▲4八龍馬《りゅうめ》(あるいは、舞いあがれ/三段ロケッツ/宇宙高く)


「バカな……ッ!! 玉が最前線に出て来るなど、入玉狙いでもない限りあり得んッ!! 普通の将棋では……あり得んッ」


 崩れた自分の身体のバランスと整えながら、兎宿原ロータスさんがそう驚愕っぽい顔を(マスクに覆われてるけど)、なぜか自信漲ってるモリ少年に向けながら言うけど。まあ確かに。でも、


「……『普通の将棋』じゃあねえだろうが、のっけからこの『場』はよお……俺はなぁ、残念ながら将棋の何たるかは0.0002%くらいしか理解はしちゃいねえが、どっこいどつき合いならよお……120パー脊髄が熟知してんだよ……」


 外連味ケレンみという三文字を、その顔力ガンりき入りまくりなのっぺり顔面に貼り付かせているかのようなモリ少年の言葉に、兎宿原さんはおろか、私やミロカ辺りにも衝撃が走ってしまうのだけれど。と、その驚愕の私に向けてモリ少年は言葉を続けてきた。


「『委員長』とか言ったな……お前も、ブッチ切れているかに見せかけて、魂の奥の奥ではまだ吹っ切れてねえんじゃあねえか? 根源を、ひっくり返せ。俺から言えることはそれだけだ。さて……ちびこいピンク。こっからは魂の殴り合いだ……ッ、存分にぃぃ、かかってこいやぁッ!!」


 もう自分の領域フィールドで物事の諸々を進めるみたいだ。モリ少年……棋力とか、普段の行動とか、いろいろ残念な部分はあるのだけれど、その、諸々含めた「人生への立ち向かい方へのスタンス」には、共感できる部分がすごくある。あ、いや、そこまでの大した考えは本当に無いのかも知れないけれど。でもひるんだ、一瞬、兎宿原さんが。そこだ。


「……ッラァガぁッ!!」


 一発、おなかからの咆哮をかましてみる。自分を、吹っ切る。……まあミロカみたいに人格の深奥みたいなとこまで突き抜けちゃうのはやり過ぎとは思うけど、それでも、そのくらいまで自分を持っていかなければ。


 変われない。成りたい自分になんて、ずっと成れないよね……!!


 私は竪行ピンクに体当たりをかますと、その勢いで後ろにバク宙をかます。重力低いから出来る業ではあるけど、それでも今までは躊躇していた。でもやってみたら案外簡単。そして。


「……『6三猛豹成』」


 敵陣から移動するに伴い、「成る」。この流れるような一連の動きに、自分でも驚き、と納得を持ててる。いい感じ。いくぞぉぉぉ……


 しかし。


「あれ? ……えーと『イエロー小角ちょろかく』」


 思わず自分の口をついて出たのは、そんな気の抜けた声であったのだけれど。その言葉通り成った先は「角」。申し訳程度に、両肘と両膝を覆う赤銅色の「パーツ」が現出してくるものの。え、素の「角」? あ、まあ、斜め四方向にどこまでもいけるけど、え、何かショボくない……? それに名前も「ちょろかく」て。えええ……


 ぷしゅんと自分の中のテンションが低下していくのを感じている……いやいやそんな空気出しちゃだめだってば。でも、真正面に進めないっていうのが、何と言うか、すごい違和感があるわけで。私はその場で立ち止まってしまう。


「ハハッ!! 『大将棋』とやらも、随分雑な感じだよねぇ。ま、『竪行』の私が言えるこったないかもだけど、でも何つーか、『引き』は良かったつうとこ見せてやる。『成り勝負』なら、私の勝ちだッ!!」


 兎宿原さんの声が響くや、その身体は一直線に私たちの陣向けて瞬間、移動していたわけで。【この世の理を司る者註:竪行は左右は一マス、前後ならどこまでも進める飛車の劣化版みたいな駒なのですぞ!】


