第4話 決戦! ツヴェルフ傭兵盗賊団! ②

 いまだ太陽が目を覚まさず、煌々こうこうと光る二つの月が世界を支配する。満天の星のまたたきは闇夜を支配する双月そうげつの従僕である。

 世界を夜のとばりから解放する、日の出まで後およそ一時間ほど。世界が最も寝静まるそんな時刻に、のそりと起き出し動き出す一団があった。

 討伐隊である。

 すでみな装備を整え直し、いつでも仕掛けられる状態にある。寝こけて稼ぎ時を逃す、そんな間抜けは居ないようだ。

 トゥレウスは身振りだけで作戦開始の合図を送る。それを受け、すみやかに行動に移る討伐隊の面々。ある程度まとまった形で盗賊団の潜伏する遺跡目指して森へと進入する。

 ノーヴェ達のパーティもそれに合わせて森へと突入する。

 森に突入して程なく、クォートがノーヴェに声を掛ける。足は動かしたままだ。

「ノーヴェ。私達は一旦集団から離れて遺跡の反対側へ周り込みましょう」

「理由は?」

「オークション品が野営前の位置から少し移動していました。そして今また移動を始めています」

「どういうこと?」

 ティオが横から疑問を投げ掛ける。

「私達の襲撃が察知さっちされています。その上で、逃亡を図ろうとしていると見て間違いないでしょう」

 そこでふとある事にノーヴェが気付く。

「何で移動してるのが分かるんだ?」

 そうクォートに尋ねると、眼鏡をキラリと光らせて──月明かりもろくに届かぬ森の中で。これぞ正に魔法の無駄遣いである──待ってましたとばかりに口を開く。ヴェンティとフィーアは、また始まったぞと言った表情を浮かべている。

「良い所に気が付きましたね! おっと……その前に──」

 クォートが杖を一振り、二振りする。

「これでよし」

「今の何したの? 何したの?」

 ティオが興味津々きょうみしんしんでクォートに尋ねる。

「指向性サイレスとインビジビリティの魔法を掛けました」

「?????」

 ティオには良く分からなかった様だ。

「……外の音は聞こえるけれど中の音は外に漏らさない魔法と、姿を隠す魔法です。私の周囲五ミート程の範囲だけですので、離れすぎないよう注意してください」

 クォートはどうやら解説好きなのか、いやな顔一つせずティオにも分かる様に砕いた表現で説明する。

 インビジビリティの魔法は、相手に偽の光景を見せる事で自分たちの姿を消す事が出来るのだ。

「おお~~! クォート凄いね! 詠唱も呪文──魔法におけるスキル名にあたる──も魔法陣もなかったし!」

「『実戦魔法』の研究者ですからね」

 フフフと笑みを浮かべるクォートは、満更まんざらでもない様子だ。

「スキル名を唱えなくても使えるって反則じゃない?」

 ノーヴェの疑問にもホクホク答えてくれる。

「スキルと魔法は厳密には別物なのです。キチンとおさめれば呪文など必要ないのですよ。まあこの話は少し長くなるので、また後程という事で」

 名残惜しそうに説明を打ち切るクォート。

「では、話を戻しましょう。なぜ私にオークション品の動きが分かるのか……」

 それはかの盗賊団こそが最も知りたい情報であろう。

「こんな事もあろうかと。こんな事もあろうかと!」

 大事なことなので二回言いました。

あらかじめオークション品全てにマークの魔法を付与しておいたのです。こうする事で、効果が切れるまで常に特殊な魔法信号を出し続けるのです。そしてそれを探知する専用の魔法で信号をキャッチする事で場所を特定しているのです」

 ちなみにどちらも私のオリジナルの魔法です。とサラリと凄い事を言う。

「じゃあ出発前にトゥレウスさんが言ってたあれは……」

ブラフです。間者がまぎれている可能性がありましたからね。ちなみにもう一つ、この討伐隊自体もカムフラージュ、囮です。元々の本命は私たち二人です」

 と自分とヴェンティを指し示す。

「何とは言っても団長のツヴェルフはレベル五〇を超えると言われる強者つわもの。討伐隊の面々では荷が勝ち過ぎます。ですので、討伐隊が団員を引き付けている間に、私たちが団長を始末しオークション品を奪還するというのが今回の筋書きでした」

