△4五大将《たいしょう》(あるいは、fly me to the/闇のスクエア)


<……委員長、ミロカもそこにおんねんなぁ?>


 ちょっと席外すね、といそいそと移動した階段前のスペースで壁に向き合いながら、端末を骨伝コツデンモードにして通話を続ける。いつもは何と言うか間延びした余裕を感じさせる喋り方をする彼女フウカの、抑えながらもちょっと緊張したような声色が体内に響いてきて、これはただ事じゃないと悟った。うんいる、と手短にそれだけを伝えると、フウカを促す。


<例のあの、アレや、『八棋帝はちきてい』ゆう奴や>


 端的に告げられたその単語はしかし、はっきりとした厄介感を含んでいたわけで。敵の中ボス級がまた出張ってくるという状況……まずいよね。しばらく無かったからもうそうは出て来ないだろうとか安心してたけど、それは早計だったっていうことを、時既に遅しかもだけど、思い知らされる。


「場所は?」

<それがなあ……自分らの真上にもう展開し始めとる>


 何……ですってぇ~……あまりの急転に言葉を失う私を励ますかのように、フウカは、とりあえずミロカと一緒にその店出たほうがええで、との忠告を落ち着かせた声でゆっくりと言ってくれるのだけれど。……「イド」発生から「対局」開始までそんなに時間は無いはず。ってことは戦えるのはおそらくこの近場にいるミロカと私だけってことなんだろう。フウカからの通信は「本部」からだし。ここからはどんなに急いでも15分はかかるから。


「発生まであと……?」

<……展開終わりまであと30秒ってとこや、うちも急ぎそっち向かうけど、博士がいま不在やから、いろいろやらなあかんこともある。『20分』!! 何とか凌いでくれぇや>


 普通の敵なら、ミロカと二人で対処することは充分可能なんだけど、相手が「八棋帝」……先の阿久津先生が取り込まれていた「鐵将てつしょう」戦を鑑みるに、「巨大化」されるのは必定……であれば、こちらも「合体ロボ」を召喚する必要がある……でも合体にはおそらく「3人」という頭数が必要だから……つまりは「20分間」、私ら二人で何とかするしかないってこと……うううん、不安……


 とか諸々を、ミロカを引っ張って来て伝えると、ああーそういやそんな活動もしてたっけ……みたいな割と温度差の激しいことをのたまい出すので、また渾身の笑顔にて、アレ持って来てないとか無いよね? と牽制しておく。


 かかか鞄の底にあったと思うぅぅ、と、怯えた顔つきで自分の席の背もたれに掛けていた真緋色まひいろというあまり見かけない色のリュックをごそごそやり出すけど、もぉう、時間無いんだよぉぉぉ……


 刹那、だった。


 異常をいち早く察したのは、未だ盤面を注視していたかに見えた沖島さんだった。ふ、と天井を見上げると、あれって……みたいな声を上げる。その示す方を慌てて見やると、クリーム色の配管とかが剥き出しになっている殺風景な所から、「黒い円」が染み出すようにして広がってきているのが見えた。「イド」だ。


「!!」


 と思う間もなくその「円」は「半球」へとその様態を変貌させていき、ある一点から、有無を言わさない速度でその直径をむいいと広げて来たわけで。周りのヒトたち……沖島さん、モリ少年含めて、を、避難させるなんてことは出来なかった。そもそもいつもは「待ち伏せ」する形で対処していたから、向こうからの「奇襲」は想定外だったってのもある。


 それにしても何か……私たちを狙ってのピンポイント攻撃と、見れなくもない……はっきり、自分に向けられた敵意みたいなものを感じちゃうんだけれど。でもそこに躊躇している暇も無いし場合でも無い。


「ミロカ!! 一手の遅れが致命的になるかもだから、もう、ここで変身しちゃうよっ!! なりふり構ってられない!!」


 あったよーと嬉しそうに「鳳凰」の駒を掲げてくる緊張感の無い相方に顔輪筋のすぐ下辺りの筋肉が攣りそうなるけれど、それも流すほか、今は無い。


「沖島さん……びっくりさせちゃうかもだけど、そして今から荒唐無稽さハンパない『空間』が展開してしまうんだけど……ちょっとそこは呑み込むなり流すなりして欲しいんだ……」


 カバンから黒い「駒」を掴み出すと、私は先ほどまでの席でまだ検討をしている沖島さんにそう言うのだけれど。言ってることは自分でも滅裂だと分かっているのだけれど。


 それでも現状況の切羽つまり感は、やっぱり私の「いやな予感」を司ってるような器官を震わせてくるわけで、かつてないやばみを今、感じている……何度も言うけど、なりふりは構っていられない。初っ端から全力フルスロットルでいくしかない……


 私がまた、まっとうな学園生活は遅れないだろうけどもういいんだ的な決意をみなぎらせた、まさにの刹那、だった。いや、言うほど刹那感は無かったか……


「……」


 沖島さんが、まだ端末が展開する「盤面」に目をやりながら、ノールックで傍らに置いていた学校指定の鞄から引き出したものも、私がいま手に保持している「黒い駒」だったわけで。


 あっるぇ~? これってもうそんな流行はやりのアイテムだったりするのかなぁ~? そこまでえないと思うんだけどぉ~……と、私は違う角度からの揺さぶりに、もはや数あるバリエーションの真顔から、どれを選んで現出させるべきかに脳演算力を使わされてしまうのだけれども。


「『関西支部』から派遣されてきたんだ……それがこの転校の、真の目的だったりもするんだけれど。ヒト足りてないんでしょ? 『八棋帝』始め、『大物』の出現もこの千駄ヶ谷周辺になぜか限られているみたいだし、私は補強ってわけ……ま、格闘とかからっきしだから、その辺りはよろしくサポートお願いね」


 ……何だろう、これから異次元へと呑まれ込もうとするまさにその直前に、理解の及ばない異世界を突きつけられた気がして。え? え? と、またしても私は今日ぶんのキャパの「え」を使い切るか使い切らないかの状態に落とし込まれているけど、沖島さんは全くの余裕だ。そして、


「引きずり込まれる前に、みんなで『変身』しとこうかぁ。『一手』がモノを言いそうな『対局』になりそうだし、ね?」


 これは……巡り合わせなのか、それとも混沌カオス同士の誘引力なのか……ッ?


 逡巡の暇はやっぱり無かった。ミロカ、沖島さん、そして私は、「黒駒」を突き合わせると、とりあえず「変身」の掛け声をハモらせていくのであった……


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