第13話二の門


 京子たちは飛竜にまたがり天空の城に向かっていた。

 いよいよ二の門の開催が行われるからだ。



 「もうじき着くぞ小鳥遊京子」


 「はい、今回はベルト着けてもらったので一安心です!」


 京子は振り落とされることを恐れ、飛竜の鞍にベルトで体を固定してもらっていた。

 前回それでひどい目にあい、正直到着後しばし休憩を入れなければ何もできない程疲弊してしまったからだ。


 「キョウコは弱いな」


 「仕方ないじゃない、あっちの世界にこんな乗り物無いんだから!」


 ふくれっ面になりながら京子はそう抗議するも、すぐに真顔に戻る。


 いよいよ二の門が始まる。

 そして自分の料理にミリアの命がかかっている。



 「何としても勝たなきゃ!」



 京子はそう頑なに誓うのだった。



 * * * * *



 「二人とも、よくぞ参った。これより二の門を始める!」



 京子たちは大巫女の前でその宣言を受ける。

 そして事前に運び込んでおいた道具や食材をもう一度確認する。


 「小鳥遊京子、今回のあの『香り良きもの』だが、あの白いもので勝負をするつもりか?」


 「ワシャルさん、勿論あれだけじゃありませんよ。その為にバルナンダラで手に入れたこれを使うんですから!」


 そう言いながら京子はあの米を取り出す。

 ワシャルはそれを見ながら首をかしげる。


 「それはあの白くて丸い『涼果』とか言うモノの材料であろう?」


 「これは『涼果』だけに使うんでは無いんですよ。大丈夫、その為に準備はしています!」


 京子はそう言いながら米を洗い、蒸し器に入れて蒸し始める。

 クルムはその蒸す手伝いで炎の魔法を使っているがふと京子を見て聞く。


 「キョウコ、お前はあの白い物以外に何か作る気か? 凍らせていた海の魚たちはもう使えるが」


 「うん、でもまずは『涼果』を作ってからね。そして出来上がったらクルム、氷を出してね」


 「ふむ、分かった。ミリア様、落ち着いて待っていてくれ」


 さっきからおろおろとしているミリアをクルムはそう言って落ち着かせる。

 自分は料理が全く出来ないので材料を運んだり何か手伝いをしたいと言っていたが京子はそれを断り、料理が出来あがるのを待っていて欲しいとお願いをする。


 「す、すみません。私何の役にも立っていませんよね……」


 「いえ、ミリア様は祈っていてください。美味しい料理が出来あがる事を」


 京子にそう言われミリアは頷き大人しく後ろの席について祈りを捧げる。

 それを見て京子は一気にあの「涼果」を作り上げる。


 「取りあえず出来たけど、程よく冷やした方がおいしい。今回のは少しゆるめに作ったから冷やしてもそれ程には硬くならないはず。クルム、氷をお願い!」


 「分かった」


 クルムは即答して手を振ると台の上に氷の塊が合わられる。

 京子は出来あがった「涼果」をその上に置き、乾燥が進まない様に蓋をかぶせる。


 「良しっと、まずは一つ目出来上がり」


 京子がそう言った時だった。

 何処からともなくおいしそうな匂いがしてくる。


 驚き匂いの方を見るとバツナンダラの方でイカやホタテのようなモノを焼いている。

 そして驚くのが醤油の様な匂いまでし始めて来た。



 「なんていい匂い……」


 その匂いは後ろにいたミリアにまで届きお祈りをしていた彼女の気を引くほどだった。



 「この香り、イカやホタテを焼いてそれに…… 醤油!?」


 「むっ? この香りは確か豆を塩漬けにした汁だな。気付け薬として使うはずだが」


 クルムもその匂いに気付くが、どうやら薬として使うモノらしい。

