第7話 争奪! 女神の雫①

「で、これからどうするんだ?」

 ヴェンティが何やら準備しているはずのクォートに尋ねる。

 一行は宿を出発した後、馬車を手配するでもなく、馬を用意するでもなく、テクテクと街中を歩いていた。

「組合へ行きます」

 とだけ答える。

「あそこに何かあったっけか?」

 疑問符を浮かべるヴェンティを、クォートはそれが当然であるかの様に無視する。

 ノーヴェ達三人はクォートにお任せで、何やら昨晩の事を色々とフィーアに尋問されている様だ。

 ヴェンティと違い、移動手段はどうするのかと言った疑問は特にはないらしい。

 クォートがちゃんと準備していると信用しているのだろう。

 そのまま歩いて『ローレンツィア総合人材派遣組合』の正門まで来ると、クォートは建物には入らず建物と壁の間の敷地を迷いなく歩いていく。

 組合の建物の外観を真上から見ると綺麗な四角形ではなく、多少デザイン性も考慮した凸凹としたシンメトリーの形をしている。

 そんな凹の部分に当る、建物内からも敷地からも死角になっている一角でクォートが立ち止まる。

「アンロック」

 ボソリとクォートが魔法を行使すると、カチリと地面から音が聞こえる。

「レリーズ」

 続けて別の魔法を唱えると、地面の草が消え地下へと続く階段が現れたではないか。

「「おお~~!」」

 と思わず声を上げるノーヴェとティオ。

 声こそ出さなかったものの、ヴェンティとフィーアも驚きを隠せない様子だ。

「目的の場所はこの下です」

 と言ってスタスタと階段を下りていく。

 クォートは壁に据付けてある魔道具のランプにMPを注ぎ、灯りを燈していく。

「勝手にこんなトコ使っていいのかよ?」

「勝手に使っている訳がないでしょう。正式に私が組合から借りている部屋ですよ」

 当たり前だろうと呆れた様子でヴェンティに返す。

「ただ、あまり他人には知られたくない部屋ですから、こうやって隠しているのですよ」

 階段を一番下まで下りた先には一枚の扉。

 そこで再びアンロックとレリーズの魔法を唱える。

 すると、目の前にあった扉が消え、右手側の壁に新しく扉が現れた。

「随分厳重に隠してるじゃねーか」

「それだけの価値がある、と言う事です。この国の人間はその価値に気付いていない様ですが」

 だからこうして簡単に私が借りられた訳ですが、幸か不幸か。とクォートは自嘲する。

 新たに現れた扉を開け中に入ると、人が十人も居れば窮屈に感じる程度の小部屋が一つ。

 特に何も置いておらず、軽くジャンプすれば届きそうな低い天井に魔道具の灯りが一つだけ。

 遮るものもなく、煌々と部屋全体を照らしてくれているため、地下とは思えない明るさだ。

 そんな殺風景にも程がある部屋に唯一ある物。

 床に刻まれた巨大な魔法陣だ。

 見たところ直径が五ミート以上はありそうなその魔法陣は、部屋の床のほぼ全てを占めている。

 ──いや、逆なのだろう。

 この魔法陣を囲うために作られたのが、この小さな部屋なのだ。

「何の魔法陣だい、こりゃ?」

 フィーアの問いにクォートは、ズレてもいない眼鏡をクイっと中指で押し上げる。

「古魔導王国時代に使われていたと思われる、空間移動系の魔法陣です。これは一方通行の送喚陣になっているんですよ」

「良くそんな事まで分かるな。術士は魔法陣を見ればそんな事まで分かるのか?」

「現代の魔法陣でしたら、ね。これは紋様が古過ぎて流石の私でもそこまで詳しい事は分かなかった……となれば、使ってみるしかありませんよね? なあに今までに何回も使った事がありますから、安全性には問題はないですよ? 問題があるとすればそれは……」

「それは……?」

 ついオウム返しに尋ねるノーヴェ。

「魔法陣の起動に必要なMPの量です!」

 事実、床の魔法陣はその刻まれた紋様が見えるだけで、励起状態特有の紋様が光る様子がない。

「この魔法陣は本来、上級の術士が十人掛りで起動させる様な代物です。いつもは十日ほど掛けてMPを注いで起動させていたのですが……。経験から考察した結果、この魔法陣の起動に必要なMPはおよそ千。全員分をフルに注いでも数日は掛かってしまいます。ですが今回はその様な暇はありませんからね……」