「でしたって……あっ!」

「面白いパーティが出来ましたからね。初めからこのパーティなら囮も必要なかったかもしれませんね。欲を言えば、黒幕まで引きずり出せれば……と言った所でしょうか」

「……! 傭兵盗賊団なんだから当然依頼主が居るわけか!」

「ええ。それについては、この討伐隊に正規兵が含まれて居ないのにも関わってきます」

「あ、それ知りたい知りたい!」

 はいはーいとティオが手を挙げる。

「今回のオークション品強奪事件と前後して、二つの国の軍が動きを見せています。槍の国と弓の国です。どちらかの国が依頼主、もう一方は漁夫の利を狙っているのではと見ていますが、二つとも横取りが狙いで、別の依頼者が居る可能性も否定は出来ません」

「それで国境の警備に兵が取られて、こっちに回す余裕がなかったと」

「その通りです。まあそもそも、私たちを倉庫警備から外して会場警備に回したのが失敗なのです。そうでなければ見す見す逃したりなどしなかったものを。……しかしまあお陰で、こうして絶好の実験の場を得られたので良しとしましょう」

「クックックックッ」と怪しく笑うクォートに言い知れぬ狂気を感じるノーヴェだった。

 そうこうしている内に一行は誰に気付かれる事もなく遺跡の脇を駆け抜け、討伐隊の突入口の反対側へと音も姿もなく周り込む。

 討伐隊の面々は奇襲の機会を逃す事無く、一気呵成いっきかせいに遺跡内へと突入しているはずだ。遺跡は大きく、中で戦っているだろう剣戟けんげきの音やいさおしの声もここまでは届かない。

「さて、では今回は私たちベテラン組の手並み披露と参りましょうか。ヴェンティ、フィーア行けますね?」

「おうさ」

「あいよ」

 クォートの問いかけに景気の良い答えがポンポンと返って来る。

 一行は姿を消したまま、裏からの出口に陣取る。

 出口の左右にヴェンティとフィーア、少し間を空けて正面にクォートという配置だ。

 クォートの二つの魔法を展開したまま出口を塞ぐ事で、不意打ちの効果と、外の異常を悟らせない効果を狙っての事である。

 ノーヴェとティオは見学兼捕縛、後はオークション品の回収役だ。

 待ち伏せする事少々。出口に向かって人と物が移動してくる音が聞こえてくる。

 遺跡の内部は煌々こうこうと灯りがともされていて明るく、外はまだ陽が射さず夜の闇に包まれている。

 仮にインビジビリティの魔法がなかったとしても、遺跡の中から外で待ち構えるクォート達を目視することは困難であったろう。

「急げ急げ! お前らがさっさとブツを運び終わればそれだけお頭達が早く逃げられる様になるんだからな!」

「へい!」

 先頭を駆けてくる男が後続の部下達に発破はっぱを掛けている。

「お。やっとおでなすったか」

「待ちくたびれたわね」

「幹部の連中も中々の手練てだれ揃いだという話です。あまり油断しないように」

 まさか音も姿もなく出口に直で待ち伏せされているとはつゆとも思わない先頭の男が飛び出してくる。

「ふっ!」「はあ!」

 ヴェンティとフィーアの拳打による強襲。

 まんまと罠にかかった男はしかし瞬時に状況を察知、勢いそのままに前方に転がる事でなんとか二人の攻撃を回避する。

「ほう。副団長のアインスですか。初手で中々の大物が釣れましたね」

 しかし転がった先にはクォートが待ち構えている。

 アインスは術士であるクォートを組し易しと見て、立ち上がる時間も惜しいとばかりに、転がりながら素早く抜いた短剣で足を刈りに来る。

「無駄です」

 クォートは落ち着いた様子でパラライズの魔法をアインスに掛ける。

 相手の体内で直接作用するクォート謹製きんせいの状態異常魔法を回避するすべなどあろうはずもない。これもクォート開発の実戦魔法の一つである。本来のパラライズの魔法とは魔力球を当てた相手を麻痺させる魔法である。