 5七にいたこちらの「歩兵」……JKを蹴散らしつつ、その場に舞い降りたピンクの小さな姿が、爆発したかのように膨らんだのを視認した。


「ボホホホホ……アイアムヒギュー。『ロータス飛牛ひぎゅう』、見……参ッ!!」


 先ほどまでの3倍くらいまでその身体が大きくなってるよ……そしてこれでもかまでパンプアップされたピンク色のテカる筋肉が鎧っているよこわいよ……


「ん牛肉食いたァアアアアアッ!! いっぱいっぱ喰いたぁああああッ!!」


 そして、どういうテンションかは分からなかったけれど、兎宿原さんはそんな口いっぱいに綿を詰め込まれたような喋り口で、その鍛え上げられたような肉体美を見せつけながら、凄まじい速度でまた自陣へと突進してきたのであった。【この世の理を司る者註:飛牛は、前後斜め六方向、どこまでも進める飛車角の微妙強化版みたいな駒なのですぞ!】


「……!!」


 狙いはまたも私だ……ッ!! はっきり自分の「動かし方」を持て余している感を悟られている!! でも前後左右に動けないってことに、ここまで慣れられないなんてっ……自分の応変さの無さに嫌になるけど。でも本当の後悔はその後に来た。


「ナヤッ!!」


 猛進する飛牛ピンクと、なす術のない私の間に、滑り入り込んでくる「緋色」の影。


「!!」


 ミロカ、と声を発することも出来なかった。私の目の前で、その華奢な身体はかなり高くまで跳ね飛ばされて、時間が止まったかのような空間の中で、力を失って落下してきたから。


 ミロカミロカぁ……っ、とやっと動き出した声帯からは、もうそんな力無く呼ぶ声だけしか出なかった。私の眼前のマス、盤面に叩きつけられた身体は動いてない。あれだけの衝突衝撃……何かが起こっていてもおかしくない……


「み……ミロカぁっ」


 そんな状況でも。「角」の私は、目の前に見えている親友に駆け寄ることすら出来ない。その周りを、斜めに這いまわることしかできない……ッ。もどかしさは嗚咽にしかならないけど。でも、


「ナヤ……成りたい自分は、ひとつじゃないし、そこで終わりでもない」


 情けなくて覆面マスクの下でぽろぽろ泣き始めた私に、仰向けに倒れたままのミロカから、そんな静かな声が。


「理想と離れてたって、いや、かけ離れていてこそ、それを単なる『通過点』としちゃえばいいんだよ……もっと!! 更なる高みを常に目指してこそ……ナヤでしょ? それが私の知ってるナヤなんだから……」


 号泣してもおかしくは無かったけど、覆面マスクの下ですんごい形相カオをしながらも、私はよくその高波を抑え込んだ。ミロカの言ってることが400%理解できたから。


 だから。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオルグゥゥゥゥゥゥァァァァァァアアアアアッ!!」


 全身から、声が出てるみたいに感じた。更なる高み。ふがいない自分への怒り。私の身体から、銀色の、そして金色の光の奔流がうねりながら迸り出ていた。


「何だッ!? こんなの想定外……ッ!!」


 兎宿原さんの、困惑の声もかき消すかのように。


 「成り」の先……「二次元人」に毒された貴方には理解できない。その先の次元へ……ッ!! ……何故か私の脳裏に、幼い頃よくやった「まわり将棋」のビジョンが浮かぶ。「金」を四枚振って、出るのは「表」と「裏」だけじゃない。直立する駒も、倒立する駒だってあるんだから。


……これが三次元の「成り」だぁぁぁああああッ!! 


「『イエロー龍馬りゅうめ』……からのぉ……」


 まず私の身体を覆うように、きらめく「銀色シルバー」のプロテクターが虚空より現れて装着される。そして、


「『サンライトイエロー角鷹かくおう』だぁぁああああああッ!!」


 さらにそれらを覆うように連結するように、輝く「金色ゴールド」のプロテクターが。そして背中にちょっとのむずがゆさを感じた瞬間、これまた黄金色の「翼」が、瞬間、張り出していく。


「豹はさなぎを経て、天を駆けそして天を御するッ!! 無限の可能性、それこそが私たちの力だぁああああああッ!!」


 決着を、つけるッ!!


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