レポート 5:『生徒会に入ることになりました(2回目)』

 ――2時間後。



 窓際最後尾という最高の自席で氷室と昼食をとっていると、何やら廊下がざわついていることに気づいた。


 そこに氷室は食いついているものの、嫌な予感がしたため無視するように流す。


 しかしどうやら、それが近づいてきたようで、隣に佇む影に氷室が呆れ顔を浮かべており、察しがついた。


「し~ん……ど~う……く~ん……」


 声から伝わる圧倒的ホラー感に眉を顰める。


 聞き慣れた声を耳にそれが誰なのか確信に至り、さすがにそれを目にするのは引けたため、とりあえず口の中の物を咀嚼し飲み込む。


 そして爽やかな笑みで、声主のもとへと振り返る。


「どうしたんです? 会長♪」


「会長♪ じゃないわよ! どうして生徒会に顔を出さないの! あんなに乗り気だったのに!」


「なんとなく」


「はあ!?」


 この受け答えだけで苛立ちが増すあたり『単純だな』と心底思う。


 ただ、こうなることは最初から目に見えていた。

 ここまでは全部、計算通りだった。


 あの日、生徒会に誘われることは確かに予想外のハプニングだった。

 けれどそこからの対応に関しては慣れたものだった。


 戯けた風に受諾し、それが嘘か誠かは相手の判断に任せる。

 この場合、長重は半々だろう。


 彼女を好きだという口説き文句。

 ふざけた了承。


 掴みどころの無い演出から、ちゃんと生徒会に協力するかどうかは半信半疑だった。


 本当に好意を持ってくれているのなら協力的。

 でもふざけた態度からそうじゃない可能性もある。


 それにより導き出される選択肢は二つ。


 あの日の了承が嘘とした時、長重の性格上、今のような呼び出しが必ずある。

 もしそれがなかったとすれば、晴れてあの勧誘は無意味なものとして終わる。


 1週間前まで後者だと思った現状は、残念ながら案の定の前者へと変わってしまった。


 が、もちろんそうなった時の対応も考えてある。


 そしてそれは、そろそろ現れる頃合い。


「そんなに不真面目なら、他の人に席譲ってもらうから!」


 長重は基本的に真面目な性格をしている。

 子供のような単純さ故に、怒りを露わにした時は感情に身を任せる。


 だから、これを利用しない手はない。


「そ」


 あくまで取り繕った笑みでこの場を凌ぐ。

 さらにそこに、煽りの一言を付け加える。


「俺も、そうした方がいいと思うよ」


「~~っ!」


 そこに長重が激怒するのは明白だった。


「もういい! 真道なんて知らない!」


「あ、ちょい待ち」


「何っ!?」


氷室こいつ、生徒会加入希望だってよ」


「おまっ……」


 『きたねぇぞ』と、言いたげな表情をする氷室だが、先ほどからこちらの会話に爆笑していたため、これは当然の報いである。


 それがわかってか、氷室は眉を顰めながらに嘆息した。


「まぁ、確かに興味はあったが……」


 言葉を区切り、氷室はこちらを一瞥する。

 するとニヤリと頬を緩ませ、こちらに親指を向けてくる。


鏡夜こいつと一緒なら入ってやらんこともないぜ? 会長さん」


「……そうね」


 すると長重は足を止め、先ほどとは打って変わった冷静な態度を見せる。

 その切り替えの早さに雲行きが怪しくなっていくのを感じる。


「ま、その席にまだ空きがあればだけどな」


 『お返しだ』と言わんばかりに氷室は憎たらしい顔を向けてくる。

 氷室を売るのは失敗だったと、後悔する。


「調度、会計に空きがあるんだけど……どうしよっか」


 その迷っている様子からして、完全に冷静さを取り戻している。

 それ即ち、副会長任命の件が解答によっては復活する恐れがある。

 だから必然と『断れ』という念を強く抱いていたのだが、


「今ならなんと、俺を通して鏡夜の全てがついてくる! もちろん、意のままに操ることだって可能です! どうです、お客さん?」


「買ったわ! 氷室くん、よろしくね!」


「あいよ」



 ――うん、詰みかな。



 大抵の願いは儚く潰えることを思い出した今日この頃だった。


「それじゃ、また放課後♪」


「おう」


「真道も、今度こそちゃんと来てよね!」


「わかったよ……」


 そう言い放ち、手を振って立ち去って行く彼女を見送り。


 その後ろ姿を遠目に眺め、氷室に目をやれば、ニタニタと気色悪い笑みを浮かべていたため、氷室が残していた唐揚げを平らげてやった。


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