お・ん・せ・ん、じゃー!

「ついに来たぞ、お・ん・せ・ん、じゃー!」

 ナサリアとフィリアを説得するのに少々手間取ったが、私は遂に夢の温泉へとやって来た。

 道中、馬車に揺られながら、どんな拷問施設が有るのかと、期待に胸を膨らませていた。

 いや、実際の胸は膨らんで無いぞ。多分、変わっておらん。ナサリアのような無駄乳よりは良いがな。

 視察が出来る事に心を弾ませていたのだが、温泉町を歩く毎に、想像していた物との違いに違和感を抱くようになった。

「のう、ナサリア、拷問施設はどこじゃ?」

「……は?」

「いや、温泉といったら拷問じゃろ?」

 何やらポンコツエルフからの視線が痛い。

「あんたアホ?」

「なぬ?」

 ポンコツごときにアホと言われる筋合いは無い。

「アルデリーゼちゃん、温泉っていうのは娯楽と保養の場所よ」

「そんな筈はない! 温泉がそんなに腑抜けた場所の訳がない!」


 と言っていたのが半刻前。

「ぬっはー。最高じゃー!」

 私は今、湯に浸かって堕落しきっておる。悪魔が天使になるんじゃなかろうかと思うほど心地よい。

「あんたオッサンか……」

 隣で湯に浸かる棒切れエルフが、呆れたように言う。

「あの無駄乳は置くとして、フィリアは本当に……」

 ゴイン!

 フィリアの拳骨が私の頭部を襲った。

「ぁいったー! 何するんじゃ」

「何するんじゃ、じゃないわよ。私の胸をジロジロ見てるから、何を言い出すかと思えば……」

 怒り半分、呆れ半分と言った体で私をにらむ。

「いんやー、着痩せしておるのかなーと思っておったのじゃが、実際にそのまま……」

 ゴイン!

「いたたたた……」

 頭をさすりながら、私は湯に沈む。この拳骨はオーガ並みじゃ。余計な馬鹿力を発揮しよって……。

「ちょっと、お湯の中くらい仲良くしなさいよ……」

『黙れ、無駄乳!』

 フィリアと声が被る。怒りの視線がナサリアに向けられる。

「あう……、仲がお良ろしい事で……」

 二人に八つ当たりされ、ナサリアは縮こまり、湯の中に沈んでいった。


 私達が湯に浸かっている間中、塀の向こうからは酒に酔ったドワーフの音痴な歌がきこえてくる。

「うるさいのぉ……」

 煩わしげに塀の向こうを睨む。電撃魔法でも放って感電させてやろうかとさえ思う。

「酒飲むといつもあんな感じだしね。今日は更にご機嫌みたい」

 半ば諦めたようにナサリアが苦笑する。

「しかし、拷問施設が何処にも無いとは驚きじゃ」

「何でそんな物が有ると思ったのさ?」

 フィリアが不思議そうに聞く。

「エルフは知らんのか?」

「いや、エルフじゃ無くても知らないと思うよ。誰がそんな誤情報を……」

「母上やその知人に聞いたのじゃ。熱湯に浸けて火傷させたりとか、砂に埋めて窒息させたりとか、泥を塗りたくって苦しめるとか、湯が出るまで掘削させるとか……」

 私が説明する毎に、二人の眉間にシワが寄っていく。

「言ってる内容に近い物はあるけど、それ拷問じゃないよ」

 世間知らずのようなナサリアに言われても、全く信用できない。

「熱湯風呂というか……、普通は源泉の辺りは熱すぎて入れないからね。多少熱いのが好きな人用の、少し温度が高めのやつならここにも有るよ」

「ほほー」

 悪魔の私には多少熱めのものでも問題無いが、好んで入るとは人間でも物好きなのが居るものだ。まあ、それも人間の文化というやつだろうから、覚えておこう。

「あと、ここには蒸し部屋ってのがあるよ。あれはまさに拷問だね」

「何!」

 ナサリアの言葉に思わず反応する。

「何でそんなに拷問好きなのさ、魔法使いってのは奇人とか変態が多いのかね?」

 呆れたようにフィリアが苦笑したが、私の頭の中は既に蒸し部屋の事で一杯になっており、気にもしていなかった。

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