第3話 決戦! ツヴェルフ傭兵盗賊団! ①

 中天より陽が傾き街の人々がささやかな午後休としゃれ込む。お昼と言うには遅く、夕方と呼ぶにはまだ早い。バザールの準備で忙しく右往左往する人達と、それをのんびりと眺める人達。そんな平和な光景に紛れ込む異質。

 東地区騎士団支部の前庭に集まった百人余りの、全身フル装備の傭兵達。その威容は明らかに街の雰囲気から浮いていた。

 周りを見渡せば流石剣の国、剣士の傭兵が多いのが一目瞭然である。ざっと見た感じで、八割以上が何かしらの剣を装備している。その次に多いのは魔法の発動体である杖を持った術士だろう。後は弓、斧、槍、槌、無手等々少数ながらも様々な傭兵が参加している。

 く言うノーヴェも、一時間の準備時間の間に調達してきた長さが半ミート程のショートソードを装備している。後はティオの見立てで、要所要所を保護する軽金属製の部分鎧を購入した。本当は全身を覆う頑丈な金属鎧を装備したかった所だが、余りの重さに歩く事すらままならなかったのだ。

 ティオは特に変わった所も見受けられない。敢えて言うなら、ポーチが少し膨らんでいるくらいだろうか。治療薬などが詰めてあるのだろう。そして勿論獲物は腰の後ろに吊ってある双剣だ。

 周りの傭兵達に比べると余りにも貧弱な装備の二人であった。

 周囲の傭兵達はと言えば、馬でも一刀両断できそうな大剣を持った男や、自身をすっぽりと覆い隠せる程の金属製の大盾おおたてを持った男、明らかに禍々まがまがしいオーラを放つ全身鎧を着こなす男等々とうとう、皆さん装備にお金が掛かっていそうである。

 逆に言えば、それだけ万全の装備でのぞむ必要がある相手であるという事でもある。

 そして、中でも取り分け周囲から注目を集めている人物が居た。

 ノーヴェの位置からだと、ソレは斧が歩いている様にしか見えなかった。

 まずもって、その斧がでかい。直径が一ミートを超える円刃の斧を二つ、邪魔にならない様にだろう重ねて背負っている。は左右の肩へと一本ずつ延びている。二斧流とでも言うのだろうか、余程の怪力自慢でもそうそう満足に振り回せる様には思われない。

 そしてその二つの斧を背負っている人物の背が非常に低い。斧の上に見えているのは、精々その人の茶色の後頭部だけだった。

「おお……あねさんだ……」

「相変わらずの装備だな……(ゴクリ……)」

「いつ見ても理不尽の塊みてーな奴だな」

 最後の言葉はその斧の人の頭を左手でポンポンと叩きながら声を掛けていた。ヴェンティである。

 そしてその直後、

 バチィィィィィン!

 と肌と肌が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。

 どうやら斧の人がヴェンティにボディブローを放ち、それをヴェンティが右手で受け止めた様だ。何せ斧に隠れてノーヴェからは何も見えていないのである。周りの傭兵達の解説を聞いて状況を知るしか方法はない。

「てめぇ、誰に断って人の頭に触れてんだ? あ? 触りたきゃあ出すもん出しな」

 お金を払えば触っても言い様だ。

「そうだそうだー! タダで姐さんに触ってんじゃねーぞー!」

 周りの傭兵達からも野次が飛んでくる。

「おー怖い怖い。……じゃ、また後でな」

「ふん。知るかボケが」

 軽く肩をすくめて見せてその場からヴェンティが離れていくと、斧の女がくるりと振り返りノーヴェの方を見てくる。

「坊や、さっきから熱心に私の事を見てたようだけど、何か用かい?」

 背の低さに似合わぬ妖艶ようえんな笑みを浮かべる。見れば着ている服も、戦闘はおろかおよそ街中に着ていくのすら相応ふさわしくない、局部をわずかにおおっているだけの、下着だってもう少し肌を隠しているレベルの状態だ。