「何かアテがあるんだろう?」

 じゃなかったらこんな所に連れてくる筈がないだろう? とヴェンティは言う。

「当然です」

 と言ってクォートはノーヴェを指名する。

「えっ!? オレ!?」

 驚くノーヴェに、レベルエンチャントをMPに使用するよう指示をする。

「うぇっ!? 能力値強化のスキルでMP増やすとか出来るのか?」

「正確にはステータス強化です。MPもステータスの内。問題ないでしょう」

 他人のスキルの事だというのに、自信満々に言い切るクォートに、出来て当然な気になってくるノーヴェであった。

「エンチャント発動後、『ブート』と唱えて下さい。魔法陣の起動呪文です。魔法陣が起動したら陣内に居るモノからMPを採って行きますので、ノーヴェ以外は陣外に居るように」

 ではよろしく、とクォートに促され魔法陣の中央に立つノーヴェ。

 他の四人は一旦部屋から出る。陣外に出るにはそれしかないからだ。

 それを見届けると、ノーヴェがスキルを発動する。

「レベル>>>MPエンチャント! (3→1012)」

 続けて、

「ブート!」

 とクォートの指示通り魔法陣を起動する。

 ノーヴェの呪文に反応し、魔法陣の紋様が淡い光を放ち始める。

 見た目に派手な変化はないが、徐々に紋様の光が強く輝き始めている様だ。

 魔法陣が順調にノーヴェのMPを吸収しているのだろう。

 その様子を見守ること数分。

 ノーヴェの体がグラつき倒れそうになったところで、すかさずクォートが部屋に入りノーヴェの体を支える。

 この為にクォートは部屋を出た時も、入口に一番近い所に立っていた。

 ノーヴェの体を支えるクォートは、駆け込んでこようとする他の仲間達に「まだです」と、部屋に入って来ない様に告げる。

 まだ魔法陣は励起しておらず、起動中なのだ。つまりは、まだMPを欲している。

 移動先で直ぐ様戦闘と言う事もないだろうが、万一と言う事もある。

 MPを温存しておける者は温存しておくに越した事はない。MP不足でスキルが使えないとなれば、その者の戦闘力は格段に落ちてしまうのだから。

 起動に必要なMP量と下駄を履かせたノーヴェのMP量、そして自分のMP量を考えれば、先ずノーヴェのMPを全消費した後、足りない分を自分が補うのがベストだとクォートは考えていた。

 魔法陣がクォートのMPを半分ほども吸った所で、紋様から強い光が立ち昇り部屋を埋め尽くす。

 魔法陣が励起状態に入った証である。

「よし。もう入って来ていいですよ」

 光の中からクォートが外の三人に声を掛ける。

 三人は恐れる様子もなく、むしろとても興味深そうにそれを見やりながら魔法陣に足を踏み入れる。

「コレで好きな所に移動出来るのか?」

「まさか。この魔法陣と繋がっている場所だけですよ。移動先の魔法陣が残っていないと使えませんので、移動可能なポイントは十箇所です。その中でなら自由に行き先を選べますが」

「じゃー丁度良い感じに先回りできる場所があるんだね!」

 ティオの歓声にクォートが頷く。

「そう言う事です。幸い昨日の時点での居場所から、速度と方向が分かっています。上手く先回りできるでしょう」

「運んでる奴が移動先とか変えてたりはしねぇのか?」

「私の考えが外れていなければそれはないでしょう」

「只の物盗りじゃないって事かい?」

「ええ。元々今回の《女神の雫》は内々で、魔法の国が競り落とす事に決まっていました。それを何処かに雇われた盗賊団が強奪。それを討伐して取り返したら、即座にその中から盗んで行く。余りにも出来過ぎているとは思いませんか?」

「それだけしてでも欲しいって事じゃ……ん?」

 自分で言っていて可笑しい事に気付くフィーア。

「そうです。そこまでしてでも欲しがる奇特な国も組織もありません。唯一魔法の国だけが伝統として集めているだけですからね。ですが、今実際現実として、それを手に入れようとしているモノが居る。或いは、手に入れようとしていると見せたいモノが居る、とも言えるかも知れません。どちらが狙いかはまでは流石に解りかねますが」