 しかしその香りは正しく醤油のそれで、イカ焼きに醤油と言えば縁日の出店でも味はともかくその香りにつられてついつい買ってしまうほどの物である。



 「さあ、この豊富な海産物に我が国伝統の豆汁で焼き上げた海鮮焼き! 芳醇な香りは正しく海からの贈り物。何の特産物も無いワシュキツラには出来ないモノでしょう!!」



 見れば相手側のヒルディアは勝ち誇った様子で焼き上がりつつある海鮮焼きの盛り付けを始める。


 「くっ、確かに何とも食欲をそそる芳醇な香り! 小鳥遊京子、どうするのだ!?」


 「落ち着いてください、ワシャルさん。ちゃんとこっちだっていい香りする物を準備してますよ!!」


 言いながら京子は蒸した米を鍋に薄く張り付ける。

 そして別の鍋に準備していた熱した油を一気にその中に入れる。



 じゅぅうううぅぅ~



 薄く鍋に張り付けたコメをクルムに頼んで炎を調節して揚げて行く。

 そしてその間に切った野菜とイカやエビ、小さ目の茹でた卵などを準備して別の鉄鍋で一気に炒め始める。

 わずかにニンニクのようなモノと生姜らしい物も入れて炒める事によって何とも言えない香りがたぢょい始める。


 「うむ、なんかいい匂いだぞキョウコ」


 「まだまだここからよ! クルムそっちのライスはもういいわ」


 手元で鍋を揺らしながら味付けをしてゆく。

 塩、胡椒、そしてお酒を入れてから片栗粉を水で溶いたものを少しずつ流し込んで行く。

 根場を回すようにぐつぐつと煮込んであんかけが出来あがる。

 京子はそれをお皿に移し、飾りでねぎのようなモノをパラパラとかける。


 そして揚げ終わったこんがりときつね色になったライスをざるの上に引き上げ油切りをする。

 

 と、途端に米を揚げた香ばしい香りが漂う。



 「なっ? 何この香りは!?」


 既に海鮮焼きが焼き上がり盛り付けをしているヒルディアは驚き京子たちの料理を見る。


 「あれは何? 見た事も無い料理だけど……」


 しかし驚きの表情はすぐに変わる。

 そして自信を持って盛り付けが終わった皿を持ち上げ大巫女の前まで行く。



 「大巫女様、『香り良きもの』をお持ち致しました」



 するとミリアも京子を引き連れカートを押して来る。



 「大巫女様、こちらも『香り良きもの』をお持ち致しました」



 双方料理を大巫女の前に出してから一礼して下がる。



 「両者二の門、『香り良きもの』が出そろった。これより選定を始める。まずはバツナンダラのヒルディアの物をここへ」


 そう大巫女に言われヒルディアは盛り付けられた海鮮焼きを大巫女の元に持って行き取り皿に分けて手渡す。


 大巫女はそれを一瞥して頷き口に運ぶ。

 そして咀嚼して飲み込み満足そうに言う。


 「大海の芳醇な海の香りに香ばしくも食欲をそそる豆汁の香り。確かに香り良きものであるな」


 一口二口とそれらを口に運び食べ終わる。

 口元を布で拭き取り頷いてヒルディアに語り掛ける。



 「バツナンダラの豊富な海の幸、それを豆汁という気付け薬でここまで素材の味と香りを引き出すそれは見事であった」


 「ははっ、恐れ多きお言葉です」


 ヒルディアはそう言って頭を下げる。

 しかしその眼は笑いを押し殺せていない。


 ヒルディアは勝利を確信していた。



 「では次にワシュキツラの巫女、ミリアよ。『香り良きもの』をここへ」


 「はい、小鳥遊京子さん」


 「はい。それでは失礼させていただきます」


 言いながら京子はあの米を揚げていたものをある程度の大きさに割ってお皿に盛りつけていたそれの上にあんかけを流しかける。



 じゅうぅぅぅぅっ!



