第3話 男子寮の夜

「おっ、白川くんが帰ってきた。……生徒会は?今日はなかったのか?」


───白川が寮の玄関から足を踏み入れると、ちょうど洗濯物を取り込んでやってきた彼女と鉢合わせになった。白川は靴を脱ぎながら、「ええ」と頷く。


「それどころではありませんから。とても、生徒会の集まりなんてできる雰囲気ではありませんよ」


「……へえ?というと?」


「実は、今日僕のクラスに転入生が来たんです。それだけならまだしも、驚くことに───」


白川が彼女に事の経緯を話し終えると、聞き終えた彼女は目を丸くしながら叫ぶ。


「───お、女の子が来た……?それは、どんなご都合主義漫画なんだか……」


「はい、驚きました。クラスメイト達も、彼女が身内に入った途端に明るくなり、もはや取り合いですよ」


「白川くんも、満更でもないんじゃない?」


「それはまあ、嬉しいですよ。なんせクラスに花が咲いたわけですからね。───まあ、花ならこの男子寮にもいますが」


と、白川は微笑んで目の前の彼女を見据えた。すると肩を竦めた彼女は、「よせよせ」とそのまま洗濯物を運んで歩き出す。


───宮原 志帆みやはら しほ。彼女はこの男子寮の管理人だ。白川を含めるほとんどの男子生徒は、この寮内で生活している。元々白川達の通う私立雄大高校は、この男子寮からの通学が基本であった。しかし近年から男子寮に強制住み込みという方針の見直しが行われ、現在では自宅からの通学を許可している。よって、ここから通学する者のほとんどが親離れをした者や、自宅が遠いため登下校の資金の負担を無くしたい者である。───白川の場合は、前者の方だ。


「夕食になったら、またその転入生について聞かせてくれ。これは、いい酒の肴になりそうだからさ」


「はい。もちろん」


返事をすると、それっきり宮原は姿を消す。それを見届けた白川も足を動かし、自室を目指した。


「……?」


廊下の奥が騒がしいことに気がつく。数十人の怒号の声が溢れているような、喧騒らしい喧騒であった。そして、やがてそれはこちらに近づき、ドタドタと賑やかな足音が嵐のように通りかかった。


「「てめぇ藤枝ァ!こればっかりは許せねえからなぁっ!?」」


「ちょっ、ちょいちょいちょい!だから誤解なんだってばーっ!」


数十人の怒鳴り声に押し潰されるように、藤枝の助けを求める悲痛な叫び声が寮内に響き渡る。……これは、何事なのだろうか。


やがて白川の目の前に、アメフト部の群れに全身を潰される藤枝がスライドされてきた。彼らの重圧は相当だと、一目で理解できる。それ故に、藤枝の華奢な体躯はすでにズタズタのはずだ。


「ぐぇぇ……ぐるぢぃ……っ!───あっ!そこにいるのは委員長!後生だよ!助けてくれっ!これ以上は死ぬぅ!」


「どうしたんです、藤枝くん。何を争っているんですか?」


彼を捻り潰しているのは主に藤枝と白川と同じクラスの人間だ。白川は自分で口にした疑問に、言ってからその原因に気づく。


「……桐崎さんですか?───皆さん、せっかく我がクラスに彼女が来てくれたのですから、お互い仲良く過ごしていくべきですよ」


「そうだな白川、仲良くやってくべきだろうよ。……あんなさえなけりゃなぁ!」


「……裏切り、ですか?」


きょとんとする白川だが、藤枝はすぐに今の発言に否定を加えた。


「裏切りもなにも、俺はただ榎並と花ちゃんと一緒にクレープ食べに行っただけだよ!?」


「は・な・ちゃ・ん・と……ってとこが重要なんだろうがっ!『裏切り者には死を』とはよく言ったもんだなぁ!?」


「だだだだってだって!まだ花ちゃんだって緊張の糸とか解けてないだろうし、だからそのっ、俺と榎並が代表してその手助けをしたとかしてないとかで、むしろ善行を成し遂げたというか……!」


「悪行すぎる……!こいつ、終身刑にしてもまだ足りないくらいだ!」


「ぎゃぁぁぁ!重い重い!トン単位で重い!」


「誰が豚じゃごらぁぁぁ!」


そのトンではない、とさすがにツッコめる余裕はない。藤枝の細身が蹂躙され続けるが、なんだか微笑ましくなり白川はそのまま自室に向かうことにした。


「あっ!委員長が見捨てた!───職務放棄じゃないんですかねぇ!?……ぁぁあ!痛い痛い痛い!」


───男子寮は、今日も賑やかだ。

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