 突如全身が電撃魔法で撃たれたような衝撃でしびれを起こし、身動きが取れなくなるアインス。

 そのアインスを手早く縛り上げ、脇に引きっていくノーヴェとティオ。

「まずは幹部一人。これから忙しくなりますよ」

 その言葉通り、罠へと無警戒に続々飛び込んでくる盗賊団一行を次々と千切ちぎっては投げ、千切っては投げ、縛り上げ、運んでいたオークション品を次々と回収していく。

 そんな事を二~三〇人程も繰り返した辺りで遺跡から出てくる盗賊が途切れる。

「ふぅ。一休み出来そうか?」

「はっ! この程度でもうへばったのかい?」

「後残っているのは突入部隊の相手をしている人達でしょう。見た所一番厄介な団長のツヴェルフがまだ出て来ていませんね」

「別のトコから逃げてんじゃねぇのか?」

「部下と依頼品を残してですか?」

「……そりゃそうだ」

 簡潔なクォートのいらえに、肩をすくめてみせるフィーア。

「マークの反応もまだ一つ遺跡内に残っています。ツヴェルフが持っているのでしょう。今回のオークション品強奪の依頼も、おそらくソレが本命でしょうね」

「何なんだ? こんな下手すれば戦争になるかもしれないような事までして手に入れたい物って」

 ノーヴェの疑問にクォートが答える。

「《女神の雫》と呼ばれる不思議なたまです。六個集めると女神様が何でも願い事を叶えてくれる。……そうですよ?」

「やっぱり、ハッキリとはしてないのか……」

「私が知る限りでは、ソレで願いを叶えたという話は聞いた事がないですね。それでもやはり、権力者には魅力的な物なんじゃないですかね」

「良くもまああんな胡散うさん臭い話に、馬鹿みたいな金を使えるもんだ」

 ヤレヤレだとヴェンティが呆れて見せる。

「実に胡散臭い話ではありますが、実際魔法の国にはこの《女神の雫》が三つ保管されています。そして弓の国が一つ持っているという話もある。更にここに一つ、最後の一つはまだ発見されていないみたいですが……」

「……それを集めたら俺のレベル、1にしてくれたりするかな……?」

 ノーヴェが若干の期待を籠めていてみる。

「かも知れませんが、現実的に可能だとは思えませんね」

「ですよねー」

 流石に国が厳重に保管しているソレを奪えるとは思えないし、当然買い取るような金などない。

 売ってくれるとも思えないが。

 ティオはこの間、せっせと奪い返したオークション品をクォートから貰った目録と照合していた。ノーヴェは確認が取れた物から、空にした荷車──盗賊団が運ぶのに使っていた物だ──に積み直しながらクォート達とお喋りしていた。

