第6話 探せ女神の雫! ②

 ノーヴェがスキルを発動させてからおよそ一時間後。

 むくりと、食堂のテーブルに突っ伏して寝かせられていたノーヴェが目を覚ます。

「お、目が覚めたか」

 ノーヴェが起きた事に気付き、ヴェンティが声を掛けてくる。

 まだ少しハッキリしない意識のままノーヴェが周囲を見渡すと、フィーアはまだ寝ていた。ヴェンティとクォートは騎士団員を捕まえて、宴会の続きをしていた。

 ティオが居ないなと、キョロキョロしていると、

「ティオの嬢ちゃんなら……」

 とヴェンティが何か言おうとした瞬間──。

「わっ!」

「うわっ!!」

 突然背後から気配もなく脅かされ、ノーヴェは飛び上がるほど驚いて椅子から転げ落ちる。

 ガターン! と派手な音をさせて椅子と一緒に転がるノーヴェを見て、「大成功!」と笑顔一杯満足気な顔のティオ。

「遅かったか……」

 こけた椅子を起こし、起き上がるのに手を貸すヴェンティ。

「何だ……うるさいねぇ」

 寝ていたフィーアも目を覚ます。

 ふぁーあと大きな欠伸あくびと共に、ぐいぃっと大きく胸を反らす。

 ティオに怒るのも忘れて、ついそちらに目が行くノーヴェ。

 ノーヴェに視られている事を分かった上で、もう少しサービスしてやろうかと考えるフィーアだったが、フィーアの胸に釣られるノーヴェに少しムっとしているティオの姿を確認し、今の所は止めておくかと元の姿勢に戻る。

「全員起きた様で丁度良い。ノーヴェ、どうでしたか?」

 クォートから問われて、ノーヴェは意識を手放す前の記憶を辿たどる。

「えーっと……うん。あったあった」

「それは何より」

 それを聞くと、すっと懐からローレンツィア周辺の地図を取り出し、料理などを脇に避けてスペースを作ってテーブルに広げる。

「まず、近くに多数の反応があったと思いますが……」

 視線を騎士団員に向けて問う。

「オークション品は今何処に保管していますか?」

「安全を考慮して、壁の内側、騎士団本部の倉庫に保管してありますので……」

「という事は、此処ですね」

 地図の一点を魔法で光らせ、ノーヴェに向き直る。

「一つ離れた場所に反応があったと思いますが、多数の反応に対してどの位置でしたか?」

「距離は大分離れてたけど、方向としてはオレを挟んで反対側……だったと思う」

「でしたら東の街道でしょうね。移動時間を考慮すると一の関所──ローレンツィアに近い順に一から五までの関所が各大街道に設けられている──まで行けているかどうか、と言ったところでしょうか」

「はっ! 有難う御座います! 直ちに本部に連絡し緊急手配を致します!」

 長々と待たされた事は脇において、感謝の弁を述べる騎士団員。

 サッと身をひるがえして騎士団本部に駆け戻ろうとする背中に、クォートがポツリと一言投げ掛ける。

「はい。頑張って下さい」

 思わず振り返る騎士団員。

 その顔にはありありと、「手伝ってくれないんですか?」と書いてあった。

「私達は傭兵ですよ? 手伝って欲しければ依頼を出して来るのですね」

 クォートはにべもなく言い放つ。

「まあ依頼が出されても、受けないと思いますけどね」

 とノーヴェも否定的だ。

「ウチのリーダーがこう言ってる事だし、諦めて早く騎士団で動いた方がいいんじゃないか?」

 そうヴェンティにダメ押しされ、騎士団員は一礼して食堂から走り去って行った。

 それを見送った後、ヴェンティは一度外に出て周囲を確認して戻って来る。

「で、本当の所どうするつもりなんだ?」

「依頼は受けない。折角のチャンスだし《女神の雫》はオレ達で戴こうと思う」

 ハッキリとノーヴェは告げる。

「眉唾物の伝説でも、試してみる価値はある……かなってね」

「魔法の国が所蔵している四つはどうするつもりだ?」

「それはまず一つ手に入れてから考えよう」

「……そうだな。どのみち六個目が見つからない事にはな」

 ヴェンティはクォートを見て、何か意見はあるかと問う。

「どうした所で、《女神の雫》を奪えばそれを狙っている連中にはバレるでしょう。無駄に厄介事を背負い込む事になりますが、その覚悟はありますか?」

「いよいよ駄目そうなら手放して逃げるのもありじゃないかなと」

「命を懸ける気はないと?」

「仲間の命を懸ける気はないよ」

 ノーヴェは真っ直ぐにクォートの目を見据えてそう言った。

「フフ。良いでしょう。それでは予定を変更して明朝みょうちょうから、《女神の雫》奪取に向けて動くとしましょう。騎士団に邪魔されずに標的を追う算段を付けておきますね」