 背は低いながらも女性らしさは体の随所に見受けられる。程よい膨らみの胸、引き締まった腰に少し大きめのお尻。全身を筋肉でよろっているとは言え、見た感じは筋肉でムキムキという感じではない。どこからあの巨大な斧を支える力が出ているのか、全くもって見れば見るほど不可思議である。

 そんな理不尽の塊の様な肢体したいを恥らいもてらいもなく、堂々と周囲に見せ付けている。

 目のやり場に困りつつも、結局は胸の谷間に視線が集中するノーヴェに、斧の女は苦笑を浮かべる。

「あれだけ熱い視線をそそがれちゃー、私も職業柄無視できなくてねぇ」

「いや……その……凄い斧だなーと思って。しかも二つも! それと……」

「それとー?」

「凄い……その……格好で、その……」

「興奮したかい?」

「…………はい……」

 斧の女がニヤっと笑みを浮かべると、どこに仕舞ってあったのだろう、小さな紙を一枚取り出してノーヴェに握らせる。

「この仕事が終わって報酬受け取ったらソコに来な。サービスしてやるよ」

 そう言うと用は済んだとばかりに人ごみの中にまぎれていった。

「何貰ったのー?」

 横で一部始終眺めていたティオがのぞき込んでくる。

「わっ! ここ、あたしでも聞いた事ある有名店じゃん! ノーヴェえろーい!」

 渡された紙には、『娼館 ヒンメル』と『フィーア』の二つの名前と裏には簡単な地図が書かれていた。

 『フィーア』はさっきの斧の女の名前だろう。

 つまりは、報酬の金持って私を買えばサービスしてやるぞ、という事だ。

(娼婦が傭兵……? 傭兵が本業で、娼婦も……? どっちにしても何か……エロ凄い)

 都会の驚異を肌で感じるノーヴェだった。


「諸君! よくぞ集まってくれた! 私はこの東支部を任されている騎士トゥレウス。今回の討伐隊の指揮を委任されている。よろしく頼む」

 純白の鎧を着込んだ壮年の騎士が集まった傭兵達に挨拶をする。

「目標の盗賊団の位置は、捕らえた彼奴きゃつらの仲間から『抜き出して』ある。これからただちに急行し、目標を奪取、可能であれば盗賊団を壊滅させる。普段であれば傭兵諸君ら個人に任せる所ではあるが、今回は必ず五人以上のパーティーを組んでもらう。これには異議は認められない。追加報酬に関しては達成したパーティ全員に支払うので、安心してくれ。誰と何人で組むかは任せる。彼奴らが現在潜伏している場所は、ここから北東約十ジンミート先にある遺跡だ。内部の様子が不明なため、パーティ単位で探索しつつ目標を達成して欲しい。パーティー間の連携に関しては私の方で行う。出された指示には従ってくれ。以上だ! パーティー編成は移動しながら行ってくれ。行くぞ!」

『おう!』

 トゥレウスが先導して百人超の傭兵達が、盗賊団討伐に向かって動き始めた。


「どうしよっか?」

「オレ達と組んでくれそうな人、居ないな……」

「困った事にね」

「深刻だな」

 ノーヴェとティオがパーティーを組んでくれそうな人を探して周りをキョロキョロするも、他の傭兵達は馴染なじみの人であったり、自身の実力に見合った相手を見つけてパーティーを組んで行っている。