 まだ熱を持っていたそれはぱきぱきと音を立てながらぶわっと一気に米の香ばしさをまき散らす。

 しかもタイ米のように香りが強いそれは油で揚げる事により嫌な匂いでは無く芳醇な香ばしさのみを立ち昇らせる。



 「なっ!? 盛り付けた後から更に香りが!?」



 その香りにヒルディアは思わずその料理を見る。

 京子はあんのかかった揚げたコメを小皿にとりわけ、ミリアに手渡す。


 「大巫女様、どうぞお召し上がりください」


 「うむ、何と芳醇な香りか」


 大巫女はミリアに手渡されたそれを見る。

 こんがりときつね色に揚がった米はパリパリとしていて、その余熱に海鮮あんかけがかかる事により一気にその香りをまき散らしている。


 大巫女はその熱々の揚げ米あんかけを口に運ぶ。


 「むっ!? 何と言う香ばしさ。そしてそれを優しく包むこの味わいに海の幸の味が交わっておる」


 驚きながらもそれを食べ終わるが、口元を拭き終わった大巫女の前にミリアは氷で冷やされた「涼果」を差し出す。


 「大巫女様、こちらを最後にお召し上がり下さしい」


 言いながら差し出した白くて丸いモノを見て大巫女はミリアに聞く。


 「ミリアよ、これも『香り良きもの』であるか?」


 「はい、どうぞお試しください」


 言われて大巫女はそれを受け取り備え付けのフォークでそれを刺す。

 そして口に運ぶ。



 「何と!?」



 カッと目を見開き手に持つフォークを震わせる。

 大巫女の様子を見ていたヒルディアは思わず乗り出し聞く。


 「お、大巫女様いかがなさいました!?」



 「何と言う事だ、これはキキの花の香…… いや、味がする?」



 それを聞いてヒルディアは目を見開く。


 「馬鹿な! 花の香りが味になるなど、そんな事は聞いた事も無いぞ!? はっ!? 赤眼の魔女、貴様の仕業か!? 一体どんな魔法を使った!!」


 「落ち着けヒルディア様。私は魔法を使っていない。全てはキョウコがした事だ」


 そう言われヒルディアは初めて京子を見る。

 そしてわなわなと震える。


 「まさか貴様が…… 我が国の海鮮やライスを使うとは……」


 大巫女はそれでも口元を拭き大きく息を吐き二人に声をかけ始める。


 「双方見事であった。『香り良きもの』確かに素晴らしい料理たちであった。豊富な海鮮の素の味と香りを十分に引き立てるヒルディアの料理、そして特産物に乏しい土地柄であるにもかかわらず他国の素材を利用し見事な香り良きものを作り上げるミリア。ここまでの『香り良きもの』は初めてだった」


 大巫女がそう語り始めるとヒルディアもミリアもすぐさま膝をつき、頭を下げる。


 そしてそんな二人を見つめる大巫女は一旦大きく目をつぶりそいて大きく息を吐く。



 「しかし、『香り良きもの』に花の香りを味とするなどまさしく香りを食する事になるとはな。この勝負、ミリアの勝ちとする!」



 大巫女はそう言って勝負の結果を告げる。

 しかしヒルディアは顔をあげ、異を唱える。


 「大巫女様! 此度の『香り良きもの』は香りでの勝負、花の香では無く味となればそれはいささか納得のゆくものではありません!!」


 ヒルディアはそれでも納得がゆかぬと言い立てる。

 しかし大巫女はミリアを見て頷く。

 

 するとミリアは自分で米揚げのあんかけと涼果を小皿に分けてヒルディアに手渡す。


 「ヒルディアよ、自分で確かめるがよい」


 大巫女に言われヒルディアは奪い取るかのようにミリアの手からそれらを奪い取る。


 「こんなものが……」


 言いながらしかしヒルディアは米の香ばしい香りを感じていた。

 ライスは豆類と同様な使い方が多いバツナンダラではこのように米を食さない。

 しかし今自分の目の前にあるそれは確かにきつね色になってはいるがライスである。

 

 ヒルディアは意を決してそれを口に運ぶ。


 

 さくっ!



 あんのかかっていないそこはカリッと軽い食感で香ばしさが素晴らしい。

 そしてあんのかかった場所はトロトロで優しく海鮮や野菜が口の中を賑やかにする。



 「こ、こんな料理があるなんて! しかもこれは私たちの国の食材!?」



 気付くと取り皿の上には何も残っていなかった。

 そして震える手で最後に涼果にフォークを刺し、一気に口に運ぶ。



 ふわっ!!



 「そ、そんな…… キキの花の香りが味になっている…… いや、この鼻にまで登ってくる香りは正しくキキの花……」


 ヒルディアはその場で膝から崩れる。

 そしてミリアを見て気の抜けた表情をする。


 「負けたわ…… 我が国の素材を使いここまでのモノを作り上げるとは…… 悔しいけど私の完敗ね……」


 言いながらよろよろと立ち上がり首からあのペンダントを外す。



 「これでもバツナンダラの巫女! 大巫女様、今までお世話ななりました!! ミリア、あなたの勝ちよ。この後は頼んだわ!!」



 そう宣言するとソエの時と同様に体がうっすらと光りその光はミリアの首にかかげられているペンダントへと飛び込んでくる。


 「ヒルディア……」


 ヒルディアは掲げたペンダントをその手から落とし、その場に倒れる。

 そしてミリアの体を包んだ光も収まり大巫女がヒルディアのペンダントを使用人に拾わせ自分の手の中に戻す。



 「見事であった、バツナンダラの巫女ヒルディアよ。そなたの意思、確かに」



 そう言って大巫女はそのペンダントを懐にしまう。

 そしてミリアたちに向かい宣言する。



 「これにて二の門を終了とする。追って三の門を開催するまで控えよ!」



 大巫女のその宣言にその場にいる者が全員跪く。

 そして頭を下げその言葉を受ける。



 「大巫女様、承りました」



 そう下を向きながら答えるミリアだったが、その瞳からは涙の雫がこぼれる。

 勝負には勝った。

 しかしその代償はやはり大きい。




 京子は倒れて動かなくなったヒルディアの姿を黙ってみるのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お前は美味しいのか?-赤眼の魔女- さいとう みさき @saitoumisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