 暫くして、マークがこちらの出口に向かって移動を始めたのを確認したクォートが、皆に準備するよう声を掛ける。

「来ますよ!」

 先程と同じ様に、飛び出してきた先頭の盗賊団の男を音もなく沈める。

 続いて、二人、三人と仕留めた所で、異変が起こる。

「待て!」

 遺跡の中から聞こえた声は、恐らく団長のツヴェルフだろう。

 ツヴェルフの一声で盗賊団はピタリと止まる。前に出ようとするツヴェルフに道を開ける。

「何か……嫌な感じだ……」

 ツヴェルフは愛用の戦斧を構え、慎重に出口に近付く。

 その様子を出口から油断せず観察する三対の瞳。

 圧倒的優位の状況でありながらも、決して油断は出来ない相手。

 ツヴェルフはそれほどの戦闘強者であった。

 出口まであと数ミートという所でツヴェルフは足を止める。グッと戦斧を握る手に力が篭る。

 それを見逃す三人ではない。何か来る!? と武器を構える。

「たぁぁぁつぅぅぅまぁぁぁきぃぃぃぃ!!」

 スキルの咆哮ほうこう

 戦斧をジャイアントスイングよろしく振り回しながら、一息で高速回転を始めるツヴェルフ。

 回転するツヴェルフを中心に風が渦を巻き始める。と同時に、出口に向かって移動を始める。

「ここはワタシに任せな!」

 遺跡外縁の天井を吹き飛ばし、天に向かってそそり立つ強力な竜巻が勢力を拡大しながら向かって来る。

 罠、待ち伏せごと纏めて吹飛ばしてやろうという腹積もりであろう。

 それに対するは身長一ミート強の非常に小柄なフィーア。右手の雷神を背中に仕舞い、左手の風神を両手で構える。

「はあああああああああああああああああ!」

 フィーアが気合の雄叫びを上げる。

「大! 地! 断!」

 スキルを轟かせ、渾身こんしんの力で振り下ろされる風神が、ツヴェルフのまとう竜巻と激突する。

 その瞬間、風神の魔斧まふたる由縁ゆえんがその一端を覗かせる。

 竜巻を喰らい始めたのだ。

 瞬く間にツヴェルフの起こした竜巻を喰らい尽くした風神は、その力を相乗して大地に叩きつけられる。

 落雷でも起きたかの様な轟音ごうおん。その向こうからスキルの発現が木霊こだまする。

「断! 絶!」

 二つのスキルがぶつかり合い、周囲の空気がビリビリと震える。

 もうもうと立ち込める土埃を、フィーアは風神の一振りで薙ぎ払う。

 土埃が晴れるとそこには、遺跡へと真っ直ぐ伸びる亀裂。そしてそれを塞ぐ様に垂直に交わる亀裂が残されている。しかしその先にツヴェルフの姿はない。

 素早く周囲に視線を巡らせるフィーア。

(上かっ!?)

 と気付き上空に視線を向けるより一手早く、フィーアの背後に着地したツヴェルフのスキルが炸裂する。

「強撃!」

「チィッ!」

 背後から振るわれる凄まじい威力の篭められた一撃に対し、フィーアは咄嗟とっさに右手で雷神をり盾とする。

「がっ!!」

 フィーアの口から苦鳴が漏れる。

 金属と金属が激しくぶつかり合う音と共に、小柄なフィーアはツヴェルフの一撃で盗賊達の居る遺跡へと吹飛ばされて行く。

 崩れた遺跡出口の瓦礫に激突したフィーアは力なくその場にくず折れる。

 突如現れた斧女に驚く盗賊達に、ツヴェルフの鋭い指示が飛ぶ。

「てめーら! その女捕まえとけ! 後で好きに使わせてやる!」

 かろうじて意識はあるものの、体はピクリとも動かない。フィーアは迫り来る盗賊達をただにらみ付ける事しか出来なかった。

「さて、次はてめーらの……おっと!」

 ツヴェルフは立っていた場所から大きく飛び退く。と同時に先程までツヴェルフが立っていた場所に頭一つ分ほどの大きさの火炎球が、前触れもなく出現する。

「これを避けますか。流石ですね」

 完全な不意打ちの魔法をかわされても、欠片かけらも動揺する様子のないクォート。

「そんじゃ、次は俺たちが相手だぜ」

 ヴェンティが剣を構えてツヴェルフの前に立ち塞がる。

「おいおい。仲間の女の命が惜しけりゃさっさと消えな。使うだけ使って、飽きたら返してやるよ」

「いえいえ。ご心配には及びませんよ」

 ツヴェルフの挑発にも至って冷静に返すクォート。

 それもそのはず。フィーアに襲い掛かろうとしていた盗賊達は、素早く救援に駆けつけたティオによってバッタバッタと斬り伏せられていた。

 ツヴェルフと共に殿しんがりを務めていた幹部には、レベル三〇を越す者も少なくないと言うのに、まるで意に介した様子もなく、左右一対の短剣『太極』を自在に振るい切刻んで行く。ティオの斬撃には人の命を絶つ事への躊躇ためらいは一切感じられなかった。

「チッ」

 思惑が外れたその光景に、小さく舌打をする。

(……助けに行ってやりてぇが、こいつらに背を向けるのは危険すぎるか)

「どうやら、さっさとお前らをブチ殺すしかねぇようだなぁ!」

「はっ! 出来るもんならやってみやがれ!」

「ふむ……剛体ごうたい持ちですか。ですが、それも想定通り。状態異常が効かないのであれば……色々とたぁのしい実験ができそうですね!」

 五十を超える様な高レベル斧士の多くが習得してるパッシブスキル剛体は、あらゆる状態異常から身を護ってくれる便利なスキルだ!