 どう見ても駆け出しの、余りにもぱっとしない二人に声を掛けてくる者は居なかったし、声を掛けるとあっさりと断られてしまっていた。

 これは困ったぞと二人が頭を悩ませていると、近付いてくる小さな人影が一つ。

 フィーアだ。

「組む相手が見つからないみたいだねぇ。ワタシが組んでやろうか?」

是非ぜひ!』

 ノーヴェとティオはそれぞれフィーアの片手をすがる様につかみ、小さな女神様に感謝を捧げる。

 一瞬と躊躇ためらわぬ二人の反応に少したじろいだ様子で、

「お、おう」

 と生返事を返してしまう。

 と、そこへ……、

「おーいフィーア! パーティー組もうぜー!」

 ヴェンティが手を振りながら三人の居る方へ歩み寄って来る。クォートも一緒だ。

「チッ!」

 明らかに嫌そうな表情を浮かべ舌打ちする。

「そんな嫌そうにすんなよー。俺とお前の仲じゃん?」

「てめぇの事なんざ知るかボケっ! 消えろ」

 笑顔で話すヴェンティと嫌悪感丸出しのフィーアは実に対称的で、クォートはいつもの事なのか二人のやり取りに無関心だ。

「お二人は仲良しさんですね!」

「だろう?」「良くねぇ!」

 ティオの言葉にすかさず反応する二人。それに対し、ほらやっぱりだーと暢気のんきな感想を漏らす。

 とそこでフィーア以外の二人にヴェンティが気付く。

「お! さっきの兄ちゃんじゃねーか! 奇遇だな!」

「斡旋所にも居ましたよ」

 クォートが冷静にヴェンティにツッコむ。

「はあ? 気付いてたんなら教えろよ!」

「気付かないあなたが悪い」

「はあ……まあいいや。これで丁度ちょうど五人。都合つごうが良いな!」

 この五人でパーティーを組もうとヴェンティが提案する。

「ハア? 誰が……」

『是非お願いします!』

 心底嫌そうに断ろうとしたフィーアの言葉をさえぎって、ノーヴェとティオは全力でヴェンティの言葉に乗っかった。

「私は誰でも構いませんよ。私の邪魔さえしなければ……ね」

 クォートも特に反対ではないようだ。

「あークソっ! わーったわーかったよ! 組みゃーいんだろ!」

 金づるが困ってそうだったから声掛けてみたら、トンだゴミクソが付いて来やがったと、ぶちぶち言っているのがノーヴェにも丸聞こえだ。

 にもかくにも、ノーヴェ達もこれで何とか臨時のではあるが、パーティーを組むことが出来たのだった。


「そいじゃ、初顔も居る事だし簡単に自己紹介でもしておこうか」

 提案者のヴェンティが一番手に名乗りを上げる。

「俺の名前はヴェンティ。レベルは三二だ。見ての通りの剣士だぞ」

 ヴェンティはいたって軽装で、武器は背中のロングソードと両足にショートソードを一本ずつ。防具は皮製の軽鎧一式と鉢金はちがねだけだ。

 ステータスを出し名前とレベルを見せ、嘘がない事を証明する。神の御力みちからによるステータスには何者の偽装も隠蔽いんぺいも不可能であるため、自身の証明をする際にステータスを相手に見せるのは、ごく一般的な行為である。

「私はクォート。レベルは四〇。『実戦で有効』な魔法の研究を生業なりわいにしています。傭兵をやっているのは実験に最適だからですね。攻撃、回復、補助などなど、大抵の魔法は使えます。一応ヴェンティの相棒という事になりますね。よろしくお願いします」

 丁寧な所作でステータスを出す。

 クォートはヴェンティとは打って変わって、高価そうな金属製の杖に、チラと見えた両手には指輪、腕輪。全身を覆う黒の外套には魔法陣が描かれており、物理、魔法に対しての防護が施されているとは本人の談。そしてその内側には様々な薬品がぎっしりと詰め込まれていた。曰く、防護魔法はこれら薬品を保護する為の物だとか。