「つまり、あんたの考えでは、一連の流れは誰ぞの掌の上って事かい?」

「そうです。そしてその誰かは……ほぼ間違いなく、弓の国でしょう」

 クォートがそう告げると、ピクッとほんの僅かながらティオが反応する。

 目聡くそれに気付いたフィーアがティオに尋ねる。

「どうかしたかい? ティオ」

「いや~……。良くそこまで分かるもんだなーって思って」

「まあアイツは頭だけは良い奴だからねぇ。普段は研究と実践にしか興味のない奴なのにねぇ」

「誰が研究馬鹿ですって? 照れるじゃないですか」

「其処までは言ってないよ」

「そうですか……」

 何故か残念そうにするクォート。

 気を取り直して続ける。

「何故弓の国だと考えるのかと言いますと、消去法です。売買の契約が済んでいた剣の国と魔法の国をまず消します。魔法の国と同盟を結んでいる盾の国も消して良いでしょう。同盟とは名ばかりの実質的には属国ですからね。そして槍の国は剣の国と事を構える為に後顧の憂いを断つよう、魔法の国と不可侵条約を結んでいます。魔法の国も弓の国と対立していますから、願ったり叶ったりでしょう。となると、この中原地帯で残る国は弓の国だけとなります。そして弓の国には魔法の国と剣の国と事を構えても勝利し得る戦力があります。以上の事から、今回の件の裏には弓の国が絡んでいると私は考えています」

 一呼吸置いて話を締める。

「勿論私の考え違いという可能性も少なくはありませんが、その時はその時です。私の考え通りなら対象は今も商人を装ったまま、街道を東に向かって移動しているはず。先の情報から計算すると、東街道の一番関所から二番関所の間に居ると思われます」

「じゃあ二番関所で待ち伏せか?」

 ヴェンティからの問いに一部は肯定し、一部は否定する。

「二番関所に一番近い場所に転移はします。が、待ち伏せはしません。討って出ます」

「何か策があるんだな?」

「ええ。勿論」

 ギラリと眼鏡を光らせるクォートに、「それなら良い」と詳細は聞かず任せるヴェンティ。

 はなから頭脳労働はクォートの担当とばかりに、口を挟む気のないフィーアとティオ。

「では行きましょう」

 全員ちゃんと魔法陣の中に居ることを確認し、クォートが「テレポート」と呪文を唱えると、魔法陣の魔法が発動し五人を目的の地へと転送する。

 五人を転送し終わるとMPを使い果たした魔法陣から光が失われ、元の床の跡へと戻る。それと時を同じくして、クォートが元から仕掛けていた小さな魔法陣がその効果を発揮。地下室を再び不可侵の領域へと為さしめるのだった。


 ◇


 剣の国、東街道北部の大森林地帯。

 その中を依然進行中のとある一部隊。

「たいちょー、まだですかー?」

 部下その一からそんな泣き言が洩れて来る。

 魔法の国から剣の国の国境を越え、大森林にまぎれて進行することはや三日。移動距離は直線にしておよそ五〇〇ジンミート。目にする物は木、木、木、木。何処まで行っても、何処までも、木、木、木、木。

 移動では邪魔な枝葉や樹の幹、鬱蒼うっそうと生い茂る多様な植物に気を配り、野営となれば見たこともない虫やら獣への警戒を怠る事はできず、疲労が目に見えて堪って来ているのが分かる。