 フハーッハッハッハッハッ! と高笑いを上げるクォートに、流石に若干厭そうな顔をするツヴェルフ。戦闘の邪魔にならないように離れた所から様子を窺うノーヴェの表情も、若干引きつっている。いつもの事と慣れた様子のヴェンティは、流石クォートの相棒である。

「チィッ!」

 ツヴェルフが素早く身をひるがえすと、その場に先程の火炎球と同じ様に今度は氷球が出現する。そして、出現すると同時に氷球は無数の氷槍となってツヴェルフを追撃する。

「しゃらくせぇ!」

 戦斧の一振りで襲い来る氷槍をし折り、叩き落し、吹飛ばす。

 その隙を狙ってヴェンティがすかさず斬り込む。

「二連斬!」

 一振りで二度斬り付けるヴェンティのスキルがツヴェルフを狙う。

「温い!」

 斧を振り切った反動を利用しての回し蹴りをヴェンティに叩き込む。

 剣の柄で蹴りをガードするものの、蹴りの威力は凄まじく数ミートほど横に距離を取らされてしまう。

 そして出来る間隙かんげき

 前衛の居なくなった後衛ほどもろい物はない。

 当然この隙を逃すはずもない。

「もらっ……」

 グッと一歩踏み込んだ所で、走る直感。

 踏み込んだ足を軸に強引にバック転の要領で後ろに跳ぶ。と同時に、ツヴェルフの眼前に炎の壁が吹き上がる。正に間一髪だった。

 しかしクォートの魔法はまだこれで終わりではなかった。

 炎の壁を突き抜けて無数の氷槍が、未だ着地に至らぬツヴェルフに襲い掛かる。

 回避できぬと悟ったツヴェルフは、戦斧を盾代わりに急所をガードする。

 余り狙いは正確ではなかった様で、数本の氷槍がツヴェルフの手足をかすめる程度。別の数本程度が戦斧によって防がれる。

 氷槍によるダメージは大したモノではなかったが、問題は氷槍に仕込まれていた雷撃の魔法だ。

 氷槍が掠めた箇所から、氷槍を防いだ斧から電撃がほとばしり、ツヴェルフから一瞬だが体の制御を奪う。

 着地に失敗したツヴェルフは大きく体勢を崩して膝を着く。

 この機を逃すまじと猛スピードで突っ込んでくるヴェンティ。

「うおおおおおおおお! 食らえ! 飛燕斬!」

「くそっ! やってくれるじゃねぇかっ!」

 飛燕をも斬り落とすとされる高速剣を、ツヴェルフは見切り戦斧をかち上げる。

 激しく激突する剣と斧。

 ちからの数値の違いであろう、上からの優位を持つヴェンティの剣が、下からの斧に押されていく。

 何とかこの場に縛り付けようと力を篭めるヴェンティ。何時までも一所ひとところに居てはまずいとツヴェルフは全力でヴェンティを振り払いに掛かるが、一手クォートが勝る。

 ツヴェルフの懸念は的中する。

 さっきと同じ、雷撃を纏った氷槍が十重二十重とえはたえにツヴェルフを取り囲んでいた。

「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!」

 低い姿勢をそのまま生かし、ツヴェルフは猛烈な勢いでヴェンティを押し始めた。

 この氷槍の檻を抜けるにはここしかない。

「ぐううううううううううううううう!」

 ヴェンティはあらん限りの力で踏ん張るが、単純なちからの差は歴然で無慈悲である。

 ヴェンティはグイグイと押し込まれていき、ツヴェルフは氷槍の檻からの脱出に成功する。