 クォートからは如何いかにも凄腕の術士であるとの風格がただよっていた。

「それじゃあ次はワタシだね。ワタシはフィーア。レベルは三八。武器はこの……」

 背中に背負った二本の大斧を、それぞれ片手で軽々と持ってみせる。

魔斧まふ『風神雷神』だ。右手の黄色いのが雷神で、左の緑のが風神な」

 見ると確かに、斧の中心にある玉が右は黄色で左は緑だ。

「見ての通りの娼婦だが、傭兵もやっている。どっちも本業だからな? 仕事の後は……分かってるね?」

 至近距離から見上げられ、思わずコクンとうなずくノーヴェ。それを確認すると、ステータスをヒラヒラと見せて離れていく。

「じゃ、次はあたしね! あたしはティオ! レベルは二二!」

 そう言うと腰裏から素早く二本の短剣を抜き放つ。

「双剣『太極たいきょく』。右の白刃はくじんよう、左の黒刃こくじんいんだよ」

 それを見て、「ほう」「へぇ」と感心するようにヴェンティとフィーアが声を漏らす。

「この二剣を持ってこの世に斬れぬ物なし、とうたわれる幻の双剣か。堂々と見せても……いや、愚問だったな」

 見せても良いのか? とクォートは言い掛けた言葉を自ら否定する。奪われない自信があるからこそ装備しているのだから。

 ノーヴェもティオがそんな特レア装備を持っている事に驚きを禁じえない。

 そんな皆の反応に、にへーっと笑顔を浮かべて、どもどもと手を振っている。

「これから本格的にこの国で傭兵業やっていくつもりなんで、別の依頼でまた一緒になる事があったらよろしくね!」

 じゃーん! と両手でステータスカードをかかげて見せる。

 四人の紹介が終わり、最後はノーヴェだ。

「オレはノーヴェ。レベルは……(もにょもにょ)」

 何とか誤魔化そうとするものの、当然そんな事で誤魔化せるはずもない。

「何だって?」

「この依頼を受けられたんだ。二〇は超えてんだろ? 気にせず言っちまいな」

「……ふむ」

「……(わくわく)」

 装備は見るからに市販の量産品の安物。歳も成人間もなしといった風貌のノーヴェが、自分だけ見劣りしているので萎縮いしゅくしているなと感じたヴェンティとフィーアは、こわくなーいこわくなーいと続きをうながす。

 ノーヴェの様子に何かあると感じたクォートは沈黙。

 いよいよノーヴェのレベルがっ! とわくわくしているティオ。

「うー…………」

 このまま黙っている訳にも行くまいと覚悟を決める。

「その……絶対驚くと思うけど、落ち着いて、冷静に、静かに、お願いします……ね?」

 スっとステータスを出現させ、皆に見える様に、そして他の人に見られない様に、そっと下手に出す。

 四人はそれを覗き込む。

『!!!!!!!!!!!』

 その数値を見て、四人が四人とも驚愕の表情を浮かべる。

 それもむべなるかな。歴史上最高レベルを記録したのが、古代魔導王国の全盛期を築いた通称『魔王』。そのレベルは実に三〇〇オーバーだったと記録されており、正確なレベルや能力値は不明。ただ魔王の操る魔法は森羅万象を支配すると畏れられていた。

 そこまで行かずとも、剣の国を建国した初代剣王ミツレで、レベルは一〇〇オーバー。『天地を斬裂く剣』との異名を誇っていた。レベル999がどれ程のものか想像すら及ぶべくもない。

 そして四人の前に突き出されているステータスカードに記された数字は999である。ステータスカードの数値には一切の誤魔化しも改竄かいざんも不可能。その事を重々承知の上で敢えて言おう……。

「嘘だろ……?」

 手で顔をおおい天をあおぐヴェンティ。悪い冗談だとでも言いたげだ。

「興味深い……。到底成人してぐのレベルではない事は明白。不死の獲得? 生命の超越、死の超克ちょうこく……いや……時を支配……。じっくりと研究してみたい所だ」

 クォートはレベル999は如何にすれば可能であるかに興味が湧いたようだ。

「とんでもない御仁ごじんに目を付けたもんだ。流石ワタシだねぇ」

 こんな上客(予定)を逃さない自身の直感に惚れ惚れしているフィーア。レベル999には実際驚かされたものの、それが自分の利となるのであれば細かくない事にも頓着とんちゃくしないしたたかさがあった。

 そしてノーヴェのレベルを知れるのを楽しみにしていたティオは……。

「…………………………」

 さっきまでの明るい様子が嘘だったかの様な硬い表情で沈黙していた。

 その様子をいぶかしんだノーヴェがティオに声を掛ける。

「──ティオ……」

 それにハッと気付き、直ぐに明るい表情を取りつくろう。あははははと笑って見せるものの、どこかまだ上の空と言った様子だ。

(ティオの様子が気になる……見せたのは失敗だったかなぁ)

