三作目 真の話


この世界は不公平だ。

俺はお前をこんなに愛しているのに、お前も俺の事好きなのに、俺たちの好きは交わらない。

なあ、糸

お前は男を恋人として愛せるか?


あの日からだ、桜が舞った日。

今年一満開の桜だった日。

もしかしたら一番ではないかもしれないけど、俺たちにとっては一番だった。

あの日の糸は変だった。

嬉しそうな顔をしたかと思えば、急に悲しそうな顔になって、また嬉しそうな顔をする。

俺は知っている。

あいつは振られたんだ、大好きだった先輩に、それも両思いなのに。

でもそれは俺にとっては好都合だった。

俺はずっと願っていたんだ、糸が先輩に振られる事を。

それは、俺が糸のことを嫌いだからでも、糸が羨ましいからでもない。

俺が、糸の事が好きだから、愛しているから、けれど俺らの好きが交わらないから。

せめてでも糸を他の誰かに取られることだけはしたくなかったから。

糸が先輩を思う気持ちを俺は糸に向けている。

糸はきっと気づいてないんだろうけど。

きっと糸は俺のことを一人のクラスメイトとしか思ってないのだろうけれど。

でも構わない。

振られて中身が空っぽのあいつだ。

今ならなんでも受け入れる筈だ。

今とあいつなら、俺をきっと受け止められるはず。

俺がお前の正常を壊してやる。

なあ、神様俺はずっと我慢してきたんだ。

何度も壊れかけたんだ。

お前のせいでな。

お前が俺をこんな風にしたから。

だから、おあいこだろ?

許してくれるよな?

勿論。


罪を起こした俺を、地獄に落としたりなんてしないよな?



「ねぇ、真もう一回、もう一回」


「今日はもうやめよう。お前が危ない。」


「大丈夫だから、ね?お願い」


火照った頬で糸は彼の目を見つめて強請る。

誘惑するような糸の表情に彼は息を飲んだ。


「本当に言ってるのか?お前が危ないかもしれないんだぞ。」


「大丈夫だって言ってるでしょ。僕が言ってるんだから信じてよ。ね?もう、僕にとってはこの快感だけが生きがいなんだよ?」


「......お前にとってこれが生きがい?」


欲しかった人からの欲しかった言葉に彼は目を見開いて問いかけた。

そしてまた、熱くなって少し冷めた肌と肌が再び絡み合う。


「そうだよ!僕はこれが無いなら生きている意味がない。生きていても何もないよ。だからさ、真頼むから、お願いだよ。」


「............」



彼は糸に気づかれないように喉を鳴らし、右の口角をあげた。


「君だけが生きがいなんだ。頼むよ真、な?良いだろう?お前だって、僕を欲しているじゃないか!」


「...俺だけが、生きがい。お前が俺を必要としている。俺がお前の生きる源。」


「そうだ、今の僕には君の快感だけなんだ。だから、頼むよ。もう一度、ね?良いだろう?」


「あぁ、もちろん構わないさ。ずっと俺を生きがいにしてくれるよな?」


「勿論だ、大好きだよ真」


「俺も、お前を愛している糸。」


やっとお前を手に入れた。

お前はもう俺以外愛せない。

な、そうだろ?



彼は愛する男の体と快感を手に入れた。

けれど愛する男の愛は、まだあの女の元。

彼は自分がドラッグである事に気付かない。

気づけない。

愛する男を壊して、自分も同時に壊れて、それに気づけない。

神様が地獄に落とす必要なんてなかった。

そんな手間なんて必要ない、だってもう彼は。

もう既に。

先の見えない血海の中、溺れて溺れて溺れて、見える赤を、愛と勘違いしながら生きていく。

生きているつもりなのは彼だけ。

もう彼は、人ではないから。


快楽の果て、糸は人となった。

けれど、その引き換えにクラスメイトを失った。

それに気づいた時、彼はまた快楽を求める。

失うと分かっているのに、何故かって?

それは彼が、後戻りはもう出来ないと、気づいてしまったから。

そして彼女の事を忘れないのは、忘れられないのは、約束をしてしまったから。


死ぬときまで私の事絶対に忘れないでね。

糸くん。

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