約束と契約は守るもんじゃ

「そろそろいいじゃろ」

 暫しの時間を教会の外で過ごすと、私達は中へと戻る。が、私は中の光景を見た瞬間に引き返し、外へ出た。

「こら、逃げるな!」

 フィリアが私の服の襟を掴んで引きずり戻そうとした、次の瞬間。

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 教会の中に入ったナサリアが悲鳴を上げた。

 あえて言おう、私の死の霧の影響を受けたのではない。

「……の?」

「可愛い顔をして誤魔化そうとするな!」

 とびきりの笑顔を向けてみたが、あっさりと流された。

「……む。後片付けはナサリアと共にやる約束じゃろ。約束と契約は守るもんじゃ」

 頬を膨らませ、へっぽこエルフに抗議する。

「あー、はいはい。確かにアンタは仕事をしたからね、文句は言わないよ。で、何で逃げる?」

「何でも何も、ナサリアの反応を見れば分かるじゃろ? 分からんなら中を見ればいい」

 私に言われて中を覗き込んだフィリアだったが……。

「ぐぎゃぁぁぁぁぁ!」

 ほれみろ。

 あんな黒い奴らの死骸が大量に転がっている光景なんぞ、普通なら耐えられんわ。しかし、この教会の中にはどれだけの数が居たのだろうかと疑問に思う。

「フィリア、片付けついでに数えてみんか?」

「だぁーれが、かぞえるかぁ!」

 放心状態のナサリアに比べれば、正常で居られるだけフィリアの方がマシなのだろう。文句を言いつつも、渋々後片付けを始めた。


 平然と掃除を始めたボドルガは流石としか言いようがない。ドワーフってのは、ああいうのに免疫があるんかの。逆におっさんはやや抵抗あり、といった様子。そりゃあ、貴族の次男坊らしいからしょうがないか。ん……おっさんの名前、何だったか。ジョ……コンダ? ジョガデー? まあいいか、おっさんはおっさんじゃ。

 シスターも責任を感じたのか、拒否感を示しつつも頑張っている。が……ナサリアは何もやっとらん。あとで責任をしっかり追及してやる。

「ナサリア! 呆けてないで、手伝いな! 元はと言えばアンタが悪いんだよ!」

 お、ポンコツエルフの癖によく言った。

 私は腕を組みつつ、外で作業を見守る。

「それにしても、なんでこんな数がここに集まっておったんかの?」

「原因がありそうだのう」

 私のひとり言が聞こえたのか、ボドルガが首を傾げる。手にした袋はそこそこ膨らんでいる。中身の事を考えるのは精神的に止めた方がいい。

「……教会に対する嫌がらせの線も有り、じゃの」

 ようやく働き始めたナサリアを見つつ、私は大きくため息をついた。


 片付けの様子を見ているだけに飽き、座って街の様子を眺めていた頃、ボドルガの呼び声が聞こえた。

 中に入ると、すっかりと綺麗になっていたものの、半比例するようにナサリアとフィリアのぐったりとした顔が見えた。私はそれを見ない振りをしつつ、ボドルガの元に向かう。

「椅子の下にこんな石があったんだが、シスターも見覚えが無いと言っての」

 ボドルガが差し出したのは銀鉱石のようなもの。ドワーフが「こんな石」というのだから、ただの鉱石ではないのだろう。

 手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間に感じる負の力。

「ん? 呪術の類がかかっているようじゃの」

 シスターの放った聖の力でも浄化しきれない呪術。術者の力が強力なのだろう。

「この悪戯の件もギルドに報告しておくか。あとで術者を暴かんといかんしの」

「これが、ゴキ……コイツらを誘引している原因か?」

「……じゃろうの。ちょっと持っててくれんか。解呪する」

 私は精神を集中し、幾多の悪戯で培った知識で、石の持つ呪いに干渉する。私の放つ力が呪いの波長を捕らえると、古代語の詠唱と共に印を切って無効化を施した。

「器用なもんだのう」

「尊敬したじゃろ?」

「そういうことにしておくわい」

 ボドルガがニヤリと笑った。


 原因も特定し、ようやく依頼の達成となった。依頼書に完遂のサインを記入してもらうと、報酬を受け取る。ここの教会は運営費には困っていないのか、侘びも兼ねた報酬の上乗せがあったおかげで、フィリアの怒りも少しは収まった様子だった。

 その後、役立たずで終わったナサリアが、石と大量の死骸の入った袋を持たされ、青ざめた顔のままギルドに報告に向かわされたのは言うまでも無い。

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