「なんか……すまん……」

「え!? あ……ちがう! 違うの! ノーヴェが謝る事じゃないの。ちょっとあたしの方の事情でね。ちょっと考え込んじゃっただけ!」

 両手をブンブン。頭もブンブン振りながらティオが謝る。

「うん。ノーヴェに心配掛けたくないし、考えるのは後にするよ!」

 ニッと笑っていつもの調子を取り戻したティオに、いまだ気には掛かるものの、あまり詮索するのもなと追求は避けておく事にする。

 レベル999の衝撃覚めやらぬ中、ノーヴェは更なる爆弾を投下するかどうかで再び悩んでいた。

そう、ステータス初期値問題だ。

 今のままだとレベル999の超戦士扱いはまぬかれない。実際、レベル999なのだから。

 だがしかしてその実態は、ちょっと強いレベル1である。

 騙し騙し何とか乗り切る──乗り切れるとは到底思えないが──か、リスクは決して低くはないが、全部バラしてしまうかだ。

『ステータスを割って話す』

 と言う言葉がある。

 何も隠す事無くさらけ出して話をする。即ち、それだけ信を置いている関係である事を示している。

 普通ならば、相当に信頼する相手でなければステータスをオープンにする事はない。だからこそ逆に、ステータスをオープンする事によって信を得ようというのである。

 リスクは高く、リターンは低い。

 ほぼほぼ初対面の相手に、勝率の予測など立ちもしない。

 それでも己の直感に賭け、敢えての大博打に打って出る。

 悪くとも、いきなり殺されると言う事もなかろう。ノーヴェはそう読む。

 何せレベル999という史上初の珍品だ。ステータスがどれだけしょぼくれていようが、その希少性は揺るがない。どのような目的かは別として、それを欲しがる人物は腐るほど居よう。

