レポート 4:『それはいつにも増してくだらない日常』
あれから1週間の時が流れ、読書に励んでいたとある休憩時間。
生徒会の件について『行かなければ問題ないよね?』という最強の逃げ道を導き出し、何の音沙汰もなく忘れかけていたその時。
『2年3組、真道鏡夜くん。至急、生徒会室に来てください』
流れ出たのは長重の声。
――マジか。
生徒会長直々に指名が入るなど、今までにない経験である。
まさかの呼び出しに驚くも『まいっか』と手にあるラノベに目を落とした。
「おい鏡夜、行かなくていいのかー?」
すると向かいに座っていた氷室から気のない声をかけられる。
互いに持参したラノベ(氷室のは自分が貸したやつ)に夢中で、放送には見向きもしなかった。
「んー、問題なし」
「あっそ」
気のない返事と共に、二人して流すようにページを捲って数分。
間もなくして読み終わり、本を閉じて息を漏らす。
「やべぇこれ、新書だわ」
手にした本が新書(自分にとって新約聖書のように持ち歩きたい何度読んでも面白い当たり本)で、コレクションが増えたことに喜びを感じていた。
「ったく何冊目だよ。お前の評価、甘いんじゃねぇのか~?」
「ふっ、俺がハズレを引いたことがあったか?」
「……それ言われると何も言えねぇな」
去年から高校に入り、休憩時間を持て余し、ラノベを手にしたのに始まり。
以来、活字中毒になっている今日この頃。
「去年お前いくつ当てた?」
「あー……4本かな?」
問われた数字は、手にしたラノベがアニメ化した本数のこと。
それ以外は発売と同時に手にした短編や長編となった作品、即ち数十万部のヒットを飛ばした作品で本棚は埋まっている。
これを人は絵空事のように捉えるが、これは紛れもない真実である。
「俺の先見の明を舐めるなよ」
「なにドヤ顔で言ってんだよ……」
呆れながらにページを捲る氷室からは説得力の欠片も感じられない。
何故ならヤツが手にしている本は、自分が布教した本であるがために。
面白そうに自ら借りて読んでいる時点で(氷室が興味を示したために貸したのが始まりであって、こちらから勧めたことは一度もないが)お前は敗北者じゃけぇ!!
「お前今くだらねぇこと考えてただろ」
「いや別に」
急にエスパーのような発言をする氷室に真顔で首を振って即答する。
フードで顔を隠しているうえ、表情に出していないにも拘らず、時折、心の内を読んでくるあたり『氷室輝迅は油断できない男である』と、そう思わされる。
「ていうか、また俺の負けかよ……」
氷室は落胆するなり本を閉じ、鞄から1本の缶を献上してくる。
「うむ、
不服そうにこちらを見つめる氷室と、差し出されたアイスココア。
去年から氷室と賭けを始め、その結果齎される戦利品。
今も続いているあたり、氷室は律義だなと心底思う。
『これは新書確定だな……』
全ては休憩中の独り言から始まった。
『しんしょー?』
本を読む自分とクラスの皆を氷室は退屈そうに見比べる。
『面白いってことだ』
『ふーん……』
本を読んでいる自分に珍しく反応し、興味を示した。
氷室は体育会系で、文系の趣味とは(漫画や映画を除いて)一切無縁のやつだった。
そんなやつに本を貸し、数ページ読んで飽きるかと思えば、
『なぁ、賭けをしようぜ』
『賭け?』
突然の持ちかけだった。
『この本が売れるかどうか』
『はあ……』
そんな賭けに乗る理由が見つからなかった。
『売れれば鏡夜の勝ち。売れなきゃ俺の勝ち。負けたらジュース1本奢るシステム』
『え~……』
負けたら金を喪失するとは、まさに賭け事の所業。
自分が一番嫌いとする勝負だった。
『ま、別にこの本じゃなくてもいい。他の本でも構わない。どうだ?』
その言葉だけで賭けがしたいことだけは伝わった。
気になるのは、本の売れ行きを当てるという勝利条件だけは変えなかったこと。
最初は乗り気じゃなく断ったのだが、のちに子供のように駄々を捏ねられ、一度だけでいいからと言われ、許してしまった。
『マジか……』
数か月後、次巻が発売された際、帯には重版で20万部ほどのヒット作となったことが判明した。
