第2話 放課後は彼女の匂いがした

───午後の授業が終わり、帰りのホームルームが終わり、そうして迎えた放課後であった。しかしそうは言っても、クラスメイト全員が今日の授業の内容など右の耳から左の耳だったであろう。その原因は、彼女───転入生、桐崎 花に違いなかった。


授業中、先生が黒板にものを書いている最中を見計らい、前の席の連中は何度も何度も彼女の方を振り向いて手を振っていたりしていた。その度に困ったように微笑んで手を振り返す彼女は、しかしどこか嬉しそうだったのはよく覚えている。それはきっと、友達を作れたことを喜ぶ感情に違いなかった。傍から見ていても、その光景はとても良いものであった。


帰りの挨拶、その号令を委員長の白川がかけると、部活動に向かう者、帰宅する者に分かれ教室を出ていこうとする。その矢先に、彼らは各々桐崎の方を向き手を振った。


「じゃあな、花ちゃん!」


「明日も頑張ろうな!」


「気をつけて帰れよ!また明日!」


それを受けて、彼女はだんだんと落ち着いてきた緊張の糸を引き、手を振り返して彼らに返事をした。


「は、はい……!また明日も!」


やはり嬉しそうな顔をして、彼女は無邪気な笑みを見せていた。……どうやら、心配はないみたいだ。


「どうだ?男子校の空気ってやつは」


なんとなく俺も声をかけてみると、振り向いて少し驚いていた彼女は「あ……」と目を丸くしてから口を開いた。


「まだ初日ではありますけど、今日はとても楽しかったです!皆さんともすぐに打ち解けられて───本当に、夢みたいな時間を過ごせました」


「……そうか」


それを聞いて安堵してしまう。まるで保護者みたいな目線だと思った。そんな自分のことがおかしくも感じたが、転入生の不安が払拭できていたことに安心したのだ。


「さっきもクラスメイト全員から自己紹介されたけど、改めて。───榎並 俊介えなみ しゅんすけだ」


「はい!ちゃんと皆さんの名前、覚えるように頑張りますね!よろしくお願いします、榎並くん」


ぺこりと一礼されたので、反射的に俺もお辞儀をしてしまう。変な絵ができてしまい、どこかむず痒くなった。


「おっ、なになにー?二人だけで密会かー?」


と、そこへ顔を覗かせてきた藤枝が現れる。藤枝の顔を見やり、桐崎は「ええっと……」と名前を思い出そうとしていた。


「藤枝 架瑠ふじえだ かけるだよ。まあ、ゆっくり覚えてくれたらいいからさ!」


「あ……ありがとうございます。えっと、お二人はお友達なんですか?」


ふいに疑問を投げかける桐崎。「まあそうだな」と、俺は答えていた。


「中学からの付き合いでさ、部活も同じテニス部だったんだよ。……まあそこで色々とやらかして、そこから腐れ縁ってやつかな」


藤枝がそう補足を加えると、「そうなんですね」と桐崎が頷いた。


「今は、部活動とかはしていないんですか?もう一度テニス部とかは───」


「いや、ないな。ここにもテニス部はあるけど、俺もこいつももうやらねえよ」


少し引き離すような言い方をすると、桐崎は俺の方を向いてどこか考えるような顔をしてみせた。


「……桐崎?」


「えっ?あ……いえ。でもでも!今も仲が良いなら、それはとても良いことだと思いますっ」


両手をグーにして固め、そう主張する桐崎。そんな彼女を横目に、俺も適当な返事をした。


「……そうだな。そういうことにしとこう」


「じゃあさ!今から三人でどこか寄らない?桐崎ちゃんの転入祝いってやつで!」


藤枝が言うと、桐崎が不安げに尋ねる。


「でも、お二人のお時間を取らせてしまうことになります……。それは迷惑では───」


「そんなわけないだろ。むしろ俺は大喜びだぞ」


俺が力強くその背を押す言葉をかけると、藤枝も「そうそう!」と頷く。


「こんなむさ苦しいところに、こんな可愛い女の子が来ることなんてないからね。俺も榎並も、もちろん他の連中も昇天するくらい嬉しいに決まってるって。だから、せめてそのお礼をしたいんだよ!」


藤枝はそう言うが、すかさず俺が翻訳してやった。


「要するに女子とお茶したいってことだな。……ったく、下心をそれっぽく隠しやがって」


ため息混じりに呟くが、悪くない提案だ。もちろん俺だって、普段縁のない女子とこうしてどこかに出かけられることは純粋に嬉しい。だからなおも緊張している彼女にもう一度声をかけた。


「行こうぜ。……桐崎、どこ行きたい?」


すると彼女は、消え去った杞憂の表情の代わりに満開の笑みを花のように作り、振り返って言った。



「はい……っ!じゃあ、三人でクレープ、食べに行きましょう……!」



───放課後のラブコメイベント、開始である。




2

───到着したのは、通学路の道中に置かれたクレープ屋である。これまでも何度か目にしてきたものだったが、なんせ野郎共としか繋がりがなかったため、男だけでクレープというのもなんだか違和感があって近寄れなかったのだ。しかし、今日はいつもとは違う。


「じゃあ……いちごクレープを一つくださいっ」


「俺はチョコクレープで」


「俺はキウイクレープ!」


三人がそれぞれ違うものを注文する。受け取り終えた俺達はそのまま隣に置いてあるベンチに腰掛け、手を付け始めた。


「藤枝くんのキウイ、大きいですね……。今にも落ちそうです……」


おどおどとしながらその不安定を眺めて慌て出す桐崎。すると藤枝は「ふっふっふ……」と陰湿な笑みを浮かべてそのキウイを差し出す。疑問符を浮かべた桐崎だったが、やがてその意図を理解した。


「くれるんですか……?でも、」


「俺じゃとても食べ切れないから。半分こ!」


「あ、ありがとうございます……」


照れながらも片手で髪を上げ、藤枝の持つクレープからキウイだけを綺麗に齧る。無邪気そうな女の子にしては、どこか妖艶な雰囲気を漂わしていた。……というか普通にエロかった。


「……うぅ~!酸っぱいです~っ!」


少し体を震わせて両目を瞑る桐崎。それを眺めながら、俺と藤枝は微笑ましくなってしまう。


───それからも、俺達は夕日の中でクレープを食べていた。

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