 結果、死ぬより悲惨な目にあう可能性も否定できないが、それでも、生きて居ればこそだ。

「──オープン!」

『!?』

 突如ステータスをオープンにしたノーヴェにぎょっとする四人。

 ノーヴェの持つステータスカードが縦横数倍の大きさになり、そこに様々な情報が表示される。

 名前、性別、年齢、レベルは勿論、全能力値から所持スキルのすべて。その他にも個人に関わる様々な情報が網羅もうらされている。

 申し合わせる事もなく、サッと囲んで周囲の人間から見えない様に隠す四人。

 そしてその能力値を見て、レベル999を見たとき以上の衝撃が四人を襲う。

 何せ全ステータスが十前後だというのだから、それも当然であろう。

 全ステータス999の上限値に達していなければならないレベルであるのだから。

 そのステータスを見せながら、レベル付与の儀式からの経緯を説明する。転生どうこうといった所ははぶいて。

 話だけならとても信じられるモノではなかったが、そもそものレベル999でさえ冗談の様な代物だ。

 そこに加えてのステータス初期値。

 しかし現実に目の前に突付けられたステータスカードに記された数字が、それらが嘘でない事を証明している。

 流石にノーヴェの話を信じざるを得ない事に、戸惑とまどいを隠せない四人。その様子を確認し、もう必要ないだろうとそっとステータスを閉じる。

「何故、そこまで……?」

 中では一番冷静さを保っていたクォートが、ノーヴェに尋ねる。

「……ローレンツィアには、装備や情報以上に、仲間を探しに来たんだ」

「……成る程」

 それだけでクォートは得心が行ったようだ。

「『成る程』……じゃねーよ! 一人で納得してんじゃねぇ!」

 分からないのですか? とあきれた様子でヴェンティを見る。特に説明してみせる気はない様だ。

 代わりにフィーアが答えてやる。

「要はスキル使用後の護衛役が必要だってこったな」

 剣振るしか能がねぇのかこの莫迦ばかは、と辛辣しんらつな一言をえる。

「お前はやんのか? やらねぇだろ?」

 言外にワタシがやるからお前はいらねぇぞ、というニュアンスを含めて。

 フィーアはお前はやるんだろ? とクォートに視線を投げ掛ける。

「こんな面白……ゴホン、興味深い研究素材を放っておく手はありませんね」

「何で言い換えた。しかも、意味一緒じゃねーか」

「あなたこそ、何故やる気に? 彼と組む必要はないのでは?」

「ワタシか? ふふ……気に入ったからだよ! この短い間にワタシの度肝どぎもを二度も抜いてきたんだからねぇ」

 フィーアとクォート、二人がノーヴェと今回限りの臨時ではなく、固定を組む意思を固めていると、若干置いてけ堀を喰らっていたヴェンティが声を上げる。

「おい! 俺をけ者にするんじゃねぇ! 誰がやらねぇと言った! やるよやりますよ、やるに決まってんだろ!」

「チッ!」

「そんな露骨に嫌そうにすんなよ……」

「と言う訳です」

 クォートは莫迦二人を無視して、ノーヴェに了承の意を伝える。

「ありがとうございます!」

 深々とお辞儀をするノーヴェに、いやいやと手を振るクォート。

「私達みたいな連中の行動原理。その優先順位の一番は、何だと思いますか?」

「報酬……いや……未知なる冒険……とか?」

「それも悪くはありませんが、一番ではありませんね。正解は『面白そう』です」

 だから何の遠慮も気兼きがねも必要ない。対等な関係であるとクォートはノーヴェに語る。

「面白くなかったら?」

「面白くするまでです」

 ニヤリとクォートはわらってみせる。

「そーいうこと。じゃま改めて、これからよろしくな! ノーヴェ」

「莫迦が一人余計だが、まあ腕は確かさ。困った事があれば何でも相談しに来な。力になってやるからね」

 ノーヴェは三人と順々にがっちり握手を交わす。

 そう言えば……とノーヴェがティオに視線を向ける。

「ん? あたし? 聞くまでもないっしょ!」

 ニカっと弾ける笑顔で応じる。

「もち、一緒に行くに決まってんじゃん! むしろあたしが居なくてどうするってーのさ。ノーヴェと一番にパーティ組んだのはあたしなんだからね!」

 えっへんと腰に手を当て薄い胸を大きく張る。

「そ・れ・に、言ったじゃん? 『探し物は得意』だって。これを逃す手はないぜぇ」

 へっへっへっと、随分可愛らしい、いやらしい顔をしてみせるティオ。

「ありがとう。頼りにさせて貰うよ」

 ティオとも改めて、両手でしっかりと握手を交わす。

「うっし。じゃあリーダー決めておこうぜ」

「お前以外でな。勿論ワタシはパスだ」

「このパーティはノーヴェのパーティですからね。リーダーはノーヴェで良いでしょう」

「ええ!?」

 一番年少で弱小で経験不足の自分が、突如ベテラン揃いのパーティのリーダーに抜擢ばってきされ驚きの声を上げる。

「さんせーい!」

「いいんじゃないか」

「まあ、そうだな。それがいいわな」