 クォートはグラスに残っていた、もう何杯目になるか分からないワインを飲み干し立ち上がる。

「集合場所はここで良いでしょう。皆はこのまま泊まって行きなさい。私は研究所に戻って色々準備と仕込みをして来ます」

 そう言い残すと、確かな足取りで自分専用の研究所へと戻って行った。

「ワタシも一旦娼館に戻るとするよ。また出掛けて来るって連絡しておかないとね」

 フィーアは若干まだ眠そうにしながら、娼館へと帰っていく。

「ふぁ~あ……。ノーヴェは宿がここだったな? 俺も泊まっていくとするか。嬢ちゃんはどうする?」

「ノーヴェの部屋に泊まってく!」

「っ!?」

「なーんちゃって! ジョーダンジョーダン……エッチな事、期待しちゃった?」

 ムフフといやらしい笑みでノーヴェを見つめる。

 何か反撃しようと思わず立ち上がったノーヴェだが、全くのノープラン。

 しかしここですごすごと敵前逃亡するのも情けない。

 ええーいままよとその場の勢いでティオのおでこに軽く触れる程度のキスをする。

「じゃ! お休み!」

 パッと離れると、直ぐ様そう言い残して自分の部屋へとダッシュしていく。

 ティオの反応を見る余裕なんて欠片もないノーヴェを、「若いねぇ」と暢気にヴェンティは眺めていた。

 チラとヴェンティは視線をティオに向けると、顔を真っ赤に染めて固まっているティオが居る。

「えっ!? ふぇっ!? あ……あわわわわわ……」

 言葉にもならない言葉を、可愛気のある口からもくもくと洩らしていた。

「おーい嬢ちゃん。帰ってこーい」

 目の前で掌をフリフリしてみたり、軽く頬をぺしぺしと叩いてみるも音沙汰なし。

「駄目だこりゃ」

 ここに一人置き去りにするわけにも行くまいと、ティオが正気に戻るまで待つ事にしたヴェンティが寝床に就けたのは、その後三十分ほど経ってからの事だった。


 翌朝。

 太陽がすっかりその姿を晒し、街には人々が溢れ賑わいを見せる。仕事場へ向かう者、商売の準備を始める者、学舎に向かう子供達、街を見て回ろうという商人や旅行者等である。

 そんな朝の賑わいが一段落する頃──。

 一行の中で一番に食堂に顔を出したのはヴェンティだった。案外しっかり者なのである。

 続いてフィーアが食堂を訪れたが、まだヴェンティしか居ないのを見てUターンしようとするのをヴェンティが止める。

 その後はいつもの殴り合い(ドタバタ)を、いつもの様に始めていると、宿屋のオヤジに「人様の店の前で朝っぱらからはしゃいでんじゃねぇ!」と、有難くも拳骨を一発ずつ頂戴したところで強制的にお開きにされる。

