墜落のシリウス〜第三話 過去を見る瞳〜

涼森巳王(東堂薫)

一章

一章 1



 広い前庭に剣戟がひびく。

 ハシェドの手から、剣がはねあげられた。


「第一小隊、一本! あとがないぞ。ワレス小隊長」


 審判のギデオンが勝敗を告げる。


「これで四対三。あきらめて第一小隊の勝利とするか? それとも、小隊長どうしの対戦まで持ちこむか? ワレス小隊長」


 ワレスは立ちあがり、小隊長の緑色のマントを肩から落とした。


「むろん、対戦願います。中隊長殿」


 第一小隊の兵士に負けたハシェドは無念そうに、ワレスのもとへ帰ってくる。


「すみません。手がすべってしまいました。あの男、こっちの苦手なとこをこまめについてきますよ」

「気にするな」


 声をかけておいて、ワレスは五百人の傭兵がかこむ輪の中心に歩みでた。


 場所は前庭。

 季節は太陰レイグラの月の初め。


 この国境の最果ての砦では、小雪のちらつくことさえある時期だ。風が冷たい。

 しかし、今、前庭は兵士たちの熱気で、寒さも感じさせない。誰もが、対戦の行方に夢中になっている。


「負けるなッ。ワレス小隊長」

「期待してるぜ!」

「第一小隊なんか、負かしちまえ!」


 中隊は五百人。百人ずつの五つの小隊からなる。

 その小隊ごとに、四名の代表者と小隊長みずからの、計五名が戦う、勝ちぬきの剣の試合だ。


 こういう大がかりな試合は、尚武の気運を高める。そのため、正規兵のあいだではよく行われる。


 しかし、任務時間がまちまちな傭兵ようへいは、集めることじたいが難しい。以前の中隊長のときには、なかったことだ。


 ひんぱんに行われるようになったのは、ギデオンが中隊長になってからである。この二ヶ月のあいだに、これで三度めである。


 代表者以外の兵士は、参加が義務づけられてはいない。

 初回の見物は、ほとんど集まらなかった。が、三回めの今回、ほぼ中隊全員が集まっている。


 それどころか、ギデオン中隊以外の兵士もいるようだ。

 娯楽の少ない砦において、これはいい刺激になる。ひそかにどの小隊が勝つかなど、賭けの対象になっているらしい。


「どっちにする?」

「ワレス隊長に五リーブ」


 などという声も聞こえるが、聞こえているはずのギデオンもとがめない。

 愛国心で危険な砦に志願した正規兵とは異なり、しょせん、傭兵は金めあて。それなら、むしろ、楽しみを与えた上で、本来の目的である剣術の推進をはかろうという肚らしい。


「では、まず、小隊長どうしの対戦の前に、ワレス小隊長には責任をもって、部下の後始末をしてもらおう。勝ち残り勝者アシャール対、第二小隊長、ワレス。一本勝負。始め!」


 ギデオンのかけ声。


 ワレスはハシェドをまかした第一小隊の副将と、剣をかまえて向きあった。


 ワレスの第二小隊は、これまで、あまりいい成績をあげてない。ワレスの隊には新入りか多いからだ。


 コリガン中隊長が亡くなり、ギデオンが後釜になったとき、ギデオンは自分の息がかかった者を全員、第一小隊につれていってしまった。


 ワレスは、そのギデオンのあとを継いで小隊長になった。したがって、配属替えや、穴埋めの新参者が多い。戦力の点でやや劣る。


 ワレスがやっきになって部下を特訓したので、今回、ようやく最終戦まで勝ち残った。


 ワレスとしても、部下たちが見守るなか、ここで負けるわけにはいかない。


「参る」


 さっきのハシェドの試合のようすから、受け身にまわると不利な相手だ。


 ワレスは最初はなから積極的に攻めていった。アシャールが剣をふりあげる前に横手にかけこみ、ガラ空きの銅に抜き身で切りつける。


 アシャールはあわてて剣をおろし、受けとめようとする。もちろん、そう来るのはわかっていた。


 装備はワレスもアシャールも、革鎧かわよろいと剣だけだ。盾は持っていない。

 攻撃をふせぐには、剣でとめるしかないわけだ。


 予想どおり、おろしてきた剣を、ワレスは上から叩きつけた。

 からりと、アシャールの手から剣が落ちる。

 あっけない。


「一本!」


 ギデオンの判定が入ると、ワレスの隊から歓声があがった。


「やったぜ。小隊長!」

「今度こそ、勝てるかもな」

「いい勝負になってきた」

「これまで、第一小隊の勝ち続きだからな。このさい、うちの隊でなくてもいいや。いっぺん、あのメイヒル小隊長の参ったって顔、おがんでみたいぜ」


「にしても、あの第二小隊の隊長、なかなか、やるぜ。アシャールは第一じゃ、きっての腕だぜ」

「なにしろ、砦に来て、たった三月で小隊長になったんだろ? あのワレスって小隊長」


「あんな女みたいな優男なのになあ。おれは毎回、あの隊長を見るのが楽しみでね」

「おお、眼福。眼福」

「あの目で見られると、なんか、ドキドキするんだよな」


 そんな声も聞こえる。


 世界で、もっとも神々に寵愛される民族と呼ばれ、美しい造形をほこるユイラ人。


 ワレスはユイラ人のなかでも、とくに目をひく美形だ。

 長身でエレガント。

 気品のある顔立ち。

 雪のように純白の肌。

 瞳に独特の特徴があるのも、いっそう神秘性を高めている。瞳じたいが光を放っているかのような、不思議な輝きのある青い双眸だ。

 これが、ワレスの冷ややかな美貌によくあう。


 砦に兵士は多いが、女はわずかに数十人。一万五千に対しての数十だ。ふだん、兵士は女を見ることさえない。したがって、ワレスのような容姿をもつ若い男は、ほとんどアイドルだ。けっこう、ふつうに恋文を渡されたりする。


「おっ。メイヒル小隊長のおでましだ」

「あの二人が並ぶと、きらびやかでいいね」


「おれはやっぱ若いぶん、ワレス小隊長のほうが勝ると思うな。美男って点じゃな」

「なにしろ、あのブロンドはズルイよな。お日さまさんさん、髪はキラキラ、目もキラキラ。でもよ。夜はわかんねえぜ」


「夜?」

「バカだな。知らねえのか? 今度の中隊長の趣味を。抱き心地のことだよ」

「ああ。そんなの、みんな知ってるだろ。メイヒル小隊長ってのは、中隊長の……だろ?」


 くすくすと笑い声。


「じゃあ、これは知ってるか? 中隊長がワレス小隊長にすっかり惚れこんじまって、ふられっぱなしだって」

「だろうねえ。おれたちが見ても女みてえだもんな。ユイラ人ってのは、どうして、ああ細っこいのかね。肌はすべすべだしよ」


「あれで二十と七とは信じらんねえな。ユイラ人ってのは、ほんと若く見える」

「中隊長がうらやましいぜ。両手に花か」

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