勝負に負けた氷室は悔しがりながら、素直にアイスココアを奢ってくれた。
『もっ回だ! もっ回!』
この台詞を聞いて誰しもが思うであろう『1回だけって言ったじゃん……』と。
それでもしつこく、勝負は続いた。
『アニメ制作決定!?』
何度も。
『アニメ化!?』
何度も、何度も。
『またアニメ化!?』
何度も。
そうやって繰り返して1年が経ったのだと、ココアを見る度に思い出す。
そんな長いようで短い回想を終え、缶を開け、甘いココアを味わう。
苦虫を噛み締める敗者を眺めながら飲むココアは、より一層甘美に感じる。
これが勝者の甘いひと時なのだと、いつも通り悦に浸る。
「どうやったらそんな当たんだよ……」
不貞腐れるように嘆息し、呟く氷室に自分でも考えてみる。
おそらくは本を選ぶときに注視する際、人間観察で養った目が働いているのだと思う。
「お前の本を選ぶ基準はなんなんだよ」
「うーん……内容かな?」
「そんなもん読まなきゃわかんないだろ」
「は?」
「え?」
ふと互いに瞬きを繰り返し、沈黙する。
「わかる、だろ……?」
「わかんねぇよ!?」
すると互いに違う意味で驚愕し、話し合いが必要だと察した。
「Q1、まず、鏡夜が本を買う時に見るのは?」
「A、タイトル、表紙、帯、裏表紙、あらすじ」
「Q2、じゃあ手に取る際に決め手となるのは?」
「A、タイトル」
「Q3、よく買うジャンルは?」
「A、ラブコメかなぁ」
「Q4、ずばり、売れる作品と売れない作品の違いは何っ?」
「A、シリアスで退屈させない展開運び、現実的で共感しやすいモノローグ、台詞のセンス」
一問一答4問チャレンジをし、わかったこと。
1問目は普通として、2問目以降を掘り下げる。
「鏡夜氏~、タイトルにテンプレっぽい単語があったからって敬遠するのはいかがなものとかと思うのですよ~。そこら辺どう思います~?」
「似たり寄ったりで独創性がないから好かん。作品は作者の顔だ。読者に覚えてもらいたかったら、特殊な性癖を暴露するのではなく、誰が読んでも面白そうだと思わせる絶対的な個性を発揮しろ」
「あーはい、もういいですー結構ですー……」
2問目、他作品からのブーイングが寄せられそうなので規制終了。
「えー、よく買うジャンルはラブコメとのことですが、ラブコメのどういったところがお好きなのでしょうか?」
「恋愛の形は人さまざまで、どういう経緯で発展していくのか、互いの心情の変化などが見ていて退屈しませんね~」
「なるほど。人間観察をする鏡夜様らしいですね」
「そうですね」
3問目、進行が迷走したため強制終了。
「ずばり、売れる作品と売れない作品の違いを語ってもらいましたが、その理由をお答えいただけますか?」
「はい、私はシリアスな作品が好きで、一難去ってまた一難と、立て続けに起こる問題にどう対処していくのかという展開は常に変化があって、先が読めないところが面白くて。その際のモノローグなど、登場人物たちの心情を知ると、こういう思想があるのかと為になったりして、勉強になります。台詞のセンスにつきましては、この時この場面において実際の人間であればという想像をし、読者に対するナレーションではなく、キャラ同士の対話において、説明口調な台詞があると現実じゃ絶対にありえないなと思って、冷めてしまうため嫌いです」
「なるほどー。現場からは以上でーす」
そうして訪れる静寂。
主観を並べ立て、そこに氷室は言葉を失い、頭を抱える。
そんな空気を生んでしまった自分にも、不思議と罪悪感が芽生えてくる。
互いに意気消沈してチャイムは鳴り、休憩時間が終わりを告げる。
先生がやって来て、学級委員の『起立』という声で、席を立つ。
「……俺ら休憩中に何やってんだろうな」
「……だな」
結局、わかったのは『真道鏡夜』の『主観的批評論』を開示すれば、何の面白味もなく、ただ不毛な時間が流れるということだけだった。
そうして、二人のくだらない論争は終わった。
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