 そんな騒ぎを聞き付けた──嫌でも聞こえた──ノーヴェとティオが上階から降りて来る。

 昨日の事はお互いちゃんと覚えている様で、二人の様子はどこか余所余所しい。

 が、ノーヴェが距離を取ろうとすると、ティオがすすっと近付いていく。

 でも、そうやって近付きすぎると慌てて距離を取って、また近付く。

 ノーヴェもティオの様子をチラチラと窺いながら恥ずかしそうにしている。

 そんな二人──特にティオの様子を見て察するフィーア。

「ティオがノーヴェにしてやられたか。ノーヴェをからかうつもりが、しっぺ返しを喰らったって所かねぇ」

 攻めてる時ほど防御が甘くなっているのは、何も戦闘に限った話ではないとフィーアは良く知っていた。

 互いに気になっている様だし、好きにさせておこうと敢えて気付いていない振りをする。

 朝の挨拶を済ませた四人はクォートを待つかたわら、朝食を済ませてしまう事にする。

 朝用のセットメニューを人数分注文し、ヴェンティは追加で牛のステーキを百クート──一クートは約三グラム──ほど頼んでいた。

「朝っぱらから肉なんて良く食うねぇ」

 呆れた様子でフィーアがそう言うと、

「朝にしっかり食っとかなきゃ力がでねーだろ。肉こそパワー! だぜ」

 むしろお前が肉食わねえ方が驚きだとヴェンティが反論する。

 程なくして厨房から人数分の朝食セットが運ばれて来る。

 分厚く切られたトーストに一つ卵の目玉焼き。大振りのウインナーが二本と季節の野菜のミックスサラダ。デザートに果実入りのヨーグルトも添えられている。

 朝食としては中々にボリューミーな内容である。

 ヴェンティとフィーアにはホットコーヒーが。ノーヴェにはジュース、ティオには紅茶が渡されて、取り敢えず全員分来た所で食べ始める。

 黙々と目の前の料理を平らげている横から、ジューという景気の好い肉の焼ける音と香りが四人の耳朶じだと鼻腔をくすぐる。

 ヴェンティがちゃっちゃとセットを食べ終えてしまう頃に焼き上がったステーキが運ばれて来る。

「へいよ。お待ち!」

 良く熱された小型のプレートに載せられたステーキがジュウジュウと旨そうな音を立てている。

「う~ん。これこれ。堪らんね」

 一片の躊躇なくフォークとナイフを駆使して、程よく焼き上がっているステーキを次々と口に運んでいく。脂は少な目な分しっかりとした肉の味を堪能しながらも、あっと言う間に平らげてしまう。

 そんなヴェンティに呆れを通り越して若干感心してしまっている女性陣と、じゅるりと唾を飲み込んでいるノーヴェ。

「…………お、オレもステーキを! ……五十クートください」

 とても美味しそうに見えてしまい、ノーヴェもついステーキを追加注文するのだった。


「いや、済まない待たせたかな」

 そう言いながらクォートが四人と合流したのは、すっかり全員食事が終わり、こっちからクォートの研究所まで行こうかと話していた頃だった。

 この頃には昨夜の事を意識しすぎてギクシャクしていたノーヴェとティオも、普通に会話できる位には調子を取り戻していた。

「おう。待った待った。もう少しでお前んとこ押しかける心算だったぞ」

「先に朝済ませちゃったよー」

「それは丁度良い。早速行動開始と行きたい所ですが……」

 チラとノーヴェに視線を送る。合図はリーダーの仕事である。

「ああ。行こう! 《女神の雫》は俺たちが貰う!」

「「「「おう!」」」」

 一行は《女神の雫》横取り大作戦を開始するのだった。


「あいつら、ちったぁ隠そうって気はねーのか……」

 当然五人の会話は宿屋の主人である夫妻には筒抜けだ。

 一行にとっては幸いな事に、混み合う時間帯ではなかった事に加え、ヴェンティと主にフィーアが少々はしゃいだせいで食堂には一行以外の客が居なかったため、夫妻以外に聞かれはしなかったが。

「それだけ信用されてるんでしょ」

「はっ! 奴らがそんな殊勝なタマかよ。あいつらのはずぼらって言うんだ」

 満更でもなさそうな表情でオヤジは、遠ざかる一行の背中を眺めていた。


 ◇


「こちら『いの一番』、『いの一番』。『いの二番』聞こえているか?」

「はいはい、聞こえてますよー。えーっと……こちら『いの二番』です」

「よろしい。例の物は今どうなっている?」

「ちょっと待って下さいね……。えーっとぉ……あ! あったあったありました! 『ろの一番』さんからの連絡で、先程剣の国東街道一番関所を通過したらしいです。……あのぅ、姫さ……じゃなかった陛下でもなくて『いの一番』。──『い』だの『ろ』だの面倒臭いんですけれど、止めていいですか?」

