われない。小さい宝石を狙ったのも、犯人の追跡捜査の際に、どこでも簡単に隠せるからだ。

 例えば、キリマンジャロ邸に関しては、他のお宝のケースに入れたりとかな。木を隠すには森の中というワケだ」

「くそっ!」

「更に怪盗ネームにも秘密がある。トリプルエースのエースとは、ポーカーの並びで考えれば13の次、すなわち14。そしてお前の名前は三太」

「くそ、なぜ、眠らない」

「このマスクは特別製でね、酸素以外をシャットダウン出来るのさ」


 名探偵の名逮捕劇に、視聴者は大盛り上がり。

 動画の再生数も劇的に高まった。


 +++


 後日、アンデル=セン探偵事務所。

 電話で報告を受けた探偵は、難しい顔をして、椅子をくるくる回す。


「どうしました?」


 助手の佐々木が不思議そうな顔をする。

 今日のお茶も熱そうだ。


「十四松の家宅捜査の結果がどうも変なんだ」

「どういう事ですか?」

「盗まれた宝石が全く出てこなかったらしい」

「売ったのでは?」

「警察でもその線でオークションサイト等を調べたが、取引きの形跡は無かった。だが押し入れから大金は見つかった」

「やっぱり売っていたんですね」

「ああ・・・奴は、真犯人に頼まれて盗みをしていたんだ」


 佐々木はキョトンとしている。

 アンデル=センはまだ湯気が浮かぶ茶を見つめながら、淡々と続ける。


「すぐに換金するなら金の棒とかの方が確実だ。美しい宝石である必要は無い」

「小さいからでは?」

「キリマンジャロ会長のコレクション・ルームにはもっと貴重な物もあった。1億は下らない古いコインとかな。だがこれは盗まれていない。美しくないからだ」

「不思議ですねー」

「真犯人はわざわざ美しい宝石を盗ませる。それなら家に飾って眺めているのではないかな。もしくはー。

 ところで、ジャケットが不自然に膨らんでいるね、まるで下にブローチでも付けているみたいに」

「・・・」

「なぜあいつを現場に派遣するのか聞いてみたんだが、どうも毎回、“たまたま近くに居た”らしい。

 私がここで次のターゲットを予測して。裏付け捜査を頼むだろう?

 真犯人もそのあたりのタイミングで、十四松に指示を出していたと思われる。現場から10キロ離れたここに居る以上、絶対に疑われない。他ならぬ私が証言するから」


 少し冷めた茶をゆっくりとすする。


「熱すぎるお茶をいれるのも、確かに居るぞと印象付ける為かな?」

「何を仰っているのか、わかりません」

「佐々木ミナ。ローマ字でSASAKI MINA。エースが3つあるね」


 探偵は助手を指差して、告げた。



【あれはおまえだったに違いない】完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あれはお前だったに違いない(名探偵編) 秋雨千尋 @akisamechihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