「と言う訳です。ノーヴェ、君がこのパーティのリーダーに決定しました」

「えええええええええええ!?」

 全会一致のスピード採決でリーダーはノーヴェに決定致しました。

「まあそう心配すんな。参謀はこいつ──」

 とヴェンティがクォートを示す。

「──にさせる。相談役はフィーアの姐御、補佐はティオがやればいい」

「てめぇの役がないわけだが?」

「俺は兄貴分だ! 存在する事そのものが俺の役目と言ってもかご……ぐほぉぉぉ」

 死ね! とフィーアの鋭い拳打がヴェンティのどてっ腹に突き刺さる。

 ヴェンティが地面をのた打ち回っているのをノーヴェは心配そうに見つめるが、フィーアとクォートはいつもの事と言わんばかりのスルーっぷりだ。

 ティオも苦笑を浮かべるだけで、特に心配をしている様子はない。

然程さほど気負う必要はないですよ。行動指針の決定と──」

 クォートは後ろでまたフィーアとヴェンティが馬鹿騒ぎしているのを杖で指し、

「──あの莫迦二人の面倒を見てくれればそれだけで結構です」

 せいせいすると言わんばかりの様子で、一番の厄介事をノーヴェに押し付け様とする。

 そんな遣り取りの最中、ティオが何かを見つけた様で声を上げる。

「あ! アレ、そうじゃない?」

「ん?」

 ティオが指差すその先に、森に囲まれた遺跡が……見えない。少なくとも、ノーヴェには見えていなかった。

「え? どこ?」

「あそこだよ、あそこ」

 熱心に教えてくれるが、やっぱり良く分からない。青みがかった森は勿論見えているが、遺跡が森に埋もれていてノーヴェにはただの森にしか見えない。

「もうそんな所まで来ていましたか。確かにあれが今回の目的地、盗賊達の隠れ家の様ですね」

 クォートにもその遺跡は見えている様だ。おそらくフィーアとヴェンティも。見えてないのは自分だけかと、能力値の差を思わぬ形で実感するノーヴェだった。

 そのまま討伐隊一行は、パーティ単位でまとまりつつも集団を維持したまま遺跡のある森へと接近する。辺りは沈む陽の光で赤く染まり始めていた。

「諸君! 今日はここで野営を行う! 遺跡への突入は明朝、日の出の直前に決行する。こちらの存在が気取られぬよう火と明かりの使用は禁止とする。不便を掛けるが理解してくれ」

 トゥレウスの号令ですみやかに野営の準備に取り掛かる一同。

 とは言っても、本格的に寝泊りするわけでもないのでやる事は然程ない。テントも張らないぐらいだ。各自まだ明るい内に食事を取り、思い思いの場所で時間まで休息を取るだけだ。

 ノーヴェ達のパーティもまた持ち寄った食料で簡単に食事を済ませ、その時を待つのだった。


 ◇


 遺跡内部のとある一室。

 天井から吊るされた魔道具の照明が部屋を明るく照らし出す。明り取りの窓等はなく、天井の照明が唯一の光源である。ながい年月で古ぼけた壁には、当時使われていたのだろう、蝋燭ろうそくやランタンといった明かりを備え付けるための突起が幾つか見受けられる。

 床には簡素ながらも絨毯じゅうたんが敷かれ、執務用の机と間仕切りの向こうには二人はゆうに寝られる大きさのベッドがある。

 その執務机に向かって何かに目を通している男が一人。

 コンコンコンとノックの音。

「入れ」

「失礼致します!」

 およそ盗賊らしくない風貌ふうぼう。役人と言われればさもありなんと多くの人が納得するだろう。事務方じむかたが良く似合う、眼鏡を掛けた四十過ぎの男が、かしこまった様子で部屋へと入ってくる。

「閣下、ご報告が御座います」

 その固い口調に閣下と呼ばれた男は苦笑する。

「閣下はせといつも言っているだろう。盗賊団らしく、おかしらと呼べと言っているだろ。もう何年になると思ってる。いい加減慣れろ」

「申し訳御座いません! 閣下!」

 勿論もちろんわざとやっている。そして閣下と呼ばれる男もそれは分かっている。閣下はそれに腹を立てることはないし、役人男が閣下をからかう事をやめる事もない。その位には気心の知れた間柄あいだがらだ。

 閣下は傭兵盗賊団団長ツヴェルフ。役人男は副団長のアインス。盗賊稼業を始める前からの上司部下の関係であった。

「で?」

「は! 遺跡周辺を巡回させていた者から、街道脇で野営する不審な一団を発見したとの知らせがありました」

「ほう……」

「報告者にりますと火も明かりも使って居なかったため、暗くて詳細は不明との事」

「どう見る?」

 ツヴェルフはアインスに意見を求めたが、アインスは敢えて無視して報告を続ける。

「別に夜目の利く者を偵察に出しましたところ、集団の規模はおよそ百。多く見積もっても二百に届く事はないとの事。装備の様子から、全員傭兵と思われるとのよし

「確かに不審だな。追っ手の可能性は?」

「無くはないと言った所でしょうか。討伐隊にしては正規兵が居ない事と、人数の少なさに疑問が生じます。幾ら歴戦の傭兵達だとて、かの人数ではこの視界の悪い場所で我々を捕らえる事はできないでしょう」