 その上こうもずっと同じ風景ばかり見せられては、多少の泣き言も出ようというものだ。

 まあ泣き言が洩らせる程度には、まだ余裕があると言う事でもあるが。

「皆さんの頑張りで順調に進んでいますから、目標地点まではもう少しと言ったところでしょう」

 隊長と呼ばれた女性は、木々の間を高速で飛び抜けながら視線を巡らせる。

 一行は徒歩ではなく、部下達のリレー方式による飛行魔法で移動していた。

 正確には飛行の魔道具に部下達がMPを注ぎ続け、飛行の制御を隊長が行っている。といった状況だ。

 女隊長は他と比べ随分と背の高い大樹を見つけると、部下達に停止の合図を送る。

「ここで少し休憩を挟みます。MPを回復させておくように。私は上から周囲を確認して来ます」

 そう言うや否や、見つけた大樹をスルスルと登って行く。

「はぁー……やっと休憩かー」

「流石にこうずっと森の中だと、気が滅入りますね」

 部下一と部下二がどっかと地面に腰を降ろし樹にもたれ掛かると、持っていたMP回復薬をあおる。

 持ち運びに便利な丸薬タイプであるが、「不味い」がお世辞になるレベルの代物であるため、兵達の間では不評の嵐だが背に腹は代えられぬと魔法の国の兵の多くが携行している。

 これには液状のタイプもあり、こちらは味も飲みやすいのだが、如何せん持ち運ぶには不便であった。容器が瓶であるため嵩張る上に重く、いざ使おうと思ったら割れていた……何ていうのは兵士達の間ではままある話であった。

 兵士達の間で『ヘルズゲート』と呼ばれている丸薬を何とか飲み下し、部下一と部下二は一息吐いてMPと、気力体力の回復に専念する。二人は今日のここまでの飛行のMPタンク役であった。疲労もひとしおである。

「周囲に危険な生物の反応なし。──少しゆっくり出来そうですね」

「予定通りなら、かなり街道に近い所まで来ているはずだ。毒虫達以外にも、剣の国の街道警備隊の兵にも気を付けろよ」

 部下三と部下四は立ったまま周囲を警戒している。

 以上の部下四人と隊長の合わせて五人が、魔法の国が擁する《女神の雫》回収専門部隊『ソーサー』の一隊である。

「それにしても……」

「ああ」

「「「「隊長の体力は化け物か」」」」

 この三日間ずっと一番神経を使う飛行制御を行っていた女隊長は、今も休む事無く大樹の天辺から周囲を観察していた。


 部下から化け物扱いされているなどとは知る由もなく、女隊長は樹の天辺付近、枝葉で姿が隠せる位置から周囲を窺う。周囲の木々の倍ほどもあろうかと言う高さのため、非常に見通しが良い。

(当初の予定より少々東ですが、まあ誤差の範囲内ですね)

 一番関所と二番関所の中間地点を目標としてたが、そこより東に一〇ジンミート程離れていた。

 剣の国の大動脈たる街道の一つ、東街道までは南に直線でおよそ一ジンミート。森の外縁までは八百ミートといったところだろうか。

「ホークアイ」

 遠見のスキルを使用し、街道を及びその周辺を移動する兵が居ないか入念にチェックする。

 東の二番関所側には特にそれらしい動きはなし。

 西の一番関所側からは街道をひた走る騎馬の一団が見受けられる。ローレンツィアから急ぎ駆けて来たのだろう。ご苦労な事ですねと、誰に聞かせるともなく呟く。

 騎馬の一団は一番関所を出発して間がないようで、一隊の潜伏する位置からは遠見のスキルを使ってやっと何とか視認出来るかという程に遠い。

 街道から南に数百ミートほどの位置には、街道警備隊の一隊が東から西へ向かって巡回警備を行っている様子が窺える。こちらは特に急いでいる様子はない。こちらの近くを通り掛るまでにはまだ一~二時間は掛かるだろう。

 そして肝心の《女神の雫》を運んでいる工作員は──。

「『ろの一番』は中間点を越した所ですか」

 女隊長──『いの一番』こと弓の国の女王は、馬車で街道を東に向かって移動を続ける部下を発見する。

おおむね予定通りでしょうか。『ろの一番』には申し訳ないですが、本気で抵抗して頂くとしましょう」

 『ろの一番』にはここで襲撃のある事を伝えていない。

 伝えてある偽の受け渡し地点は、ここより遥か東の国境の街である。

 ここで欲しいのは、弓の国の工作員が命懸けで《女神の雫》を守ろうとした、という事実である。

 そしてそれを外部の人間──女王が率いてきた魔法の国の部隊や、剣の国の追手達に見せ付けるためである。

「もう少々、遠方の騎馬団を引き付けたら行動開始と行きましょうか」

 女王がこの後の予定を決めていたその時、誰もが計算に入れていなかった一団が二番関所の西側宿場町のとある一室に姿を現していた。

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