 流石のクォートもヴェンティへの被弾を考慮したのだろう、包囲から抜けられたのを見るや用無しとばかりに霧消させる。

 換わりにクォートは単発の魔法を連射し始める。

 炎の矢、氷槍、風刃、雷鞭を絶え間なく上方から繰り出しながら、下方からバインド、スネアといった拘束・阻害系の魔法を駆使する。

 それに合わせて巧みに剣を繰り出していくヴェンティ。

 ツヴェルフは防戦一方になりながらも、的確に二人の攻撃をさばいてみせる。しかし、クォートのとある行動が見えるが為に、内心焦りが生じていた。

 何とクォートはノータイムで魔法を連射しながら、一ミートを超す魔法陣を宙に描いているのだ。

(この馬鹿みたいに厄介な術士が、わざわざ魔法陣を描いてるだと……)

 何の魔法かまではツヴェルフの知識では分かりようもなかったが、およそ完成させて良い物だとは微塵みじんも思えなかった。

 何とかしなければいけない。

 ツヴェルフは敢えてヴェンティの剣を力一杯弾き全力で後退、距離を取る。大きな隙が出来るのを承知で大技を放つ。

「奥義! 次元断!」

 両手で握った戦斧を渾身のちからとかしこさでゆっくりと真っ直ぐ振り下ろす。

 どんな空間も飛び越え、あらゆるものを切断する斧技の最高峰の一つである。

 斧がなぞった空間に切れ間が生じ、それに遅れてクォートが描いていた魔法陣に裂け目が生じ魔法陣を破壊する。発動にわずかなラグがあるため、動くものを狙うには不向きな技だが、切れないものを切るには最も適した技である。

 しかしその代償は小さくはなかった。

 ヴェンティが今度こそはと素早く斬り込み、流石のツヴェルフにも避けるいとまを与えなかった。

 頸を狙ったヴェンティの一振りをツヴェルフは片腕を犠牲にして受け止めた。

 腕を斬り落とされ、肩に食い込む剣を意識しながらも、ツヴェルフは残った片腕で腰にいていた手斧を、クォートに向かってスキルを使って投げ放つ。

「トマホーク!」

 ブーメランの様な軌道を描いて、手斧は回転しながら正確にクォート目掛けて飛んで行く。

 クォートは何とか直撃を避けたものの、持っていた魔法の発動体たる杖を破壊されてしまう。

 回転する手斧はその勢い衰える事無く、ツヴェルフの方へと戻っていく。そしてその軌道上にはヴェンティが居る。

 後ろから飛来する手斧の存在にヴェンティは気付いていない。この好機を逃すまいと剣を引き抜き、とどめの一撃を刺そうとしていた。

 術士の杖は壊した。剣士は絶好の機会に、迫り来る背後からの危機に気付いていない。

 貰った!

 ツヴェルフは勝利を確信した。

 してしまった。

「油断は禁物ですよ」

 ボソリと呟いたクォートの言葉はツヴェルフには届く事はなく、クォートの指にめられた指輪が力ある光を放っている事にも気付くことは出来なかった。

 突如ヴェンティの背後にそびえ立った土壁が、必殺の斧をいとも容易く無力化する。

 ツヴェルフは驚愕した。

 魔法の発動体たる杖を壊されて、何故魔法が使えるのかと。

 それは致命的な隙であった。

 心臓を狙ったヴェンティの突きを咄嗟にかわそうとするが、気付けばツヴェルフの体はバインドの魔法で地面に固定されていた。

 そして──。

 