ただの移動中の野営ならば良し。追っ手であれば何故なぜここに来たのか……。偶然、と考えるのは危険だな」

「隠れ家の場所は、街を出てからさいを振って決めましたからね。捕らえられた部下達から辿たどる事は不可能です」

「そうだな。……探知系の魔法ならばどうだ?」

 ツヴェルフは魔法関係にはうとかった。アインスも多少の知識はあるものの、熟知しているとは言い難い。盗賊団には術士がおらず、その手の知識が不足していた。

 だがそれも仕方の無い事である。盗賊団が主に活動している剣の国、槍の国、弓の国には然程術士が居ない。中でも特に剣の国にいる術士は希少で、正規軍には一人として存在しない。

 故に、盗賊団の魔法対策が後回しになったまま放置されるのも必然の事であった。

「私の知る探知魔法は、術者の周囲にある目標物を探すものだったと記憶しております。範囲は術者次第ですが、数百ミートから数ジンミートほどだったかと」

「直接我々やオークション品を探知できるわけではない、という事だな?」

「はい。勿論、私が把握していない、その様な魔法があってもおかしくはありませんが」

「そうか。分かった」

 ツヴェルフは少しの間考えを巡らせ思考を整理する。

「よし。その不審な一団に対し常時見張りを張り付かせろ。三方向から三グループ、一時間置きに交代と報告をさせろ。またこれが陽動の可能性もある。反対側の巡回も徹底させろ。一応まだバレて居ない可能性も考慮し、こちらから手は一切出させるな。あくまでも監視に留めるように。それと平行してオークション品の移送の準備を進めろ。この遺跡は放棄して別の隠れ家に移動する」

「ここがアジトだとバレているとの想定ですね」

「俺としてはバレているのだろうと考えている。確証はないがな」

「迎え撃つというのは如何いかがでしょう?」

 アインスは却下されると分かった上で提案する。

 そしてその通り、ツヴェルフはアインスの提案を即座に否定する。

「無駄な戦闘は避けるに越した事はない。我々は盗賊団で戦士団や軍ではないのだからな。依頼もオークション品の受け渡しであって、奴らの首ではない。戦う意味がない」

「その通りですね」

 アインスはこころよくツヴェルフの意見に賛同する。

 そんなアインスにツヴェルフは仮定の話を続ける。

「仮に魔法で我々の潜伏先を見つけたのだとする。では、その対象は何だと考える? 人か物か、はたまたそれ以外の何かか」

「探知の魔法はそこに人や物が『ある』事は分かりますが、誰であるかや何であるかまで分かるモノではなかったはずです。従って、私ならば事前に何らかの目印となる物を仕込んでおきます」

「その目印を探知して場所を特定する……。確かにありそうな話だ。となると、何処どこへ逃げても正確に追跡される羽目はめになるな……」

 ツヴェルフは再び思考を巡らせる。

「撤退は討伐隊の襲撃に合わせて行う。撤退中に横槍を入れられては堪らんからな。遺跡内に誘い込んだ後、殿しんがりが時間稼ぎをしつつすみやかに撤収する。探知されている事に気付いている事を気取けどられぬようにな。次のアジトで態勢を整え奇襲を掛ける」

「はっ!」

「撤退の指揮はアインス、お前に任せる。俺は殿で全員の撤退の援護だ」

「では、ただちにその様に」

 アインスは飛び出しかけた反論をまゆ一つ動かす事無く飲み込む。こういう時のツヴェルフに何を言ったところで聞き入れはしないのだという事を彼は良く知っていた。

 部屋を出たアインスは、幹部各位にツヴェルフからの指令を伝える。

 ツヴェルフ傭兵盗賊団は静かに、つ迅速に撤退の準備を進めるのだった。

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