「だ・め・で・す」

「や・め・た・い・で・す!」

「駄目ったら駄目ですー! 雰囲気が台無しじゃあないですか! 全くもう!」

「あーもうはいはい、分かりました分かりました。ちゃんとやりますよぅ」

「分かれば宜しい。こほん。……例の物は一番関所を過ぎた所だな?」

「こちら『いの二番』、『ろの一番』からはそう報告が上がっている。『いの一番』の現状を知らせたし」

「こちら『いの一番』、現在魔法の国の一小隊を率いて受取に向かっている。現在は関所を大きく迂回し、東街道北部に広がる大森林地帯を順調に移動中。軍の惹き付けは上手く行っている様だ。受け渡し場所に変更はなし」

「こちら『いの二番』、了解。……あのう……」

「こちら『いの一番』。……どうしたの?」

「何でここまでして手に入れようとしてる物を、魔法の国に渡しちゃうんですか? 今のところは休戦中ですが、敵国でしょう?」

「一つ手に入れる事に意味はないし、五つ持っていても同じ事。あくまで必要なのは六つ。そして最後の一つは未だ見つかってすらいません。昔私達の国にあったという一つも、発見されたら直ぐに魔法の国に売ったみたいですし、現在四つ所持している魔法の国も、古魔導王国時代からの宝物だから一応収集しているだけで、それほど熱心ではありません。が、これを私達が狙っていると知れば……」

「あっ!? もしかしたら伝説が本当なんじゃないかって思っちゃいます!」

「彼の国と敵対している私達がこうも必死に狙っている……という体を取っておけば信憑性が高まるでしょう。そして後一つで六つ揃うとなれば……」

「頑張って探しちゃいますよう」

「特に現在の魔法の国は弓の国に対して劣勢ですからね。開発中の秘密兵器以外にも対抗策は欲しい所でしょうから、可能性の一つとして《雫》探しにも力が入る事でしょう。そして頑張って見つけて戴いた最後の一つを私達が美味しく戴いちゃう訳です。労せずに、ね」

「姫様わるーい!」

「褒め言葉と取っておきます。そうなれば後は、実力で持って残りの五つを手に入れるだけです」

「ところであの伝説って本当なんですか? 何でも願いを叶えてくれるとか、いまいち……」

「さあ? 集めてみれば分かる事。私の目的のための手段の一つに過ぎないんだから、ホラだったからってどうと言う事はないわ。また他の手を考えるだけよ」

「仮に伝説が本当だとしたら、どんなお願い事されるんですか?」

「決まってるわ。人探しよ。私を伴侶とするべき人を、ね」

「ふえっ!? お婿さんならそんな物使わなくて幾らでも……」

「不特定多数の婿候補を探したい訳じゃないの。心に決めている人が居るのよ」

「ええー!! 誰なんです! 何処にいるんです! どんな野郎なんです! ぶっ飛ばしてやりますよ! そんな不逞ふていの輩は生かしちゃおかねぇ!」

「さあ? それが分からないから困っているのよね」

「え? 何が分からないんですか?」

「何がって言うか、何も。歳も、性別も、容姿も、名前も、住んでいる場所も。なーんにも分からないのよね。分かっているのはこの時代のこの世界の何処かに居るはずって事だけ」

「何ですかそれ! そんなの見つかる訳ないし、見つけ様が無いじゃないですか!」

「だから困ってるんじゃない。何のために欲しくもない《女神の雫》なんて集めようとしてみたり、やりたくもない女王の地位を得たと思ってるの」

「女王の仕事なんて即位前から一度もした事ないじゃないですか……。全部私がやってるんですよ!」

「適材適所でしょ? 私、政治とか全く興味ないし」

「もー! いいですけど! この仕事も慣れましたし!」

「まあそう怒らないで。コレが終わったら二人でお出かけしましょ。ね?」

「はいはい。分かりました。楽しみにしていますね。ただ、今ひめ……じゃなかった『いの一番』は敵地にお一人なんですから、気を付けて下さいね」

「こちら『いの一番』、それこそ誰に向かって言っているの。いつもの事じゃない。いざとなれば、自力で全部蹴散らして帰るわよ」

「こちら『いの二番』、ですね。『いの一番』を止められる人なんて居ないと思いますけど、万一って事もありますし、大事なお体なんですからね!」

「こちら『いの一番』、ありがと。十分気を付けます。では交信終わる」

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