 ズブリ


 ヴェンティの剣がツヴェルフの心臓を貫く。

 ヴェンティは素早く剣を引き抜くと、感慨かんがいふける事無く一刀のもと首をねる。

 ツヴェルフが確実に死んだことを確認すると、フィーアとティオの方はどうなったかと視線を向ける。

 フィーアの方は何とか体を動かせる程には回復したようで、斧を杖代わりにして立ち上がっていた。だがまだ戦闘に耐えうるほどではなさそうだ。

 しかしまあそれも必要ないという事は、その周囲の光景を見れば一目瞭然であった。

 双剣を握り、全身を返り血で赤く染めたティオ。その周囲には怖ろしいほどまでに的確に急所を突き、斬られ、絶命していった盗賊達の死体で埋まっていた。

 その姿に少し背筋が寒くなるものをヴェンティは感じたものだが、全く気にしない者もいるようで……。

「凄いな! ティオ! めっちゃ強いじゃん!」

 戦闘が終わったのを見計らって、手近にあった布を持ってティオに駆け寄るノーヴェだ。

 ティオの顔についた血を奇麗にぬぐってやりながら、興奮した様子で、これまた血塗ちまみれの手を取ってブンブンと振り回す。

 これには流石のティオも呆気あっけに取られた様子で、口を開けてポカンとしていた。

「ノーヴェは……怖がらないんだね……」

 ノーヴェの変わらぬ様子に、泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。

「盗賊や山賊は村にもちょくちょく来てたから。賊退治は村の男衆の務めだからな」

 賊の死体を見慣れてるとまでは行かないが、特段それで何か思う様な事はない。

 村の貴重な食料を略奪しようとする賊達を憎みこそすれ、その死を悲しむ様な感覚はノーヴェにはなかったし、強い人間が基本的に好きなのである。ましてや相手がティオであれば、血の汚れなど気にもならない位には。

「これでよしっと」

 ティオの可愛いお顔が奇麗になったのを確認して満足した表情を浮かべるノーヴェに、思わずフフフと笑みがこぼれるティオ。

「ありがと。ノーヴェ」

「どういたしまして。血で汚れてちゃ可愛い顔が台無しだからな」

 ティオは双剣に付いた血を拭い、鞘へと納める。

 そこへヴェンティとクォートも、ティオをねぎらいに来る。

「お疲れさん。フィーアを護りながらここまでやるたぁ、嬢ちゃんやるねぇ」

「お陰でツヴェルフに集中する事が出来て、助かりました」

「あー! クソっ! 足ぃ引っ張っちまったなぁ」

 フィーアの方は早々にノックアウトされたせいもあってか、少しバツが悪そうだ。

「アレとタイマンなら俺だって似たようなもんだ」

「てめぇは黙ってろ。何なら息もするな」

「ひでぇ言われ様だ!」

 微妙なフォローを入れるヴェンティに悪態をくフィーア。最早見慣れた光景だ。

 何はともあれ、無事オークション品は全て奪還。

 盗賊団の首魁しゅかい、団長のツヴェルフは死亡。以下幹部もその大半が死亡、残った団員達もほぼ全て捕縛されている。

 ここにツヴェルフ傭兵盗賊団は壊滅したのであった。

「帰って報酬貰ったら、パーッとやろうぜ!」

「さんせーい!」

「おー!」

「異議なし」

「一仕事終わったら盛大に打ち上げすんのは、基本だわな!」

 流石のフィーアもこれには大いに賛同するのだった。


 太陽が地平から顔を出し、木漏れ日が遺跡を照らし始める。

 遺跡内で足止めされていた討伐隊の面々も、その頃には遺跡からの脱出に成功していた。

 隊長のトゥレウスはクォートの任務達成の合図を確認し、隊をひきいてノーヴェ達のパーティと合流。

 捕縛した盗賊団員とオークション品を持って、意気揚々とローレンツィアへと凱旋するのだった。

 誰も、《女神の雫》が無くなっている事に気付かないまま……。


 ◇


「こちら『との十番』、目標との接触に成功。現在までにつかんだ情報はいつもの通りに。引き続き調査に当る」

「こちら『いの一番』、了解。任務の期間は無期限に変更。引き続き調査に専念せよ」

「こちら『との十番』、了解。交信終わる」


「こちら『はの五番』、討伐隊により盗賊団が壊滅。任務継続不能。以降の指示求む」

「こちら『いの一番』、了解。帰還は可能か?」

「こちら『はの五番』、投獄され即時の帰還は不能」

「こちら『いの一番』、了解。自力での帰還が可能ならば実行せよ。不能であるなら気取られる前に自ら始末をつける様に」

「こちら『はの五番』、了解。交信終わる」


「こちら『ろの一番』、目標の奪取に成功。これより指定の場所へと向かう」

「こちら『いの一番』、了解。受取の者を向かわせる。合言葉は……」

「こちら『ろの一番』、了解。交信終わる」

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